匿名希望様


「いい加減うぜぇ」
「イテッ!」
 制服に着替えている途中で笠松に背中を蹴られ、開けっ放しのロッカーに頭から突っ込んだ。丁度タオルを乗せたスポーツバッグがそこにあった為に顔面強打は免れた。しかしそれでも痛いものは痛い。
「何スか〜」
「それはこっちの科白だっつーの」
「へ?」
「黄瀬、ここんとこずっと溜め息ばっか吐いてたろ」
「練習中も偶に心此処に在らずだし。かと思ったら突然無茶苦茶なプレーしてたぜ、お前」
「何か悩みでもあ(る)のか?」
 背中と鼻面をさすりながら振り向く。其処には笠松だけでなく、いつの間に来たのか小堀、森山、早川も居た。
 彼らの表情は心配の色が差している。バスケの試合でだってこんな顔をしないと言うのに。
「いやぁ、ちょっと最近一日に告白される回数が減ってきたなーって思ってただけっスよ」
「死ね」
「ヒドいっ!」
 心配顔から一変し、眉間に皺が深く刻まれ目つきも鋭く睨まれた。ただ一人、
「偶には息抜きの時間も必要だっていう神様からの贈り物かもしれないぞ?」
 と、黄瀬の頭を撫でながら優しく言葉を掛ける小堀を除いて。
「じゃあお先っス! お疲れ様っしたー」
 パタン、と静かに扉が閉まると四人はアイコンタクトを取り、そして頷いた。この後、笠松がすぐさま携帯を掴んだ事など黄瀬が知る由もない。
 所変わって東京に着いた黄瀬はその足で嘗てのチームメイトの場所――誠凛高校へと向かっていた。
「だからそれは……あっ! えと、その話はまた後でお願いしますじゃあっ! 黒子っち、お疲れ様っス! 火神っち久し振りっスね」
「電話ですか?」
 時間も時間なので部活は終わっているだろうと踏んだ黄瀬は、珍しく校門前で待っていた。その間に携帯が着信を知らせて来たので対応していた所だ。
 しかし黒子の存在に気付いた黄瀬は半ば強引に通話を終わらせたように感じる。
「終わるまで待ちますよ?」
「いーんスよ! そろそろ切りたかったし」
 その日は「そうですか」と言ってそれ以上追求しなかった。マジバで買い食いをして中身の無い雑談を交えながらの解散、と至って普通の時間だ。しかしその会話の中で黒子はある事実を見出していた。
 翌日、休日練習に黄瀬が顔を出すと待っていましたと言わんばかりに体育館内に居る人間が揃って迎えたのだ。
「は……え?」
「よぉ、黄瀬」
「お早うございます、黄瀬君」
「お早うっス……火神っち、黒子っち」
「黄瀬のクセに重役出勤かよ」
「良い御身分だな、黄瀬」
「いや、これでも三〇分前ってか何で青峰っちと緑間っちが居るんスか?」
「京都にも空港が欲しいな。わざわざ大阪まで移動するのは無駄だ」
「赤司っち、え? 赤司っち?」
「オレは東京からの距離を何とかしてほしー」
「紫原っち戻って来てたんスか? え、でも何で?」
「みんなお前が心配で朝っぱらから来たんだよ!」
 どこか夢心地でフラフラと寄って行く。そんな黄瀬を現実へと引き戻すかのように笠松が朝一の蹴りをお見舞いした。
「イテッ! ちょ、え? 意味分かんないんスけど……」
 涙目で背中をさすりながら笠松を見れば、隣に居た森山が口を開く。
「お前、何か悩んでんだろ? だから昨日黄瀬が帰った後、直ぐに笠松が誠凛の主将に連絡したんだよ。黒子になら悩みを打ち明けるかも知れねーって思ってな」
「オレ、悩みなんて何も……」
「黄瀬ちんさぁ、誤魔化すのは上手くても隠すのは下手だよねー」
「昨日マジバで話していて笠松さんの言葉を確信しました。話によれば一週間はその状態らしいので強行に至りました」
 彼の言う強行が、赤司と紫原を呼び寄せる事など安易に予想出来た。
 複数の双眸は全て黄瀬に注がれている。
「一人で闘ってんなよ」
「笠松、センパイ……」
 ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられて少し前のめりになる。けれども彼の体はそのまま床へとしゃがみ込んだ。
「オレ……」
 ポツリと黄瀬が言葉を零し始めると、一同は皆口を引き結ぶ。
「今、事務所からバスケ辞めろって言われてんスよ」
「何か中学ん時も無かったかぁ? それ」
「確かあれは黄瀬が入部したばかりの頃なのだよ」
「その時も本当は反対されてたんス。でも、半年以内にレギュラー入りしたら続けさせてってお願いして続けられたんスよ」
 当時の事を思い出しているのか、黄瀬は力無く笑った。
 一軍入りは余裕だなって思ってたんで照準を高めに合わせたんスけど、と笑う彼はやや俯かれている。
「今回のはその延長線って言うか、いつまで続ける気だーって。事務所としては中学までのつもりだったのかも知れないっスね。そんな話一切してないんスけど。でもオレ、スポーツ推薦で海常に入ったし、暫くは様子見だったんスかね。今頃になってまた煩く言い出してて」
 毎日そう言う電話ばかりだと言う。しかしバスケとモデルを天秤に掛けさせないのは、事務所側も黄瀬がバスケを選ぶと理解しているからだ。だから「バスケを辞めないのならば契約破棄」と言う脅し文句を使えない。ともなれば二者択一ではなく自ずと一択のみに絞られる。
 此処まで手放すつもりが無い所を見ると、所属タレントの中でも稼ぎ頭に位置しているのだろう。
「オレはバスケやりたいスからバスケ優先してるんスけど、でも、出来る仕事は引き受けてるんスよ? そりゃあ、バスケ始める前と比べたら仕事量は減ってるんで事務所の儲けも減ってるだろうからそこはまあ申し訳無いとは思ってんスけどね。でもだからってオレしか居ない訳じゃないし。オレがやらない代わりに今の内に新人を売り出せばいいのにとかも思う訳で。でもそれ言ったらお前は自分の価値を分かってないとか怒られるし」
 しゅん、と見て分かる程に落ち込む黄瀬に周りは目を奪われた。あまりにも不謹慎である事は重々承知である。しかしそんな憂愁を浮かべていても美に変えてしまう魅力が彼には備わっているのだ。それを思えば事務所側が専念しろと躍起になるのも頷ける。
「バスケを辞めたら体型維持出来ねーとかって理由つけりゃいんじゃね?」
「偶には良いこと言うじゃねーか」
「何で上から何だよ。どうせ青峰は何も考えてねぇんだろ?」
「んだとオイコラ火神。調子乗ってんじゃねぇぞ?」
「乗ってねーよ」
「やんのかコラ」
「上等だ」
「二人共邪魔するなら退場してください」
 黒子の言葉と共に鈍い音が二つ、直後に悲痛な呻き声が二人分体育館に響く。見れば火神と青峰が己の急所を押さえながら倒れていた。顔面蒼白――片方は色黒なのでこの表現が当てはまるかは不明――である。
 傍に転々と二つのバスケットボールが転がっていた。
「透明少年、容赦ねぇな」
「黒子、流石にイグナイトでそこにパスはあんまりなのだよ」
 憐れんだ視線を眼鏡の奥から投げながら諭す。海常の面々は口元が引き攣っているしかし黒子はと言えば我関せずであった。
 仮にも黒子にとっては双方新旧の光――相棒――であるのだが彼は黄瀬の為ならば非情になれるらしい。
「それじゃあ僕はお暇しよう」
「え、赤司っち……もう帰っちゃうんスか?」
「敦と真太郎も来い。黄瀬の事は海常の皆さんにお任せしよう。テツヤはそこのポンコツを頼む」
「分かりました」
「お前ら仮にも元チームメイトで現チームメイトなんじゃねぇのかよ……」
 赤司の暴言については何の反応も示さずに黒子は頷いた。その様子を信じられないと言った風に笠松が呟いたが果たしてそれが彼らに届いたのかは謎である。
「安心しろ、涼太。僕達がお前を守る」
 そうして出て行く際に、赤司、緑間、紫原は擦れ違い様に黄瀬の頭を撫でて行った。それはほんの一瞬だったが、彼らの手の平から《大丈夫》と伝わってきたような気がして、黄瀬の目尻が濡れる。
 小さくなる背中をぼやける視界の中で見詰めていれば、今し方体育館を出て行った彼らとは違う手が再び黄瀬の頭を撫でる。
「いいチームメイトを持って良かったな、黄瀬」
「昔も、今も……な?」
 見上げれば笠松と森山が笑いかけていた。ちらりと視線をズラせば早川も小堀も、そして黒子も柔らかい笑みを浮かべている。
 どうしようもなく胸の奥がきゆうっと鳴って黄瀬は自らのシャツをギュッと握り締めた。そして満面の笑顔を咲き誇らせたのだ。
「オレ、すっげー幸せっス!」
 青峰と火神がよろよろと嫌な汗を額にびっしり浮かべ青ざめた顔をしながら復活したのは、赤司から
「事務所の説得は敦と真太郎が居てくれたお陰で穏便に済んだ」
 との連絡を黒子が受けて間もなくしてからだった。 




【モデル関係者にバスケを辞めるように言われて悩む黄瀬】
登場人物が多いと普段以上に収拾がつきません。すみません。
ナチュラルに喋る人以外ログアウトですからね。
黄瀬君はバスケ部入る前は普通に体重とか美容体重〜モデル体重で体型もそんな感じだったらなとか思います。バスケ始めてから筋肉がついてくるもののちゃんと服をキレイに魅せる為の体型維持はするように陰で努力してたらいいです。
どうしてもスポーツをする上では体重も必要になるから頑張って食べて運動して体重増やして、でもぱっと見体型変わってないよね?と思わせる努力は怠らない。その結果、エロい黄瀬が出来上がったと。私はそんなご都合主義の考えです。
リクエストありがとうございました。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -