ゆずゆ様


「黄瀬ちん」
 名前を呼ばれて右隣を見れば、座っているのに少し首を傾けて見上げなければ視線が交わらない。そんな彼氏を持って早三ヶ月が過ぎた。
「はい、あー……」
「……ん」
 クラスメートであり部活のチームメートでもある二人はそれこそ《朝から晩まで》一緒だ。恐らく家族よりも共に時間を共有しているだろう。
「美味しいっスか?」
「うん。でもこれ今まで入って無かったよねー?」
「昨日テレビでやってて。美味しそうだったから紫っちにも食べて欲しいなー……なんて」
 段々自分の発言に恥ずかしくなったのか、白砂のような白い頬を朱に染める。長い睫毛の下からチラチラと覗く瞳は心なしか潤んでいた。
「もー、黄瀬ちん可愛すぎー」
 ぎゅうっと三ヶ月で培った適度な力加減で抱き締める。そうすれば、黄瀬の肌は益々赤味が増した。
「むむむ紫っち! こ、ここっ、食堂っスよ!」
「うん、知ってるしー」
 黄瀬が恥ずかしがる理由にはもう一つある。場所が場所なのだ。
 二人きりでもなければ家でもない。此処は紛れもなく学校の中であり食堂だ。しかも丁度昼時なので周りは沢山の生徒で賑わっている。 
 更に有名なバスケ部レギュラーで規格外の長身である紫原と人気モデルで校内一、二位を争う程の美人である黄瀬だ。目立たないわけがない。
「おっ、お水もらってくるっス!」
 慌てて席を立ったが、しかしそれがいけなかった。此方側に歩いて来る人に全く気付かなかったのだ。
 紫原が声を掛けるも既に遅かった。
「ひぁっ! あっつ! スマセッ……あつッ!」
 盛大に転んだ挙げ句相手が手にしていた月見うどんを被ってしまう。
 転けてパンツが丸見えであるとかシャツが透けて下着が見えているとか頭に鳴門とうどん麺がくっ付いているとかどうしてそう上手い具合に固まり始めた白身が顔に掛かっているのかとか、気にする所は幾らでもある。けれども黄瀬が気になったのは相手のお昼ご飯だ。
「す、スマセンッ。あの、お昼代……」
「黄瀬ちん」
 不機嫌を露わにした紫原が黄瀬の手を取り強引に立ち上がらせる。そして向かいの席に座っていたバスケ部レギュラーに言った。
「そのお弁当、俺達の教室に置いといて。後、赤ちん。鍵貸して」
「ああ。俺達の事忘れてた訳じゃ無かったのか」
 そう言いながらポケットから鍵を取り出し差し出された大きい手の平の上に落とす。
「行くよ、黄瀬ちん」
「え、でもっお昼代」
「黄瀬ちん」
 それ以上は何も言えなかった。
 いつもは加減して優しく握ってくれる手がキリキリと痛みを訴えたからだ。これは一歩前を歩く紫原が怒っている証拠。
 気まずい空気の中、お互い無言を貫き通して辿り着いた場所はバスケ部の部室だった。
「むらさ」
「脱いで」
「へぁっ!?」
 思ってもみなかった発言に黄瀬の顔は一気に熱を持つ。加えて慌て驚愕と困惑と羞恥が一遍にひっくり返った声として表れる。
「濡れたままじゃ幾ら温うどんだったからって風邪引くでしょー?」
「あ……っ! そ、そそうっスね! ははっ」
「ふーん」
 無表情のまま黄瀬との距離を詰め、ロッカーへと追い込む。黄瀬の背中がトン、とそれに触れた時、紫原の長い両腕が彼女を逃がすまいと挟むようにつく。
 そのまま口元に意地悪い笑みを刻むと、そっと真っ赤な耳へと唇を寄せた。
「期待しちゃったー?」
「ちっ、ちがっ……!」
「はいはい」
 呆気なく離れていくのに寂しさを覚える。矢張り期待していたのだ。密室に二人きりと言う好条件に。
「予備のタオルあったよねー? どこだっけー」
「あ、そこの棚の一番右上っス」
「黄瀬ちんマネジ業も板についてきたねー」
 紫原にとっては大した高さではない場所から真っ白なタオルを取り出す。
 それを黄瀬に手渡せば、ごく自然にシャワー室へと誘導する。黄瀬が何か言おうとしたら長い指がその唇に触れ、「ちゃんとうどんの匂い消してきてね」と優しく、けれどもどこか戯れるような声音にただただ頷く事しかできなかった。
 それから暫くして、黄瀬が真っ赤な顔をしてシャワー室からひょこりと顔だけを覗かせた。
「む、紫っちぃ〜」
 彼を呼ぶ声は何とも情け無い。
 困ったような顔と共に濡れた髪と左肩が見えた。
「あの、制服は……」
「あっち」
 そう言って紫原の指先を辿れば、そこにはゴウンゴウンと重低音で唸りながら働く洗濯機があった。
「洗濯中ー」
 そしてその脇には手洗いしたのか水分を含んだスカートが干されている。
「ありがとうっス……じゃなくてっ、え、じゃあっどうすれば」
「うん、だからね」
 わたわたと焦る度に時折、白皙の太腿や揺れるタオルの隙間から柔らかそうな下胸が顔を覗かせていた。
 近付く紫原に黄瀬は必死の声をあげる。
「ち、ちょっと待って!」
「待たないし」
「今、何も着てな」
「知ってるし」
「だから待っ」
「待てないし」
 その時既に紫原は目の前に立ち、薄いタオル一枚で体の前方を隠している黄瀬を見下ろしていた。
 羞恥に身体が火照っているのに何故か背中が寒い。ドクンドクン。心臓が大きく跳ねる。顔に張り付いた髪の毛から透明の液体が輪郭をなぞるように下降し、雫が一滴落ちた。
「だから、今はこれ着てて?」
 ふわっと良く知る匂いが鼻を掠めた。そのまま人肌の温もりが体を包み込む。
 え、と声をあげる時にはもう前方の釦は閉められていた。
 目の前にはTシャツ一枚の彼。そして自分には先程まで彼が着ていたシャツ。
「ありがとうっス」
 花が咲いた。笑う彼女を見て紫原は思った。
 女子の中でも身長のある黄瀬でも袖が余る程に包み込む温もりは、紫原にしか出来ないだろう。スカートより些か短いが、裾の長さも申し分ない。
 滲み出る照れを覆う程の嬉しさがその美麗な容貌に溢れる。
 ぎゅうっと伝えきれる想いの分だけ紫原を抱き締めた。
「紫っちの匂いがいっぱいっス!」
「うん」
「そしたら紫っちの匂いが移って紫っちとお揃いっスね!」
「じゃあ、そのシャツには黄瀬ちんの匂いいっぱい付けてよ」

――期待に添えるよう頑張るからさ、今まで我慢した俺にもご褒美チョーダイ。 




【にょ黄瀬ちゃんとむっくんがラブラブな話。食堂であーんか彼シャツ】
にょ黄瀬楽しかったです!
紫黄♀は何か可愛いですね!全校生徒知らない者はいない気がします。だからお陰で虫除け対策はばっちりです。
しかもむっくんなら高身長をコンプレックスに感じてるにょ黄瀬ちゃんもきっと気にならなくなるんじゃないかと。
後、何だかんだで結構むっくんが紳士だったら尚良しかなと思います。でも多分本人そのつもりは全く無さそうです。

リクエストありがとうございました!



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