楡様


 蝉が鳴く。ミンミンとジワジワと暑さを聴覚で感じられるのは彼らの他に無いのでは無いだろうか。
「うるせー」
 ごろん。寝返りを打つ。来たときはひんやりとしていた床も今では熱を孕んだだけで気持ち良いとも思えない。
「青峰っちー!」
「うるせー」
「イテッ!」
 ゴロゴロとだらけながらも人差し指の先でくるくる回るボールだけは変わらなかった。けれども体育館内に響く声の主が登場したことによりそれは回転運動を止め、金色の頭に目掛けて飛んでいった。
 休日練習の休憩時間の一コマだ。日陰になっていてコート上よりは冷たいステージの床に青峰は寝そべっていた。
「もー、青峰っちー」
 顔を上から覗き込めば、何とも気怠げな目と合う。
「元気だな」
「そりゃバスケ楽しいっスもん」
「いやそれとそれとは別だろ」
「年中日焼け男が暑さに負けるとかなんなんスかー!」
「お前今日のワン・オン・ワン覚えてろよ」
 そこまで言って青峰はハタと気付く。失言だ。
 そう思った頃には既に遅く、目の前の無駄に整った顔がキラキラと輝き出す。
「やった! 今日もやってくれるんスね!」
「あっちが、おいっ! 待てコラ!」
 けれども引き止める間もなく黄瀬はどこかへと上機嫌で去っていった。
「ったく……」
 暑苦しくはあるが、どうやら体を起こすくらいの元気は置いていってくれたらしい。
 一方黄瀬は、外の水場へと足を向けていた。
「緑間ーっち」
「来るな。暑苦しい」
「ヒドイッ」
 暑さに耐えかねたのか緑間は水て濡らしたタオルを動脈に当てていた。
「聞いて聞いて! さっきね、青峰っちからワン・オン・ワンに誘ってくれたんスよ!」
「珍しい事もあるものだな」
 でしょ、と笑う黄瀬は至極嬉しそうだ。この暑い中、良くそこまで笑えるものだと感心すら覚える。
 しかし固より緑間は表情に乏しいのでそれを口にしようものなら《お前にだけは言われたくない》と返ってきてもおかしくはない。
「あ、これあげるっスよ」
「保冷剤?」
「さっきマネージャーの子に貰ったんスよ〜。俺、別に今要らないし」
「別に俺は」
「じゃあ、俺行くね!」
 休憩時間は後一〇分っスよー! と、少し離れた所で叫べば直ぐに黄色いそれは物陰に隠れた。
「それくらい分かっているのだよ。バカめ」
 そう言って保冷剤を見てフッと無表情を崩した事などあげた本人は知る由もない。
 裏口から出て行った黄瀬は水場を通り玄関へと戻って来た。するとそこには道を塞ぐように二メートルを超える長身の男が横たわっていた。
「紫っち! そんな所にいたら危ないし邪魔っス!」
「んー……動きたくないしー」
「もー」
 紫原が横たわっているのは入り口を塞ぐように、だ。これでは跨いでしか通れない。けれどもそれは何だか憚れる。
「あ、紫っちにこれあげるっス!」
 紫原の顔の近くにしゃがみ込む。
「なにこれー」
「飴っスよ。氷飴。知らないっスか?」
「氷なの? 飴なの?」
「だから、飴っスよ」
 ポケットから包み紙を一つ取り出して彼の唇の上にちょこんと置いた。
 それを黄瀬よりも長い指で摘んで目の高さまで持って行き、まじまじと見る。
「美味しい?」
「俺は好きっス」
「ふーん」
 抑揚のない返事をしながらもムクリと起き上がる。これで漸く通り道が出来た。
「あ、黒子っち知らないっスか?」
「黒ちんなら倉庫に入ってくの見たー」
「どもっス」
 紫原が飴を持つ手とは反対の手で廊下に隣接する倉庫を指差した。バスケットボールだとか跳び箱だとかは体育館内の倉庫に仕舞われているが、この倉庫にはビブスやストップウォッチなど軽い物が主に収納されていた。
 お礼を言うと直ぐに倉庫へと向かう。
 扉を開ければ中は薄暗かった。
「黒子っちー?」
「はい」
「ぎゃっ!」
 まさか扉の直ぐ側に居るとは思わなかった。教室にある物と同じ椅子に座って黒子はそこにいた。
「何してんスか」
「涼んでるんです」
「あーまあ、確かに……」
 言われてみれば、と黒子から意識を逸らせば他の場所よりは涼しい。もしかしたらこの薄暗さもひんやりと感じる要因かもしれない。
「所で黄瀬君、何か用ですか?」
「あ、そうそう」
 紫原に渡した飴とは逆のポケットに手を突っ込んだ。そして目的のものを取り出すと、黒子に差し出す。
「はい、あげるっス」
「……これは?」
「マジバの商品券っスよ」
 手のひらサイズの紙が黄色いクリップで留められている。
「どうしてこれを?」
「こないだ撮影の時、メイクさんから貰ったんスけど、でも俺みんなと一緒の時くらいしか行かないんスよ。だったら常連さんの黒子っちに使って貰った方が良いじゃないスか」
「でも」
「俺が持ってたら三日も経たない内に青峰っちに奢らされて無くなっちゃうっしょ? だったら黒子っちが持ってシェイク買った方が良くないスか?」
 こてん、と首を傾げる。一九〇近い男がこんな仕草をしても許されるのは極少数だろう。
「では、ありがたく頂きます」
「どーぞ」
 黒子の言葉に黄瀬の表情が華やぐ。薄暗い倉庫の筈なのに、何故かそこだけは光が差したように明るく感じた。
「あ。そう言えば、赤司君の所には行きましたか? 部活が始まる前に言われてましたけど」
「うわっヤバッ!」
「じゃあ今すぐ行ってください。まだ休憩時間ですからセーフだと思いますよ」
「そっスね、行ってくるっス!」
 慌ただしく倉庫を出て行く背中を見送りながら、黒子は頭の隅で考えていた。
 恐らくこうなることを見越して部活が始まる前に言ったのだろう、と。出なければ休憩に入った時にでも言えば良かったのだから。
「赤司君も赤司君ですが、気付かない黄瀬君も黄瀬君ですね」
 そこが可愛いんですけど。と言う言葉はひんやりとした空気に溶けていった。
「スマセンッ赤司っち!」
「やあ、涼太。お疲れ様」
 全く普段と変わらない態度の赤司を見て安堵の息を吐く。
 現在彼が居る場所は空き教室だ。良く赤司が入り浸り、将棋を指している姿を度々目撃する。
「クーラーつけてるんスか?」
 窓を閉め切っているのに適温を保っていると言うことはつまりそうなのだろう。赤司は何も言わなかったが、機械の音が聞こえてきたのでそれが答えだ。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「へ、え? 赤司っち俺に何か用事があったんじゃ」
「もう終わった。効果も出ているだろう」
 いまいち釈然としないのか黄瀬の頭上は疑問符だらけだ。しかしそれを分かっていながらも赤司は詳細を語るつもりはないらしい。
「これからの時期は頼むよ、涼太」
「へ? 赤司っち? 言ってる意味が良く……」
「体育館へ戻れば分かるさ」
 そのまま赤司の後をついて行くように練習場所に戻ると、まだ休憩が二分程残っているのにも拘わらずスキール音とドリブルの音が耳に入る。
 中を覗けば、黒子からパスを貰った青峰が緑間と紫原のディフェンスに道を塞がれている所だった。
 その表情は皆、暑さに参っていた顔などどこかに置き忘れてきたようにスッキリしている。どちらかと言えば楽しそうだ。
「あーっ! ズルいっス! 何で俺が居ない時に始めちゃうんスかーっ!」
「遅ぇーよ、黄瀬」
「呼ばれていたのを忘れる黄瀬が悪いのだよ」
「黄瀬ちんザンネ〜ン」
「もう練習再開ですから。一歩遅かったですね、黄瀬君」
「涼太のお陰で滞りなく再開出来そうだ」
「もーっ!」
 壁の時計の長針が底辺へ来たとき、練習再開の合図が鳴り響いた。 




【甘】
すみません。文章自体は甘さが感じられないものに仕上がってしまったのですが、彼らの態度が黄瀬に絆されたりしてて甘いんだよーというのを読み取って頂けたらなと思います。
リクエストありがとうございました。




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