aiko様


 つい最近の話だ。
 オレは撮影現場で呼ばれるのを待っていた。その時、同期のモデルの子――最近ティーンズ雑誌と専属契約をしたらしい――と話していたのだが、その話題になったのが今まさにオレたちが撮影をしている某雑誌で組まれたとある特集だ。
「女の子って本当にこんな事されたいんスかぁ?」
 オレはそう言って進行表と撮影内容が書かれた概要を見ながら言った。意味が分からん。そんな気持ちだった。
 レジュメの表紙にはご丁寧に太字で《オトコノコにやられたいっ! ドキドキ☆シチュエーション》と書いてある。
 しかし彼女は脳内で妄想でもしているのかやや興奮気味に「マジでやられたらドキドキで死んじゃう」なんて言いながら「特にコレ!」とオレが担当する項目の一つを指した。指で、と言うよりはやけに立体感のある爪で、だ。
 そして今、オレはその女の子イチオシの所謂《壁ドン》と呼ばれるシチュエーションを絶賛体感中である。
――何か違う意味のドキドキで死んじゃうっス!
 部室の奥。何故か扉には鍵。左はロッカーで右は逞しい色黒の腕。背後は壁で眼前は――
「余計な事考えてる暇あんのかよ。さっきと違って余裕だな」
 鋭い眼光で射抜くように睨み付けてくる青峰が居る。将に八方塞がりな状態だ。
 彼の言うさっきとは十中八九この部屋に入る前まで行っていたワン・オン・ワンの事に違いない。
「や、あの……そう言うワケじゃ」
 経験して分かった事がある。《壁ドン》は目つきの悪い男がやっちゃいけない。そして、然程身長差が無い場合キュンとかそんなん無い。それから、ドンする時の力は一般人の平均以上を持つ人がやると最早ただの恐怖。場合によっては脅しになり得る。
 総合して、ドキドキします。死にそうで? 否、殺されそうで。落ちます。恋に? 否、意識がログアウトします。
「ってか、あの……オレ、何か、した……っスか?」
 目の前のエース様は明らかにご立腹のようだ。しかしオレは彼の虫の居所が悪い理由を知らない。この態度からしてオレに対してだと言うことは分かるが、幾ら記憶の引き出しを引っ掻き回してもそれらしい原因は見付からない。結果として、素直に訊くことになった。
 瞬間、青峰の瞳孔がギュルリと変化した。どうしよう、怖い。
「お前は誰のモンだ?」
「あ……え?」
「答えろ」
「っ! あ、ああ、あおみねっち、の……?」
 壁ドンなんて表現は温すぎる。青峰がやると《壁ダン》や《壁ガン》が適切何じゃないかと思う。だって、グーで壁殴ってる。
 壁と接している後頭部や肩、背中からビリビリと振動が伝わってくる。
 オレの答え方が気に食わなかったのか、さっきは頭上から聞こえた音が今度は耳の直ぐ側で鳴った。これには流石のオレも分かり易く肩がビクッと跳ねる。
「疑問符付けんな」
「青峰っちの、モノ、です」
「じゃあ今日のアレぁなんだよ」
 矢張りオレの脳内を占めるのは大量の疑問符達だ。今日のアレとは一体何だろうか。
 オレは直ぐに再び《今日》と書かれた記憶の引き出しを開ける。その中を探りながら青峰の言葉を色々と反芻していた。
 彼は一体何に対して怒っているのだろう。その疑問を少しでも解決に導く近道が見つかるかも知れないからだ。
「……あ」
「あ?」
 見付かった。近道ではなく、答えが見付かった。残念ながら《今日のアレ》はまだ見付かっていない。けれども、疑問に対する答えは見付かった。
「あ、青峰っち……が、あおっ、青峰っち……」
 しかし見付かった答えはこの場の空気に相応しく無い反応をオレに齎した。
 だって、仕方ない。だって、あの青峰が。まさか青峰が。
「……どうしよう。オレ、今、すっげー嬉しいんスけど」
 一気に身体中の熱が顔に集中するのが分かった。顔に収まりきれなかった熱は耳や首に進路を変えている。
「お前、何言って……」
「オレは、いつだって青峰っちのモノっス! 誰が隣に居たって、オレの心も体も全部青峰っちのモノっス! オレは絶対に離れないし離れるつもりもないし、青峰っち以外眼中にも無いっスよ!」
「……ッ!」
 少しだけ、青峰は目を見開いた気がする。鋭い眼光もどんどん柔らかい光になってきている。それを確認したら、ああやっぱり、って思った。
 彼は別に怒っていたわけではない。いや、多少の怒りはあったかも知れないけれど恐らくそんなの二割有るか無いかだ。
「お前、次やったらコレだけじゃ済まねーよ」
「そこまで言うんなら、オレが他の人と二人きりにならないように青峰っちが頑張ってよ」
「ふざけんな」
「しょーがないじゃないっスか。ホラ、オレって青峰っちと違って強面じゃないしイケメンだし人当たりも良いしモテるしイケメンだし自然と人が集まって来るんスよね」
「やっぱ今殴るわ」
 顔の横にある拳がグッと握られた気がした。それでも今のオレは余裕があって筋肉ゆるゆるの表情しか出来ない。
 恋人だから出る余裕ってやつだ。
「何だよ」
「オレ、本当に青峰っちのモノで良かったっス」
 だって、こんなに愛されてる。不器用な彼なりの不器用な愛情表現。嫉妬深い彼の重苦しい愛情表現。全部がその独占欲に包まれてオレの元へと届く。
 女の子が憧れると言うシチュエーションも体感出来たし。本当に青峰に愛されているオレは役得でしかない。
 少しだけ背伸びをして唇を奪った。彼がくれた愛情を今度はオレが返す番。
 確かにドキドキが半端じゃない。するよりされる方がオレは好きだと今知った。こんなに死にそうなドキドキは相手が好きな人でなきゃそう簡単に経験出来ないだろう。
 それから、このシチュエーションは確かに落ちる。オレは今日、同じ人に二度、恋をした。 




【独占欲丸出しで嫉妬する青峰】
このリクエストを頂いた時、どうしてもさせたかったのが《壁ドン》です。
凄みながら青峰がやると最早ただの恐喝にしか見えませんが相手が黄瀬であればただの愛に見える私は相当頭をやられています。
しかしこの壁ドンは紫原がやると最早ただの《壁ドン(ガラガッシャン)》になりそうだなあと関係無いことを思ったり思わなかったり。

>こんにちは。遅くなりまして申し訳ありません。
お祝いのお言葉ありがとうございます!
お褒めに与り大変光栄です。ありがとうございます。妄想と捏造だらけですが楽しんでいただけているようで良かったです。
ご丁寧に私の体調までお気に掛けていただいてありがとうございます!
気温もいよいよ夏真っ盛りと感じる程に高くなって参りましたね。熱中症等には呉々もお気をつけて、どうかご自愛ください。
リクエスト及びコメントありがとうございました。



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