桜井様


「ひっ……くしッ! うぅ〜……」
 ズズ、と小さく鼻を啜る音がする。しかし今現在パス練をしていた黄瀬はそのくしゃみのせいであらぬ方向へとボールを投げてしまった。
「黄瀬君、大丈夫ですか?」
「スマセン、黒子っち……っくし!」
 相手をしていた黒子は飛んでいったボールを回収し、黄瀬に近付く。柳眉を下げて謝る時も黄瀬は尚も腕で口と鼻を押さえながら勢いづいた無声音を出した。
「ちょっとすみません」
 ボールを足の間に置き、空いた両手で黄瀬の頬を包み込む。しかし決して逃がさないとでも言うようにしっかりと固定されていた。ゆっくりと前傾を促されると同時に黒子の顔が近付く。
 初めはきょとんとしていた黄瀬も段々何が起きているのか理解したのだろう。触れられた頬に熱が集中するのが分かる。
 やがてコツンと額同士がくっついた。
「微熱ですが、少し熱いですね」
「あっ……く、くろっ」
 わなわなと震える唇からは震えた声しか絞り出せなかった。
 そんな黄瀬を知ってか知らずか、黒子はそのままの状態で会話を続ける。
「赤司君に伝えて来ますから、黄瀬君はそこの椅子に座っていてください」 
 それだけ言うとスッと離れ、名前を呼んだ時にはもう彼の姿は無かった。ミスディレクションをしたのだろうか、それとも熱のせいで気付かなかっただけだろうか。
 渋々大人しく椅子に座っていると一気に疲労が体中を襲ってきたような感覚に陥る。くしゅん。また一つ、二つ音が漏れた。
「涼太」
「う、あ? あかしっち?」
「なかなか扇情的だな」
「赤司君」
「そう怖い顔をするな、テツヤ」
 黄瀬の額に手の平を乗せ「七度五分だな」と呟く赤司に目を丸くする。
「分かるんですか?」
「普通だろ? 保健室はもう閉まってるな。涼太、今日は調整だけだし、もう少しで終わる。待てるな?」
 黒子はもう何も言うまい、と口を閉ざす。黄瀬は彼の問い掛けに力無く頷いた。
「あ、でも俺っ」
「大輝! 今日は涼太とのワン・オン・ワンはするな」
「赤司っちぃ〜」
「当然ですよ、黄瀬君。今日は大人しく真っ直ぐ帰りましょう」
 しゅん、と落ち込む黄瀬の頭を優しく撫でる。遠くの方で「いいなー、きーちゃん」と羨望の眼差しを向けている桃井に今の黄瀬が気付ける筈もない。
 部活終了後、事情を伝え、今現在黄瀬は紫原の背におぶられながら帰路に就いていた。
「紫っちー、自分で歩けるっスよー」
「ダーメ。赤ちんが言ったし」
「恥ずかしいっス」
 熱か恥ずかしさからか分からないくらいに頬を染めた黄瀬は紫原の肩に顔を隠すように埋めた。
「僕と赤司君で近くのコンビニで買って来ますね」
「真太郎、後は任せたよ」
「ああ」
 そのまま二人は黄瀬の家の先にあるコンビニへと向かった。青峰に自分達の荷物を預けて。因みに紫原と黄瀬の荷物を持っているのも彼だ。
「何だ。俺は荷物持ち要員か」
「当たらずも遠からずなのだよ」
 黄瀬のポケットから鍵を取り出しドアを開ける。取り敢えず荷物は玄関に置いて、紫原を先に二階に上げた。
 緑間は青峰を洗面所へ連れて行く。棚にある小さな洗面器に水を張り、中に一枚のタオルを浸す。それを青峰に持たせて、自分は数枚のタオルを手に二階――黄瀬の部屋へと向かった。
 暫くしてコンビニ袋を提げた二人が部屋に入って来た。
「適当に夕飯も買って来ました」
「涼太への物よりもそっちの方が量も値段もしたな」
 よく食べる人が居るので。
 と、黒子の視線は巨体の彼らに向いていた。
「黄瀬君、何か食べましょう。ゼリーもありますよ」
「あ、じゃあ、ぜりっ……くしゅん!」
「黄瀬ちん苦しそー」
「熱が上がってきた所なのだよ。恐らくこれからまだ上がるだろう」
「まあ、上がりきってしまえば後は楽になる」
 緑間が黄瀬の背中を支えながらゆっくり起こす。熱に浮かされた表情はどこか艶めかしい。普段より口数が少ないのも影響しているのだろう。
「黄瀬ちん、あーん」
「ぁ……ん」
 紫原がスプーンで掬ったゼリーを口に含むと同時に鼻に掛かったような熱い吐息を吐き出す。
「あーヤベ。今のヤベェだろ」
「最低です青峰君」
「何でだよ」
 まるで皆の心中を代弁する発言に誰もが目を逸らした。黒子だけは黄瀬の方を向いたまま青峰に言葉を掛けていたが。
「汗掻きゃ治んだろ? じゃあ今からワン・オ」
「だからお前はダメなのだよ」
「はぁ!? 俺は風邪引いてもバスケしたらソッコー治ったぞ!」
「黄瀬君を青峰君と一緒にしないでください」
「確かに涼太もバカだけど、大輝と違ってとても繊細な子だよ」
「っていうかー、峰ちんが風邪引いたことがあるって事にびっくりだしー」
「んだとお前らッ」
「ふっ、……ははっ」
 蓋の開いた清涼飲料水を手に黄瀬が笑う。蓋は赤司の指の間に挟まれていた。
 口に含んだ後なのか、いつもより赤く感じる唇がまるでグロスを付けたようにしっとりと濡れて艶々と光っている。
「も……少ししたら、おれ、ひとり……スか?」
 笑い声が急に途切れ、ポツリポツリと寂しげに口を開く。揺れる長い睫毛、伏せられた大きな瞳、俯いた小さな顔、それに影を落とす明るい色のサラサラとした髪、気を紛らわせようとしているのか飲み口をなぞる白磁の指。全てが作り物ではない事が不思議なくらい、目を惹いた。
 不安を匂わせるもこれ以上迷惑を掛けたくないのか弱々しく謝罪する。
「涼太を置いては行かないよ」
 赤司が金糸に唇を落とす。
「黄瀬君を一人にはしません」
 黒子が瞼にキスをする。
「大丈夫だよ、黄瀬ちん」
 紫原が頬に口付ける。
「黄瀬。お前は余計な心配などしなくていいのだよ」
 緑間の唇が指に触れる。
「そう言うこった。だから安心して風邪治せよ、黄瀬」
 青峰の唇が、唇に重なる。
「はいっス」
 明かりに反射してキラキラと光るのはどうやら髪の毛だけではないらしい。
 光を取り戻した笑顔はまだお世辞にも顔色が良いとは言えないけれど、確かにきらきらと輝いていた。 




【風邪を引いた黄瀬君を甘やかすキセキ】
甘やかしているのか!?と疑問に思います。いや、きっと彼らなりに甘やかしている…はずっ!
何か最後青峰が持ってった感が否めませんね。そんなつもりじゃ無かったんですけど……。きっと部屋に上がるまで青峰の存在が荷物持ちポジだったからでしょうね。最後くらい美味しい所をあげようじゃないかと。すみません今考えました。

>はじめまして。日参してくださりありがとうございます!!ミスディレクションはstkに便利ですね!(笑)
お気遣いありがとうございます!!
リクエストありがとうございました。



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