もなか様


 ボールが弾む音、スキール音、ダンクやレイアップでボールがネットを潜る音に混じって、稀に訪れる日常の中の非日常が始まろうとしていた。
 近付く複数の足音に、誰一人として気付かない。
「次! AチームとCチーム!」
 コーチ達が席を外す中、指揮を執るのは主将の赤司だ。そしてCチームに振り分けられた黄瀬と緑間は赤のビブスを着用していた。
「青峰ーっち! ここで会ったが百年目っスよ! 本当は一対一で勝ちたいけど仕方がないから五対五で負かす!」
「お前まだ入部して二ヶ月足らずじゃねぇか。そもそも百年目でもお前じゃオレには勝てねーよ」
「そんなことないっスよ! 今日は緑間っちも一緒だから勝てるっス!」
「ハッ、結局誰かの手を借りなきゃ勝てねーなら一生一対一では無理だな」
「緑間っち! 手助けは無用っス!」
「バカめ。これはお前らの為にやるゲームでは無いのだよ」
「真太郎の言う通りだ。大輝も黄瀬もこれが終わったら二人で基礎練三倍やってこい」
「ざっけんな赤司! 何でオレまでっ」
「赤司っちの鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
「元気だね。五倍、いや八倍かな?」
「あークソッやるよ三倍!」
「三倍だなんて赤司っち優しいっスー」
「棒読みなのだよ」
 斯くしてゲームは始まった。青峰のフォームレスシュートを止められる者は居らず、また、緑間が高弾道のシュートを撃つ時は必ず黄瀬が青峰のマークについた。
 一進一退の激戦を繰り広げる中、制限時間の一〇分が経過しブザーが鳴ると全員が息切れをしながら動きを止めた。
 黄瀬と青峰は汗を拭いながらコートから離れて行く。
「あー……オレもゲームやりたいっス」
「誰のせいだよ」
「そりゃあ――」
「リョータ!」
「――そう、涼太……ってオレ!? えっ?」
 突如声のした方へ顔を向けると、入口に三人の男性が立っていた。
 突然の来訪者に一同が注目する。
「え、えっ? えっ、何で? 何で?」
「ぶはっ、超テンパってやがんのウケる」
「相変わらず可愛いなー涼太」
「っつーかお前マジで中坊なのな」
 汗で顔に張り付いた髪と上気した頬、ゲームによる息苦しさからか心なしか瞳が潤んでいる。
「お前いっつもその顔でヤってんの?」
「へ?」
「黄瀬、彼らは?」
「あ、赤司っち!」
 漸く注目を浴びていた事に気付いた黄瀬は慌てて彼らを紹介した。
「モデル仲間で同じ事務所なんス。金髪と黒髪が先輩で、茶髪は同期」
 興味を持ったのかコートに入っていた紫原が近寄る。その後を同じチームの黒子が後を追い、げんなりとした表情で緑間が来る。
 青峰は傍に居ながらも至極興味が無さそうだ。
「赤ち〜ん、どしたのー? 誰?」
「黄瀬のモデル仲間だそうだ」
「ふーん」
――チャラい、ひょろい。チャラい、長い。チャラい、細い。
 これが黄瀬を除くキセキが抱いた金髪、黒髪、茶髪への印象だ。
「確かに、雑誌で見たことはあります。何方かは存じ上げませんが」
「良く知ってんな、テツ」
「いつだったか黄瀬君と一緒に写ってました。何方かは存じ上げませんが」
 棘のある言い方は偶然か否か。それは黒子にしか分からない。しかし口角を僅かに上げている赤司にはどうやら伝わっているらしい。意図的であると。
「流石バスケ部なだけあって、無駄にデカいね〜」
「ふーん。どーでもいーけどモデルって言う割にはその服ま頭も似合ってないねー」
 サクサクとお菓子を食べながら言う紫原は心底どうでも良さそうだ。しかし彼は今し方コートに居た筈であるのに何故ポケットにお菓子を入れていたのだろうか。赤司が優しくポン、と背中を叩けば忽ち紫原はビクッと巨体を震わせたのだった。
「まあ、やっぱ運動部なだけあって汗臭ぇな!」
「モデルにしちゃあキッタネー髪だな。傷みまくりじゃん」
 バスケ部公認のアホはオブラートに包む事を知らない。恐らくオブラートとビブラートの違いも分かっていないだろう。
 そして何故か喧嘩腰の両者の板挟みとなった黄瀬はオロオロと焦るばかりである。
「あっあの、えーと……そうだ! 三人は何でここに?」
「そりゃ涼太が最近全然事務所に顔見せねーからじゃん」
「だから俺らが会いに来たんだよー」
「フン。だからお前らはダメなのだよ」
 眼鏡のブリッジを上げながら緑間が口を挟む。流石の彼らも黒子たちの発言に苛々を募らせていた上に初対面のしかも年下に散々な言われようだ。黙っておけるはずもない。
「黄瀬がモデルよりもバスケを選んだ。それだけの事も分からんとは、見た目同様中身も空っぽのようだな」
「……んだとっ」
「ごめんなさいごめんなさいっ! みんなちょっと意思表示がハッキリしてて思った事口にだしちゃってバカで変人なんでっ! ホント、ごめ」
「おい涼太ぁ、こんな球遊びとっとと辞めて戻って来いよ」
「へ?」
「必死に汗だくになって球追い掛けんのって何かバカみたいじゃん。臭ぇーし」
「え……っと」
「金にもなんないしさ。得る物もないじゃん。そっち優先なんてバカみたいな考えヤメな?」
「あー……」
 黄瀬が言い澱む。けれども実際はそんな生易しいものではなかった。キセキが口を挟めない程には、彼が纏う雰囲気があまりにも通常のそれよりもかけ離れていたのだ。
「じゃあ、いーや。バカで」
「は?」
「黒子っちは影薄いけどすっげーパスに特化しててさ、緑間っちは変人だけどシュートが百発百中で、紫っちは怠慢だけど安心してゴール下任せられるし、青峰っちは黒いけど切欠にもなったくらいでやっぱすげープレーするし、赤司っちは怖いけどでも主将としてもプレーヤーとしても最高なんだよね」
「だから?」
「アンタらと比べるのも勿体無いくらいカッコイイってこと」
 キッとまるで威嚇するように睨む黄瀬の目は未だ嘗て誰も見た事の無い怒りの色が差していた。
 喉奥で噛み殺すような笑い声を漏らす赤司が黄瀬の隣に立ち、自分よりも幾分か高い部外者を見据える。
「生憎今は部活中でね。君達に構っている暇は無いんだ。《涼太》はモデル以前に帝光中の生徒であり帝光中バスケ部の部員だ。今の時間、涼太はモデルではなくバスケ部員で今からペナルティーをエースと共に受けに行く最中でね。邪魔しないでもらえるかい?」
「……ッ、んだよ! 中坊のクセにっ!」
「‘郷に入っては郷に従え’。今すぐ出て行くか、それとも此方のルールに従うか。人気や収入はどうあれ、涼太の先輩らしいからな。今回は特別に選ばせてあげるよ」
「……チッ」
「お遊びも程々にな!」
 不機嫌さを露わにして去って行く二人の先輩モデルを見て、矢張り《チャラい、ひょろい。チャラい、長い》なと感じたのであった。
「涼太」
「え、あ……何?」
「先輩ら、お前が仕事減らしてるのに雑誌の人気投票でお前を抜け無かったのが悔しいんだよ」
「あー? もうそんな時期……そっか、上半期……。つか多分投票告知も投票結果もオレの使い回しじゃん。どーせ」
「それでも涼太が二位と票数離しての堂々一位だから八つ当たり」
「あーじゃあ、若さの勝利ですって言っといてよ」
「分かった。じゃあ、涼太はそのカッコイイバスケの先輩らを抜かせるように頑張れよ」
「うん!」
 くしゃりと筋張った、しかし形のいい指で黄瀬の頭を撫でると先の二人を追い掛けて行った。
「チャラい、細い、まあマシってとこか?」
「わっ」
 青峰が出入口を見ながら右側から黄瀬の肩に腕を回す。
「良かったですね。理解者が居て」
「あ、の?」
 黒子が黄瀬の右腕に自分の両腕を絡めた。
「黄瀬ちん、そんな風に思ってたんだー」
「えっ」
 紫原の大きな手の平が黄瀬の頭を後ろから無遠慮に撫でる。
「ならばもっと死ぬ気で練習に励む事なのだよ」
「ひぁっ」
 緑間の腕が左側から腰に回される。
「大輝は追加でプラス二倍だ。敦とテツヤは黄瀬と同じく三倍、真太郎は序でで二倍にしといてやる」
「はい?」
 赤司が左腕に自分のそれを絡めながら言うと、他の四人も各々短い言葉で反応した。皆まで言わないが、全員に共通する言葉は《ペナルティーを課される意味が分からない》だ。
「大輝はあそこで彼らを煽る必要は無かった。お陰で面倒事になりそうだったよ。敦とテツヤはどうしてコートから出て来た? 先程やった真太郎ならまだしも、お前たちが此方に来る必要は全く無い」
「じゃあオレは何なのだよ!」
 納得出来ないと食ってかかる緑間に、赤司は視線だけを寄越した。
「だから言っただろ? 《序で》だ」
「なっ……!」
「あのー、どうでもいいんスけど、この状態、かなり暑いっス……。これもペナルティーっスか?」
 どうやらこれだけでは正確に彼らの愛情が伝わらないらしい。分かり易いが伝わり難いそれが正確に捉えられる日はいつになるのだろうかと触れた箇所から伝わる熱に浮かされながら、キセキは各々考えを巡らせていた。 




【黄瀬のモデル仲間が学校に来る】
何かただのなんちゃってチンピラ化してますね。
登場人物が多いとそれだけ長くなってしまうので、だらだらと無駄に長いのはもう目を瞑ってあげてください。
リクエストありがとうございました!



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -