涼華様


「うしっ、終了!」
 チラリと既存の大きなアナログ時計を見上げて笠松が皆の動きを止める。
「ちょっと早くに終わったな。そのままダウンでもいいが、やりたいなら軽く五対五も出来」
「ゲームっ! ゲームやりたいっス! 早く早くっ! ゲームゲームっ! ゲイタイッ!」
「うるっせーよ! キャンキャンキャンキャン!」
「スマッセーンっ」
 笠松が言い終わる前に五対五に誰よりも食いつく黄色い犬が目を輝かせながら主張する。しかしその姿はどこか可愛げはあったものの主張はやや激しく、暑苦しい。
 耐えかねた笠松は彼が入部してきてもう何度目になるのかも分からない蹴りを背中にお見舞いした。
「お前の我が儘がすんなり通ると思う」
「笠松、俺らは良いぜ? ゲーム」
「な、……よ」
「やったぁーっ! チーム分けどうするんスか? ハイハイッ、オレ最初にやりたいっス!」
「ではボクも黄瀬君と同じチームで」
「マジっスか! やった! 黒子っちと同じチー……ム、え?」
 黄瀬だけではない。その場にいた海常バスケ部の面々が驚愕した。
 居るはずのない誠凛高校のキセキの世代が素知らぬ顔で黄瀬の隣に立っていたのだ。
「く、黒子っち!? どうしたんスか!」
「黒子、抜け駆けは許さないのだよ」
「黄瀬ェ、お前オレのチームな」
「緑間っち! 青峰っち!」
「えー、オレも黄瀬ちんと一緒がいいしー」
「涼太は僕に膝枕をするから参加しないよ」
「紫原っちに赤司っちまで!」
 東北と関西に居るはずの彼らまでもが何故、神奈川に居るのか。一同唖然と彼ら――キセキの世代の登場を見ていた。
「今日は、個人的なお願いがあって来ました。彼らに会ったのは偶然です」
「海常にっスか? あ、もしかして練習試合のお誘いっスか?」
 嬉しそうに声を弾ませながら笑顔を向ける黄瀬に、黒子は「いえ」と首を振った。
「お義父さん」
「誰がお義父さんだ」
 至極真面目な顔で至極真面目な声を以て発せられたのは何の冗談だろうか。笠松はすかさず言葉を返す。
「では、笠松さん」
「何だよ」
「黄瀬君を誠凛に、そしてボクに下さい!」
 くわわんっと黒子の声が館内に響く。
 暫しの沈黙の後、一斉に全員が言葉を叫んだ。
「はああっ!?」
「黒子貴様何を言っている! 黄瀬は秀徳にこそ相応しいのだよ! だからお前はウチに来い!」
「おい笠松! 黄瀬が公開プロポーズされたぜ?」
「緑間ぁ! ふざけんじゃねぇよ、テツもだ。黄瀬はオレが貰う。それにお前らみたいなダッセェユニフォームよか桐皇の方が断然似合うんだよ。マジ絶対ェエロいから。おい黄瀬! コッチ来い。毎日ワン・オン・ワンに付き合ってやっても良いぜ」
「皆斬新な勧誘方法だな。取り敢えず桐皇には一番渡したくない」
「峰ちん、それチートだし。マジ、チートだし。ねぇ黄瀬ちん。ウチにおいでよー。監督女だし竹刀持って叩くしモミアゴリラとかアルとか居るけどさぁ、美味しいものいっぱいあるしきりたんぽとかマジ美味いし寒い時は一緒に寝よーよ、制服ブレザーだから黄瀬ちん絶対似合うし、雪とかキレーだし、雪と黄瀬ちんとかマジ性的だし、そんでなまはげ一緒に倒そー?」
「黄瀬モテ過ぎだ(ろ)っ! っていうかこいつ(ら)黄瀬のこと見(る)目がイヤ(ラ)シすぎ(る)っ! 後、なまはげって別に(ラ)スボスとかじゃねー!」
「敦、それは頂けないよ。涼太は洛山にこそ相応しい。日本人離れした容姿端麗な涼太こそ京都に相応しいよ。古都京都は涼太の良さを最大限に引き出せる言わば涼太の為にあるようなものだ。洛山のブレザーも涼太に似合う。校内も京都の街も僕が手取り足取り教えてやる。涼太に舞妓姿をさせてお座敷の遊びも覚えさせてあげるよ。夜は僕に全てを委ねるといい。沢山、満足させてあげる」
「っだああああもう! うるせーっ! 誰がお前ら何かに黄瀬を渡すか!」
 このキセキのメンバーからの身勝手な勧誘ラッシュに痺れを切らした笠松が怒号の一喝を入れる。
「そもそも黄瀬は自分から此処に来たんだ。それにもう十分立派なウチのエースとして支柱になってる大事な後輩だ。そう易々と渡すか!」
「ですが黄瀬君は以前ボクを海常に来いと勧誘しました。だったらボクから誠凛に誘っても問題は無いでしょう? それにボクらは相思相愛です」
「黒子っち!?」
 決して怯むことなく立ち向かう姿勢は大変勇敢であるがしかし内容が内容なだけに微妙なところだ。
 そんな黒子の言葉に触発されたのか青峰も喧嘩腰で食ってかかる。
「あ、青峰っち……」
 比較的キセキの良識とも言える緑間でさえ黄瀬が如何に秀徳に相応しいか弁を振う。しかし内容からしてみれば弁を弄すると言った方が適切かもしれない。
「ねぇ、緑間っち」
 紫原は紫原で「くれないのならお前ら全員捻り潰す」と言った強硬手段に出ている。
「紫原っち?」
 赤司も「僕に逆らう奴は親でも――」といつかの言葉を口にしている辺り、然程紫原と大差ない。
「あかっ、赤司っち!」
 勿論海常サイドも黙ってはいない。主将、笠松を筆頭に森山らレギュラー陣やベンチ入り、補欠、二軍、一年など数に物を言わせる勢いで迎え撃つ。
「センパイ……ねぇ」
 只一人、現状を全く把握出来ていない渦中の人物――黄瀬を除いて。
「だめっス……そんな、……ねぇ、みんなっ」
 ざわざわと皆頭に血が上っているのか次から次へと口が出る。最早誰が何を言っているのかも正確には聞き取れないくらいだ。
 だからこうなるまで誰も気付かなかった。
「……め、なさっ……ごめ、なさ……い、ごめんっなさっ、い……ごめんなさいっ、ごめんな、さいっ……ご、っめ……なしゃ、ぁ……」
 ぽろぽろ。ぽろぽろ。
 ぐすっ、と鼻を啜りながら泣く黄瀬の涙に濡れた声にその喧騒がピタリと止む。水を打ったように静まり返る体育館には、黄瀬の啜り泣きが良く響いた。
「黄瀬君?」
 これにはキセキも海常も焦らずにはいられない。
「よ……っく、わかっ、な……けど」
 しゃくり上げながら一生懸命に言葉を紡ぐ黄瀬に、一同は只静かに耳を傾けた。しかし内心ざわざわと穏やかではない。
「み……な、黄瀬黄瀬って、言う、っからぁ……オレっ、またっ……知らな……っ、内、にぃっ、なんっ……か、やっちゃ……たぁ、の、かなっ……て」
 ぐすっ。ひっく。
 苦しげに顰められた眉の下で琥珀色の瞳が濡れている。大粒の涙は止まることを知らず、ぽろぽろと白い頬の上を滑り落ちた。
「オレっ、オ、レっ……みんなの、事……だい……っき、だからっ、何か、なん、か……すっげ……ココ、ぎゅうって……くる、し」
 そう言うや否や、両手で胸の部分のシャツをぎゅうっと握る。沢山皺がそこに集中すると、自ずと持ち上げられた裾からはチラリと真っ白な腹部が見えた。
「ごめ、なさっ……い……オレ、また、ウザイ……っ」
 目を擦る右手を笠松が握ってそれを阻む。涙を湛えたまま不思議そうな瞳を向ける黄瀬に、笠松は苦々しく笑った。
「擦ったら跡になる。ごめんな、黄瀬」
「笠松セン、パイ」
「ボクとしたことが、黄瀬君の気持ちを優先することを失念していました」
「黒子っち……」
「黄瀬は何も悪くない。俺達も大人気なかった」
「森山、センパ……」
「ったく、相変わらずピーピー泣くんだな。泣き止んだら慰めてやっからさっさと泣き止んで俺に慰められろ」
「お前の涙は綺麗だが、黄瀬に泣き顔は似合わないのだよ」
「青峰っ、ち……緑間っち……」
「黄瀬、此だけは分かって欲しい。皆、お前が大好きで大切で仕方がないんだ」
「小、堀……セン、パイ」
「黄瀬ちんごめーん。黄瀬ちんの泣き顔は好きだけど、でも黄瀬ちんは笑った方が一番いいし」
「紫原っち」
「お前が泣くとオ(レ)(ら)もどうしたらいいのかわか(ら)なくな(る)んだよっ!」
「早川……センパイ」
「涼太、好きだよ。テツヤも大輝も真太郎も敦もみんな涼太のことが大好きだ。勿論、僕は涼太を愛してる」
「赤司っちぃ」
 大きい掌で撫でられ、いつものようなけれど軽い肩パンを食らわされ、背中をさすられ、手を繋がれ、涙を拭われ。そうして沢山の手が黄瀬を包む。黄瀬を支える。
 いつの間にか収束した言い争いもどこかへ消えてしまったのだろうか。今は争う声でもなく、泣き声でもない。ただただ柔らかくて暖かい声だけが良く反響していた。 




【海常にキセキメンバー来る→みんな「(誠凛、桐皇・・・に)来い」と黄瀬に言う→海常メンバー猛反発→喧嘩っぽくなる→よくわからないが自分のせいと思い泣き出す→みんなでなぐさめる】
黄瀬は泣かせたいです。そんな私にとってきゅんなリクでした。
ただ、矢張り登場人物が多ければ多いほど収拾がつかない文章になってしまうのをどうにかしたいです。長いわ。
リクエストありがとうございました。



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