セロリ様


「あーもうっ! マジで意味分かんねえっス!」
「黙れよ黄瀬。似合ってんぞ」
「嬉しくないっス! ってか捲るなあっ!」
 褐色の指が伸ばされたのは白い太腿の半分を覆い隠す帝光中の制服であるスカートだ。両脇の列に並ぶ陸上部とバレー部の視線が黄瀬の下半身に集まる。
「ちょっ! 見ないで見ないでっ! 恥ずかしいからっ! あっほら、始まったっスよ! 紫っち頑張れっスー」
「応援しなくたってアイツならぶっちぎりだろ。まあ、オーダー通りだったら分かんなかったな」
「何でっスか。俺だってぶっちぎりっスよ」
「お前、バトン落としそうじゃん」
「んなことねっス!」
 短いスカートはしゃがむと下着が顔を覗かせるのは最早御愛嬌だ。
 そもそも何故、黄瀬がこの様な格好をしているのか。話は凡そ一〇分前――昼休憩に遡る。
「どうしようっ、赤司君!」
「何だ? 桃井」
 体育祭でも尚、赤司君の右手は将棋の駒を弄っている。
「次の部対抗リレーで四区を走る筈だった女バスの子が熱射病でさっき病院に搬送されたって!」
「それは困ったな」
 駒を掴んだまま顎に持っていき、熟考に耽る。
「他の女バスの子に代走頼んだんだけど、みんな四区は嫌だって」
「ああ、アンカーが大輝だからな」
「走る事に異論は無いけどパスミスしたら怖いって」
「そうか、仕方ない。桃井、涼太にお前の制服貸してやれ。序でに第一走者から第四走者に変更だと伝えろ。俺は敦を呼んでくる序でに本部にも寄ろう」
「分かった!」
――じゃ、ないっスよ!
 と、事情を聞いた黄瀬は即座に猛抗議した。しかし全て聞き流され体育館で桃井からスカートを履かされていた。「赤司君が決めた事だから」と言われれば大人しくなる他ない。
「きーちゃんが走る予定だった一区はむっくんが代わり」
「え、紫っち走るんスか? 決める時あんなに面倒臭がってたのに」
「赤司君が頼みに行くからね」
 お菓子で釣ったりするのだろうかと頭の隅で考えているとズルリとハーフパンツが下ろされた。
「ぎゃあっ! 何すっ」
「ウチは男子を一人多く入れるから」
「いやだからって」
「それにきーちゃんが走る四区は元々女子担当だよ?」
「いやでも」
「ガーマーン」
 いくら女子が走る四区とは言え、走距離は男子と同じトラック一周だ。更にその為にゴールが反対側になってしまうのを防ぐ為に、アンカーである青峰は一周半走ることになっている。もう、それだけで充分ではないか。
 しかし結局はこうしてスカートを履いたまま控えている。
「その髪暑そうだな」
「何でよりにもよってロングのウィッグ何スかね。つか桃っちどっから出したんスか」
 紫原のお陰か第二走者が首位をキープしたまま第三走者――唯一後にキセキの世代と呼ばれる者では無い――へと近付く。
 固より黒子はリレーをパスし、赤司も出るつもりは端から無く、緑間はその時間帯が救護班のシフトが入っているとのことで不可だった。紫原は「めんどい」と言って適当に居た一軍に丸投げしたのだ。
「お前そろそろじゃん」
「そっスね」
 重たい腰をそろりと上げる。しかし中腰のままで後ろを振り返る。
「青峰っち、ちゃんとバトン受け取ってね」
「わーってるよ。さっさと行け」
「ひぁっ!」
 下着の上からダイレクトに柔尻を揉まれ、黄瀬の体はビクンっと跳ねる。キッと睨み付けた所で青峰が怯む筈がない。
 黄瀬が控えレーンに立った瞬間、生徒席からは冷やかしと言う名の歓声があがる。女子の黄色い声は勿論「やたらデカい女がいる」だの「お前本当は女だろ」だの「お前なら抱ける」だの下品極まりない。「パンツ見せろよ」と囃し立てられた時には「オレのパンチラは高いっスよ」と外野に向かって叫んでいた。そんな時だった――
「あ、え……?」
「おいおいマジかよ」
 第二走者の女子がバトンを渡す際、まさかの転倒。バトンは次走者の手に渡る事無く転がって行く。
 その間に二人、三人と次々に抜かされ、あっと言う間に最後尾スタートとなってしまった。
 例え体育祭だろうと関係無く、赤司には勝利しか必要ない。
「女の子相手に本気になるのはいただけないんスけど……でも止むを得ないっスよね」
 第三走者が漸く近付いて来た頃、先に行った各部の女生徒はトラック全体の四分の一を過ぎていた。
 額の鉢巻きを解き長い金糸の髪を手早く一纏めに結い上げる。そして、赤いバトンが黄瀬の左手に収まった。
 瞬間、持ち前の瞬発力で一気に駆け出す。伊達に毎日青峰と張り合っていない。もう既に首位と次点だった部はアンカーに渡っていた。
「くっそ……!」
 トラックの半周を過ぎた頃にはまだアンカーに手渡って居ない部活もあったが黄瀬の眼中になかった。
 首位のアンカーが青峰の横を通る前に渡したかったのだ。何せ青峰が走る距離は通常の男子の距離に加えて女子の距離、つまり一周半を走ることになっているのだから。
「あ、お……み、ねっち!」
「おー、お疲れさん」
 いきなり担当区間を入れ替えたと言うのにバトンが手渡される様は誰よりも洗練されているように感じた。二人は出会って間もないにしろ、その時間は非常に濃密なものである。だからこそ実現できた疎通なのだろう。
 息を整えながら走る青峰の姿を黄瀬はただぼんやりと眺めていた。
「やば……かっけー」
 結局黄瀬は首位アンカーに五メートル程しか差を付けられなかった。全力疾走だったけれど――パンツが丸見えとかもうどうでも良かった――青峰に楽させてあげられなかったのだ。
 首位が最後のコーナーを曲がり直線へと差し掛かった時、黄瀬の視界を一陣の青い風が吹き抜けた。それがもう一周した青峰であると気付いたのは、彼が最後の直線を走っていた時だ。
 首位の陸上部に青峰がどんどん差を縮めていく。周りの歓声すら黄瀬には届いていなかった。
「青峰ーっ! 抜いたらご褒美っ!」
 一心不乱に叫んでいた。周囲にかき消されぬよう、ただただ必死に声を張り上げる。仲間の応援でも応援合戦でも張り上げ無かったのに。
 届いたのか否かは定かではない。けれどもぐん、と青峰のスピードが更に上がった気がする。
 真っ白なゴールテープの手前三メートル。明らかに目視出来る距離で、彼――陸上部のアンカーはバスケ部エースの大きな背中を目の当たりにした。
 青峰がゴールテープを切った瞬間、辺りはしん、と静まる。しかし直ぐに沸騰した薬缶のようにけたたましい歓声に包まれた。
 放送部の実況ですら、一拍置いて言葉が紡がれたのだ。
「青峰っち!」
 まだ退場があるにも拘わらず、黄瀬はゴールテープの傍まで息を弾ませながら駆け寄った。そしてその勢いに任せて思い切り青峰に抱き付いたのだ。
 公衆の面前と言うことも忘れて。
「青峰っち! 青峰っち!」
「おーおー」
「青峰っちはやっぱすげーっス!」
 青峰の首に両腕を回し、青峰の腕は黄瀬の腰に回っている。端から見れば相思相愛のカレカノだが生憎二人は同性同士。しかし今の黄瀬の格好を見る限り然程問題は無いように思われる。
 当然、注目の的だ。しかしながら男子生徒の大半は背伸びをしている黄瀬の白い美脚に釘付けのようだ。
 如何せん黄瀬が自ら言っていた「パンチラは高い」と言う言葉がそのまま体現されたように思える。結局、パンチラのパの字も見えぬまま黄瀬は走り去り、気付けばバトンを渡していたのだからハッキリ見えた者など殆ど居ないだろう。
 そんな中で、この黄瀬だ。見えそうで見えないギリギリの所が男心を擽らせる。しかし本人は青峰に体を寄せることで頭が一杯らしい。気付く様子など皆無である。
「黄瀬」
「んっ、ちょ……っ!」
 青峰がスカートの上から黄瀬のお尻を撫で下ろし、そのまま裾を太腿の所で押さえる。
「お前が言ったんだろうが。お前のパンチラは高いって」
「へ?」
「後」
 ニヤリと口角を上げる青峰には嫌な予感しかしない。これはその濃密な時間で得た情報だ。
「ご褒美、くれるんだろ?」
 耳元で低く囁けばビクッと反応する。小さく喘いだ声はどうやら青峰にしか聞こえなかったようだ。
 これから行われるであろう濃密で濃厚な時間に、黄瀬は学習する事になる。
 青峰相手に生半可な言葉もその場のノリで言う適当な言葉も言ってはならない、と。 




【帝光体育祭でのリレーで、一度最下位にまで落ちるが黄瀬と黄瀬からバトンを受けとるアンカー青峰とで大逆転する青春っぽいお話】
すみません青峰の行動がどちらかと言えば性春になってしまいました。あれれ。
しかしこれ青峰が只の化け物(笑)でも青峰だからと思えばきっと全ては丸く収まります。多分。
ただ、グラウンドで青峰と黄瀬に抱き付いて欲しかっただけなんです。

>お祝いのお言葉ありがとうございます。これからも頑張って参りますのでご支援の程宜しくお願い申し上げます。
リクエストありがとうございました!



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