桐葉様


 それは一度目のナンパに出掛けた翌日の事だった。
「頼むっ」
「えー……そう言われても……俺だって部活あるんスよ?」
「そこを何とかっ!」
「どうした黄瀬」
 体育館入口で立ち話をする黄瀬の姿に笠松は首を傾げた。黄瀬の向こう側に居る奴が拝み倒しているようにしか見えないのだ。
「センパ〜イ。あ、この人同クラなんスけど、何か明日の野球の親善試合と言う名の因縁対決に出て欲しいって言うんスよ〜」
「何だそりゃ」
「何でも、ウチの野球部の監督と対戦校の監督が腐れ縁らしくて」
「ふーん。で、何かと張り合って来たわけだ」
「らしいんス。今回負けられないとかなんとか」
 センパイからも言ってやって! と言わんばかりの視線に笠松は苦笑しながら答えた。
 いいじゃねぇか、と。
「は?」
 これには耳を疑う。今彼は何と言ったか。否定したか。擁護したか。否。肯定したのだ。笑いながら、承諾したのだ。
「行ってこいよ。明日は午前だけだし、午後からの試合にしてくれたらな」
「いやいやいやいや」
「あ、でも確か高校野球って厳しいんだっけ? 黄瀬の頭じゃヤバいか?」
「そこは公式じゃないし向こうで何とかやっ……て、そうじゃないっスよ! 何で肯定しちゃうんスか!」
 涙目になりながら訴えた所で主将に気持ちは通じなかったようだ。結局、明日の午後は日の目に晒される羽目になってしまった。

「バッテリーじゃなかったら守備はどこでもいっスけど、打順おかしくね?」
 午前の部活を終え、試合が始まる直前までルールやスイングなどを実際に見せてもらいながら覚えていた。
 いざベンチに入れば監督から此方が先攻だと告げられる。同時に守備と打順も発表されたのだがそれに黄瀬は異議を唱えた。
「初心者を一番に置くのはおかしくねっスか!? 打率悪い人普通後ろじゃん! っつーかスタメンって何スか! 俺、代打とか代走要員じゃないんスか!」
 しかしそんな訴えは即棄却される。《四番じゃないだけマシだろ》と。
 黄瀬の模倣の凄さを試合前に目の当たりにした監督が目を付けたのは足の速さだ。打つ選手である、と確信していた。
 そんな事を知る筈もない黄瀬は金属バットを抜き取り、ボックスへと入る。
 景色は広いけど、低い。
 そんな感想を抱きながら、エースのボールをスイングした。飛翔する白球を見ながら考えるのは嘗てのチームメート。
「俺の球は落ちん! なーんてね」
 それから次の日は午前からサッカー部の練習試合に参加した。何故そうなったのかと言えば、野球部の助っ人の件を聞きつけた森山が黄瀬に「明日はサッカー部な」と軽く言ったのだ。
 しかしそれだけに留まらなかった。
 森山の後に小堀からはテニス部を、早川からは剣道部を押し付けられ、そうして助っ人を始めて一週間が経つ。頼まれたのは今日で最後だ。
 着慣れない袴姿のまま、黄瀬は体育館へと足を運んだ。
「ちわーっス」
「お、似合ってんじゃん」
「どーも。まぁ俺っスからね」
「死ね」
 黄瀬に気付いた森山が近付く。暴言と共にボールを投げれば、嘆きながらも難無くキャッチする。
 軽くドリブルをしながら荷物が固まって置いてあるステージへと近付いた。
「やっぱあった」
「何だ、タオルを忘れたのか?」
「あ、小堀センパイお疲れ様っス。そうなんすよー。しかも弓道場ってなかなか暑くて」
「今日のは確かキャプテンに言わ(れ)たやつだ(ろ)?」
 そう、部活は一日練習なのに午前しか参加出来なかったのは今黄瀬が着用している袴にある。
 昨日、バドミントン部とハンドボール部を梯子して漸く自主練にありつけた。しかし制服に着替えた笠松から言われた一言でシュートボールの軌道は大きく反れてしまった。
――明日は午後から弓道部頼むわ。じゃ、お疲れさん。
「弓道ってアーチェリーと違って的にさえ中てればいいだけ何スけど、シンプルだからこそ難しいんスよ」
「お、やっぱお前でも無理だったか」
「何でそう嬉しそうなんスか森山センパイ」
 うなだれながら話す黄瀬の隣で森山が楽しげに笑う。それを恨みがましく見るも全く意に介さない。
「無理じゃねっスよ。命中率もフリースロー並っス。結構楽しかったっスよ。ただ、技術だけじゃなくて精神統一? みたいな感じで短い時間にすっげー集中力高めるんスよ。何かそれがマッチアップしてる時にちょっとだけ似てたりして……」
 サァーッ、と入り込んだ柔らかな風が黄瀬の髪を揺らす。
「やっぱ、バスケすんの楽しいのかも知れないなぁ……って思ったり」
「お前、今までバスケ楽しくなかったのか?」
 小堀が率直に問うと、黄瀬の形の良い眉が困ったように下がった。
「そうじゃなくて……。その、センパイ達と」
「俺(れ)(ら)と?」
「一緒にプレーすんのが……楽し、い……とか、一緒にプレー出来んのが、嬉、し……い、とか……っていうか、す、好き……っていう、か……」
 顔が俯くのに比例して語尾も小さくなって行く。視線は片付け忘れたのかコートに転がっているボールに注がれていた。
 紅潮した頬は次第に耳へと感染拡大する。
「黄瀬……」
「おおお俺っもう、戻るんで!」
 半ば叫ぶようにして逃げるように走り去って行く。最終的には白皙が真っ赤に茹だっていた。
「……だってよ、笠松?」
 黄瀬と入れ違いに入って来た笠松は呆れたように笑っている。それはどこか嬉しさも照れも安心の色も混ざっていた。
 先程まで黄瀬が立っていた場所に来ると、あるものに目が止まる。
「あれ、笠松。それ……」
「ぶはっ! こりゃ相当動揺してたな」
「アイツ、そ(れ)取(り)に来たんじゃないんすか?」
 笠松の手に有るのは少し湿った有名スポーツブランドの黄色いタオルだ。
「どうする? 届けるか?」
「いや」
 笠松は元の場所にそっと戻した。
 その表情は自信に満ちている。
「どうせ後少ししたら練習着を着て戻ってくるよ」
「ハッキリ言うな。賭けるか?」
「バーカ。賭にもなんねぇよ。どうせ――」
――お前らも来るって確信してんだろ?
 笠松の問いに森山達は答えなかったが、しかしその表情が肯定していると語っていた。
「これで黄瀬も良い気分転換になったんじゃないか?」
「なんだよ。気付いてたのか? 森山のくせに」
「でなきゃ助っ人の件は断ってる」
「だよな」
 矢張り桐皇戦で負った傷は深い。今の黄瀬はその傷口を幾重にも絆創膏で止めているだけに過ぎない。必死に隠しているのだ、傷口は浅いと。彼にとって青峰と言う存在がどれだけのものかを目の当たりにしたのだから、そんな筈はない事くらい分かるのに。
 つくづくバカな後輩を持ったものだと思う。
 今度はしっかりと先輩である自分達が支えてやろうと心の中で頑なに誓った。
 汗だくの後輩が、飛び込んで来るまで後、一〇分。

――センパイっ! ワン・オン・ワンしないっスか! 




【黄瀬が他の部活のスケットをする】
すみません、あまり助っ人描写が書けませんでした……;
それから、無駄に長々としたお話ですみません。読むの、疲れます……よね?
打った球は安打でも本塁打でもいいですが、飛打だったら笑えますね。黄瀬は身長があるから飛距離は伸びると思います。
新学期が始まったら、校内新聞にでかでかと載るんでしょうね!
そして新聞部(あるのかはわかりませんが)がバスケ部以外のユニフォームを着た黄瀬君ブロマイドを売りさばいて部費に充ててたらいいと思います。

>お祝いのお言葉ありがとうございます。
うおおお本当ですか!?嬉しいです><
ツボにはまる物があって良かったです!独り善がりなお話ばかりなので;;;
もっと需要と供給をうまく見極められたらいいんでしょうけど。如何せんそんな高度な技は身に付けておりませんので難しいです。
リクエストしていただきありがとうございました!




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -