迫様


――これはまずいことになってます。正直、誤算でした。
 そう言って黒子が赤司に電話口で漏らしたのがほんの九時間前だ。土曜の深夜――否、既に日付変更線は跨いでいるので日曜と言った方が正しいかもしれない。
 この時は「もう時間も遅い。この件に関しては今日、直接会って話そう」そう言って赤司から通話を終了させた。黒子も返事をして電話を切ったが、朝、目覚めた時に疑問を感じたのだ。
 《今日、直接会って話そう》と、彼は確かに言った。ああ、もしかして。
 その《もし》が実際に起こり得たのは記憶に新しい。「駅に着いた」それだけの連絡で黒子はああ矢張りかと思わざるを得なかった。
 こうして現在黒子が居るのは駅ビルの最上階にある洒落たカフェだ。そこにガタイの良い男が固まって座っているものだから周囲の視線は痛い程浴びている。しかしそんな彼らが痛い程の視線を浴びせているのは奥の席に座って談笑している火神と黄瀬だった。
「おいテツ。何でんなことになってんだよ」
 ハンバーグプレートを貪りながら青峰が不機嫌全開で問う。
「分かりません。ただ、昨日突然黄瀬君から《明日一日火神っち借りるっスね! おやすみなさいっス》とメールが来たんです」
 ほら、と携帯の画面を彼に向ける。
 握る手に力が入った。他人の携帯ではあるが否寧ろ他人のだからこそ、今なら握力だけで壊せる気がしたのだ。
「やめるのだよ、青峰」
「黄瀬君に、火神君のメアドを教えてと頼まれたので教えてしまったんですが……まさかこんなに親密になるとは思いませんでした」
「でも黄瀬ちんからの頼みだと俺だって断れないしー」
「しかし危険だな。見ろ彼の顔を」
 赤司が視線を火神に向けると全員がそちらを注視する。
「鼻の下が伸びているだろう? 涼太は気付いていないだろうが僕には分かるよ。奴は危険だ」
 よもや彼らがキセキの世代と謳われバスケ界で知らない者など居ない程のスーパープレイヤーだと誰も思わないだろう。
 一方その頃、火神と黄瀬は変わらず談笑を続けていた。
「今日は本当にありがとっス、火神っち」
「イヤ別にいいけどよ。つか、本当にオレで良かったのか?」
「火神っちでないと意味ないっスよ。あの景色って、オレくらいの身長でないと見れなくて。火神っちならオレとあんまり変わんないっしょ?」
 両手で輪郭を包み込むように頬杖をつきながらニコッと笑う顔はナンパであれば百パーセント引っ掛けることが出来るだろう。女でも、男でも。
 黄瀬の向かいに座る火神がそうなのだから。
「あそこね、撮影の時に偶々みつけたんスよー」
「へー」
「絶対誰かに見せたいって思った時に火神っちだーって。本当は夕方が一番キレイなんスけどね。あんまり遅くなるとお互い明日に響くし」
 どこか寂しげに笑う彼はそれだけでも画になる。
「んじゃあ今度は夕方に行きゃいーだけの話だろ?」
 至極当然のように言ってのける火神に黄瀬は面食らう。ぱちぱちと何度も長い睫毛を上下に動かして瞬きをする様はどこか可愛げがあった。
 次第に頬が淡く色付き瞳が期待のそれに変わる。
「ほ、本当に?」
「ああ」
「本当にまた一緒に行ってくれるんスか?」
「行ってやるって」
「……うんっ! ありがとっス火神っち!」
 ふにゃぁっと眉尻を下げて幸せオーラを放ちながら笑う姿は子猫や子犬の寝顔に匹敵する。
「またデート出来るんスね!」
「ダメです黄瀬君」
 とうとう耐えかねたのか影の薄さを利用して黄瀬たちに近付いた。間もなくしてぞろぞろと赤司たちも姿を見せる。
「え、みんなどーしたんスか?」
「何なんだよお前ら! っつーか何か視線感じっからどっか行けよ!」
 目をぱちくりと開いて問う黄瀬に対して火神は心底嫌そうなに眉根を寄せる。それに対抗するかのように青峰の眉間にも深い皺が刻まれた。
「お前マジふざけんなよ」
「意味分かんねーよ」
 バチバチと火花を散らし出した両者に黄瀬がオロオロと焦る。
「お前ら、店内では静かにするのだよ」
「まだ騒いでねーだろうが」
「ならばその拳を解け。二人共だ」
 お互いぐっと握られた拳を渋々解いた。その際、両者共に舌打ちをしていたが。
 青峰はポケットに突っ込み、火神はテーブルの上に置いている。
「黄瀬ちん、これから時間あるー? オレ、久々に黄瀬ちんと遊びたーい。ね、赤ちん」
「そうだな。わざわざ東京に戻って来たんだし。それに夕方には帰らなければならない」
「そうなんスか? それは一緒に居たいっス! でも……」
 しゅん、と肩を落として言葉を切る黄瀬はとても言いにくそうである。それを緑間がやんわりと先を促した。頭の弱い人間はは賢い人間にうまく乗せられてしまうのが世の常である。
「火神っちの家でDVD見せてもらう予定で。後、料理も教わりたくて」
「お前っ、コイツの家に行く気かよ!」
 正気か、と黄瀬を心配しているのであろうが火神にとってはただ貶されているようにしか思えない。矢張りコイツは喧嘩を売っている。そう思わずには居られなかった。
 そんな時、今まで黙っていた黒子――いつの間にか黄瀬の隣に座っている――が口を開いた。
「では、今からみんなで火神君の家にお邪魔しましょう。大丈夫です。ご家族に迷惑が掛かるとか考る必要はありません。火神君は一人暮らしですし、誠凛メンバー全員が入っても余裕があるくらいに広いですから」
 まるで暗記した円周率のようにスラスラと出る。しかもノンブレスだ。だから一瞬皆の反応が遅れたがカチッと頭の中でピースが嵌れば一斉に口を開いた。
「え、コイツって一人暮らしなのー?」
「そんなに広ぇーのかよ、コイツんち」
「意外過ぎるのだよ!」
「ちょっと待った。それじゃあ、君は涼太を家に連れ込んでナニをするつもりだったのかな?」
 赤司の意味深長な一言で黄瀬を除いたキセキがハッとする。
「マジサイテーだし」「このケダモノが!」
「不純すぎるのだよ!」
「火神君、君って人は……」
「涼太、僕らがちゃんと守ってあげるから安心しろ」
「えっと、取り敢えず火神っちはみんなが一緒でも大丈夫っスか?」
 首を傾げながら尋ねる姿は実に愛らしい。大丈夫かと訊いているくせに、その答えは一択しか用意されていないようだった。何故なら、彼の顔には《みんなも一緒だと嬉しいな》と堂々と書いてあったのだから。火神は頷くしかない。
「ホントっ? やった! ありがとう火神っち! やっぱ優しいっス!」
 たった一回の頷きだけでこうも喜ばれるのならば何度だって頷いてやる。そんな気分だ。本心としては二人きりを所望していたが。
 それでは行きましょう、と何故か黒子が先頭に立ち、黄瀬の手を引く。連れられるままに黄瀬は黒子と共に店の外へと行ってしまった。
 取り残されたキセキと火神の間には不穏な空気が立ち込める。そこだけ雷雨が降りそうだ。
「ザンネ〜ン」
「悪ぃな、邪魔するぜぇ?」
「そう好きにはさせん」
「涼太は渡さないよ」
「っテメェら……上等だコラ」
 店を出ればそこには黒雲が太陽を遮るように立っていた。まるで自らが境界線となり《誰にも渡さない》と宣戦布告をしているかのように。 




【火神→黄瀬でキセキが渡さない!ってなる感じ】
オオカミさんと七匹のコヤギと言うよりは、六匹のオオカミさんとコヤギです。
火神もきっとあわよくばと考えていたのでしょう。そうは問屋が卸しません。
そこは黒子が全力スティールです。
でもオオカミさんに囲まれてちゃあ黄瀬くんが無事だと言う保証はどこにもありませんね。彼らもまた被食者を狙う捕食者ですから。
リクエストありがとうございました!



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -