新様


「ぶっ、はははははははッ!」
「……」
 オレの顔は恐らく今これでもかってくらいに眉間に皺が寄っている。二、三秒前は何が起こったのか分からなくてキョトンとしていたのだけれど。この目の前のガングロクロスケが腹を抱えて大爆笑しているのを見ていたら段々腹が立ってきた。因みにガングロクロスケは桃っちがそう呼んでたから多分桃っち命名。
 睨んでも笑いすぎて涙を浮かべるこのガングロクロスケベには一切効果は無い。因みにガングロクロスケベは派生だ。オレ命名。
 どうしてオレ達含め一〇人も居ない夜のマジバで迷惑を掛ける声量で青峰っちが爆笑し始めたかと言うと話は少し前の時間に遡る。
「え、何スか?」
「だから、何でお前モデル始めたワケ? 良くある‘身内や友達が勝手に履歴書送って〜’ってやつ?」
「まあ、似たようなもんスかね。オレ、昔からイケメンだったんで」
「死ね」
「ぶあっ!」
 青峰っちとストリートで一対一を終わらせて近くのマジバで腹拵えをしていた時のことだ。ポテトを摘んでいる時に突然「モデルを始めた動機」を訊いてきた。青峰っちはバスケと巨乳とマイちゃん以外興味無いくせに珍しい、と思いながらもオレは答えた。そしたら空のドリンク容器――中身のコーラが入って無くて良かったと心底思う――を顔面に思い切り投げつけられてしまった。変な声が出たのはそのせいだ。
 膝の上に落ちた容器を持ち主に投げ返す。その際やや文句を零したのだが本人はどこ吹く風だ。
「んー……まあ、切欠は青峰っちが言った感じっスよ。母親だか親戚だか母親の友達だったか忘れたっスけど」
「随分適当だな」
「小学生の時の事なんで」
「へー」
 なんと気のない返事だろう。そうは思ったもののあの青峰っちだと思えば不思議と腹は立たなかった。矢張り大して興味は無いらしい。
「まあでも続いてんのは惰性とかじゃあないんスよ、一応」
「ふーん」
 摘んだポテトを口に入れて咀嚼する。オレのアイスティーの容器は何故か青峰っちの手中にあった。コラ。
「写真撮られたら、オレが其処に存在してるって証明になるじゃないスか」
「は?」
「ちゃんと其処にいる。ちゃんと存在している。オレが居るって、一番実感が得られて分かり易くて安心する」
「ンだそれ」
 青峰っちの顔はオレのを飲んだからかちょっと難しい顔をしている。紅茶だしね。けれども口調が呆れているからオレに対しての反応は呆れだろう。
「模倣ばっかやってると、偶にオレが見えなくなるんスよね。あれ、オレって今誰なんだっけって分かんなくなったりもするんスよ」
 そう心の内を告白すれば「ぷっ」と目の前の黒い塊から勢い良く空気が抜け、冒頭の大爆笑へと繋がるわけだ。
 腹立つ。こっちはこれでも結構真剣なんスけど。
 青峰っちは「腹痛ぇ」って机に突っ伏しているし笑うので忙しい。オレもオレでなんか腑に落ちないと言うか虫の居所が悪いと言うかでいっぱいいっぱいだ。だから周りの客や暇そうな店員が此方に訝しげな視線を向けていた事なんてどちらも気付かなかった。
「桐皇の四番サンからも言われたっス。オレにはオリジナルが無いって」
「四番? あー、今吉サンか」
 青峰っちがズコーッと音を立てて思い当たる人物を脳裏に描く。
 ファールしてオレを止めに入った狐目の主将サンだ。同じ主将ならオレは断然笠松センパイが良い。
 っていうかオイコラ青峰、それオレのアイスティーだろ。流石に飲み物無しでポテトを貪るのは辛い。
「何お前。あの人の言葉すんなり真に受けちゃってんの?」
「そーいう訳じゃないっスけど……。でも、言われた意味は分かるし。事実だし」
「バッカだなーお前」
 手中の容器をトン、とオレのトレイに乗せる。音からして矢張り空らしい。カシャ、と氷がぶつかる音がした。
「バカなのは知ってたけど。海常行って余計バカになったんじゃねーの? 甘やかされてっからだぞ。だからバカが進行すんだよ。赤司なら絶対ェ甘やかさねーからまだ普通のバカのままで居られたんだろーな」
「ちょっ! バカバカうっさいっスよ! 大体青峰っちだってそうじゃないスか!」
「あ? 喧嘩売ってんのか」
「寧ろ先に叩き売りしたのアンタの方っスよ」
 ま、いーや。なんて言って背もたれに体重を預けるなら最初から売るなよ。自分から売り出したのに気付かないなんてやっぱりバカだ。
「模倣っつーけど、でも実際、他人が時間掛けて会得した技を一目見て自分の物にするってだけだろ? しかもそれだけじゃ物足りないからご丁寧に精度を上げて」
「何かその言い方はちょっと……」
「事実だろーが」
 何だかただの嫌な奴に聞こえる言い方だなと思った。しかしそうだ。それは事実であって昔のオレならば「どうして他の奴らもやらないんだろう。こんなに簡単なのに」って思ってたんだろうな。結局オレは真似された側からしてみれば嫌な奴でしかない。
「それが黄瀬のオリジナルっつー事なんじゃねーの?」
「は?」
「良のクイックリリースもお前んトコのセンパイのターンアラウンドもオレのスタイルもその前からずっと見て覚えてきたやつも、それを全部テメェの物にしてきたんだろーが」
「……そっスけど。ってかオレ、それしか出来ないし」
「しか、とか言うなバーカ。それが出来てりゃ大したもんだろ。お前の武器はその呑み込みの速さだ。吸収した技を全部モノにした黄瀬のスタイルがお前のオリジナルだろ」
「……何か、良く分かんないっス」
「ま、お前バカだからな」
 何故か今言われた悪態には腹が立たなかった。分からないと言っておきながらもストンと自分の中にその言葉が落ちてきたんだ。だから、オレはその意味が分からない。
「バカ序でに、お前単純だかんな」
「なっ……!」
「また不安になったらオレんとこに来い」
「へ……?」
「そしたら幾らでもお前がそこに居るって証明してやるし安心させてやっから」 
 そう言って伸びてきた褐色の腕がオレの頬を捉える。じわりじわりと伝う熱が不安をゆっくり溶かしているみたいだ。凄く、不思議な感じがする。
 そう思っていたらまた目の前のガングロはぷっ、と吹き出した。けれどもさっきと違ったのはそこに馬鹿にしたような笑いが含まれていなかった事だ。
「お前、ホンットバカみてぇに良く泣くよな」
「う……っさい」
 それでもこの手は離れていかない。どんなにオレが濡らしても離れていかなかった。
 バカなのはどっちだよ。オレを甘やかしてんのはどこの誰だよ。
 それでもこの手を払えないオレは矢張りバカなのだろう。もう、ずっと前から。この、眼前で笑う色黒の眩しい光を見た時から、ずっと。 




【黄瀬の馬鹿さに青峰が爆笑するような感じ】
お前の悩みってしょーもないよなってきっと青峰さん思ってます。寧ろオレの悩みの方が深刻だと。マイちゃんのおっぱいにどうやったら顔を埋められるのかと。ロマンだろ!胸パフ!そんな事を言った暁にはまあ黄瀬くんがポテトの容器(ポテト入り)をグワシャアッと顔面に突っ込みますよね。そっちの方がどーでもいーっスわ、と。稀に見せるゲス瀬な顔で。絶対零度な目で。
青峰さんは黄瀬くんに多大なる影響を与えた人ですからね。彼が言葉をあげるなり触れるなりしてあげれば黄瀬くんはイチコロです。多分。
当初は部室だったんですけどね、何か今吉を出したくて急遽場所と時間軸を変更しました。
もう一つ。初め考えていたのはテストで赤司や緑間が見たこともないような数字を叩き出したって言う意味での馬鹿を考えてました。しかし打ち始めたら何故か違うベクトルのバカになりました。いっつもこんなんです。常に予定は未定派です。

>応援してくださいましてありがとうございますます。これからも頑張って参りますので生温い目で見守ってあげていただけたら幸いです。
リクエストありがとうございました!



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