匿名様
まただ。
今日、これで六回目。オレの溜め息が心の中で出るのも六回目。
昼になったばっかなのに。アンタの目の前には人気急上昇中のモデル様が居るのに。それなのにアンタは余所見ばかりする。今に始まったことではない――元々ノンケだったし。試合会場でも公式だろうが練習だろうが可愛い子を目敏く見付けてたし――けれど、それでも今、オレとアンタはそこら辺の女の子よか親密な仲なんスけど。
そんな念を込めた視線を目の前にいる森山センパイに向ける。けれども彼は未だオレに側頭部を見せていた。右だったり左だったり忙しい人だ。全然こっちを見ない。どんなに話し掛けても「あー」とか「うん」とかそれじゃあクラスの女子に話し掛けられた笠松センパイじゃないスか。
ねぇ、こっち見てよ。オレを、見てよ。
「なぁ黄瀬」
「なんスか」
「アイス、溶けてるぜ?」
「へっ? ああっ!」
「オレに見惚れてるからだろ」
「っ、そ、んなことッ」
アフォガードのアイスがドームの形から崩れようとしている。
見惚れてるわけじゃない。だけど完全に否定することも出来なかったのは強ち間違いでも無かったのだろう。自分でも気付かない本心がきっとそうさせているんだ。
悔しい。何だかオレばかりがセンパイの事好きみたいで、悔しい。
「センパイは飲み物だけでいーんスか?」
紙パックを傾ける森山センパイに問う。するとストローから唇を離し、ニコ、ともニヤ、ともとれる笑みを浮かべた。
あー、やっぱりイケメンだこの人。
「だってつまらないだろ?」
「へ?」
その言葉はあまりにも予想外で、オレの頭は鈍器で殴られたようにくらりと揺れる。同時に何か鋭利な物で胸を抉られたような痛みがする。気道も見えざる何かに塞がれているのだろうか、上手く呼吸が出来ていない。
勿論、これらは全て《そう言う感覚》というだけで実際に起こったわけじゃない。それでも、それくらいオレからしたら衝撃が大きかった言葉だったってことだ。
「あ、えっと……つまらない、スか……?」
やっぱり。やっぱりオレばかりが好きだったのかもしれない。ヤバい、泣きそう。絶対泣いてなんかやらないけど。悔しいから。
「だって、食べるのに意識持ってかれたら反応が遅れてこんなこと直ぐには出来なくなるだろ?」
そう言ってセンパイは長い指でオレの口元をぐい、と拭った。あろうことかそのままそれをペロリと舐めてしまう。
そんな行動にオレは反応が遅れてしまった。
「……は?」
「やっぱ美味いよなー、購買のわりには。これが出ると夏だなーって思う」
「はぁ……」
オレが食べているのは海常夏の名物であるアイスだ。期末試験終了後から夏休み前までしか出ないらしい。フリージングボックスいっぱいに入っているのを見るとなかなか人気があるらしい。
かく言うオレも森山センパイに「一度食ってみろ」と言われてこうして今、森山センパイの教室で森山センパイの机を借りて食べている。
「黄瀬が食べさせてくれるんなら食べる」
「それって……」
「どうする?」
今なら確実にこの笑みはニヤ、だ。
どうすると言われても食べたいなら買ってくればいいじゃないスかとかじゃあ食べなくても良くないスかとか食べるならご自分でどーぞとか言葉も選択肢も沢山あるのに。それなのにオレが選んだたった一つの言動は、きっと森山センパイのせいだ。普段なら絶対やらない。
森山センパイが、オレを放って女子ばっか見てるからだ。オレなんか昼休み始まってから一〇分経って漸くこっち見てもらえたのに。最初から見られている女子生徒が羨ましくて堪らなかった。
「……どうぞ」
「そこは『あーん』だろ」
「……ぁッ、あー……ん……、んッ!?」
プラスチックのスプーンに掬って口元に持っていけばすんなり口に含んでくれた。こっちはこれでもかってくらい恥ずかしさで顔が赤かったのにセンパイは随分と涼しい顔だ。
スプーンを抜けば、その手首を掴まれぐい、と引っ張られる。いつの間にか席を立って中腰になっていたセンパイと前のめりになったオレの唇は角度がついた状態で重なった。
流れ込んでくるバニラの甘さとエスプレッソの苦味と生温いセンパイの唾液。
「……ッハ、ァ、な、に……?」
「やっぱコッチがいいや」
「は、ぁああ?」
ペロリと舐めたのは長い指ではなく、自身の濡れた唇だった。それがやけに様になってるわ色っぽいわでこの教室のクーラーは壊れてるんじゃないかと思うくらいにオレの体が熱い。
「な、な、なな、な、何やってんスか! ここっ、どこだとッ!」
「どこって、教室だろ? 三年の」
「分かってるなら何でこんなっ……!」
こんなことが笠松センパイにバレたらシバかれるのは間違いない。TPOがウンたらカンたら。オレ、被害者なのに。
それでも目の前のイケメンは笑っていた。
「こっちの方が手っ取り早いし一石二鳥だからな」
「はあっ?」
そんなドヤ顔されたって流されないっスよ。
「お前、自分でイケメンの自覚あるくせに警戒心って言うか危機感って言うか兎に角無防備過ぎ。少しはオレの身にもなれ」
「いやマジ意味わかんないっス」
どうしてオレがそんなことを言われなくちゃいけないんだろう。オレが無防備だからいつでもセンパイは女の子に流れますよってこと? それを今身を以て知らしめた?
「いーよ、分かんなくても。お前バカだし」
「何何スかそれ。喧嘩売ってんスか」
「牽制にもなってそんな気苦労ばっかしてるオレへの労いにもなるってこと」
「マジで意味わかんねっス」
それからは時間がくるまで森山センパイはずっとオレばっか見てくれてた。その瞳にはオレしか映ってないことが凄く嬉しくて、女子に嫉妬してた事なんてすっかり忘れていた。
忘れていたついでに、オレと森山センパイは部活が始まる前に昼の出来事を耳にした笠松センパイからこってり絞られしっかりシバかれたことは言うまでもない。
【女子生徒を見る森山に嫉妬する黄瀬と、女子生徒を威嚇する森山の甘々】
楽しかったです!書いてて楽しかったです!
笠松相手なら女子に嫉妬しなくてもいいのでしょうが森山相手とあらば話は違ってきますもんね!
森黄は……そうですか、マイナーなんですか……。そもそも黄瀬受けがマイナーなんですけどね。昔と比べると増えた気はしますが。
でも確かに青黄や笠黄はよく見るんですけど(まあでも黄笠が多いですね)森黄はなかなかないですよね。可愛がってる描写が一番笠松が多いからでしょうか?
森山も結構黄瀬を構ってる気はするんですけど。
それから、購買云々とかアイス云々の件は完全に捏造1000%です。Perfect fabrication!
リクエストありがとうございました。
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