綾様


 丸一日校舎の一部が使用不可と言うことで、特別教室を使う授業は教室で行われたり他の教科に変更したりとまちまちだ。それが何故、そうなってしまったのか俺は分からなかった。
 それを放課後、部室で着替えながら言えば《信じられない》と如何にも言いたそうな顔で「有り得ない」と森山に言われた。
「いやだって朝からこの話で持ち切りだっただろ?」
「何かの撮影がどーのってやつだろ?」
 全く以て迷惑な話だ。別に何かのロケ地に選ばれた事に不満があるわけじゃない。ただ、数学と英語と化学の小テストが時間割変更や教室が使えない事で本来実施される日から早まっただけだ。しかしお陰で三時間連続テストをやる羽目になった。余裕があると思って勉強していなかったやつもある。
 点数が悪いからと言って補習と言うことはないがしかし取れるものは取っておきたい。
「今日、黄瀬休みじゃん」
「ああ、仕事だろ?」
「え、笠松まだ気付かない?」
「は?」
 着替え終えた俺はロッカーを閉めると共に一言――しかも一文字だけ――ぶつけた。それに対して森山は盛大な溜め息をこれ見よがしに吐く。
 だから何なんだよ。
「あーもー、ちょっと来いよ。見学は自由らしいから」
「は? 意味分かんねえっつーかちょっ、どこ行」
「撮影現場」
「部活始まんだろうが!」
「小堀、早川、手伝って」
「っだああああ! お前らなぁっ!」
 斯くして俺はその撮影現場とやらに連れて来られたわけだが、まさか――
「はい、じゃあ次は目線こっちで」
「やっぱアイツすげーな」
 早川が頷きながら言う。
 俺達の前には放課後だと言うのにも拘わらず人垣があった。それも女子が殆どで、クラスメート――しかし直視した事がないので確証は持てない――もいる。中には男性や教師もいた。
「流石だな」
 隣で小堀が呟いた。
 眩い程のライトが二つ三つ照らす中、レフ板で光を当てられ更に長袖の学ランを着ている眉目秀麗な男が一人、黒縁眼鏡のフレームに長い指を添えてポーズをキメる。次のシャッターが押される迄に一秒も無い。それなのに、椅子に座っているその男は全く違うポーズや表情を次々と作り出す。
「黄……瀬、ぇ?」
 そう、黄瀬だ。
 普段の人懐っこい犬を彷彿とさせるアホ面を提げた後輩の面影など見当たらない。 そこに居るのは俺の――俺達の知らないアイツだった。
「はいオッケー! じゃあ、次は図書室に行こうか」
「着替えてから来てね」
「はいっ」
 にっこりと笑う黄瀬の笑顔は部活では見られないモノだった。初めて見る、仕事中の顔。
 しかしそれに見惚れるよりも先に《次は図書室》と言うワードに思わず吹き出してしまった。そりゃあもう盛大に。
「ぶはっ! 図書室かよっ似合わねー」
「あ! ちょっ、笠松センパイ! いつから居たんスか!? 部活は?」
 お陰で目敏く見つけられてしまった。見たことの無い学ラン姿だが、先程見せた知らない顔ではなく、俺達が良く知る顔で。
「笠松がお前の撮影って知らなかったみたいだから連れてきた」
「うわ、センパイらしーっスね」
「お前マジでモデ(ル)だったんだな!」
「ちょっ! あんだけ雑誌も見せたじゃないスか!」
「似合ってるぞ、黄瀬」
「ありがとうっス、小堀センパイ。俺、中学もブレザーだったからちょっと学ランとか憧れてたんスよねー」
 目の前に女子が居るのにも拘わらず、黄瀬はその人垣から頭一つ分乃至二つ分は飛び出ている俺達に視線を合わせていた。俺達だけに向けた笑顔を浮かべている。
 それだけで、優越感に浸れる辺りどうかしているらしい。
「何かお前、ブレザー着てても学ラン着てても眼鏡掛けててもチャラいな」
「ちょ! 笠松センパイひどいっス! 俺が超真面目なの一番分かってるくせにっ」
「バスケに関しちゃな」
「へへっ」
 瞬間、バシャッとどこか硬くて重たい音が聞こえた。同時に一瞬だけ目が眩むような閃光が空間に散る。
「うん、今の表情凄く良いね」
 カメラを持った男のその言葉に黄瀬が撮られたのだと知る。あの、俺達にしか見せなかった笑顔を。
 そんな事を考えていたらファイルやら手帳を片手に持った女性が俺達の方を見た。首から提げた来訪者用のカードには出版社と雑誌の名前が書かれている。役職は企画らしい。
「黄瀬君、あの人達は?」
「部活のセンパイですけど」
「何部?」
「バスケです」
「そう」
 ――じゃない。そう、じゃない。そうじゃないだろう。どうしてこうなった。
 まさかあの人集りに監督――別にアンタが写る訳じゃないのに無駄にめかし込んでいる――が居るとは思わなかった。そしてまさか《図書室が終わったら体育館でバスケをしている所を撮らせてください》と言われるとは思わなかった。そしてそれを二つ返事で了承するとは思わなかった。
 現在、カメラマンと女性は打ち合わせ中だ。予定には無かったのだろう。
「あー……俺、どうしたらいいんスかね」
「は?」
 いつもと少し違う髪型でズボンにチェックの柄が入っている見知らぬ薄茶色の制服をきこなすイケメン――黄瀬は情け無い表情で俺達の輪の中に入って来た。それはもう《モデル》としてではなく《チームメート》としてだ。
 浮かない顔で溜め息を吐く。今から撮影しようって奴がそんな顔で良いのかと思うがそれは森山達も同じだったらしい。
「俺達に見られるのが恥ずかしいのか?」
「んーちょっとはあるかもっスけど、それは別に何とも。穴が空くほど見て貰っても平気っスよ」
 俺の顔、ずっと見てても飽きないっしょ?
 何て生意気にも片目を瞑って星を飛ばして来たので思い切り肩パンを食らわせてやった。
「いった! ちょ、今から撮影あんのに!」
「痣が出来た所で制服に隠れて見えねーよ」
「何スかその虐めっ子みたいな発言!」
「誰が虐めっ子だ誰が」
「イッテ!」
 何だかんだで矢張り俺達と居る方がコイツは自然な表情をする。入部したての頃は撮影中の時みたいな顔を貼り付けていたけれど。
 制服姿のまま柔軟をする黄瀬に森山が今一度尋ねた。
「で、何に悩んでんだモデル君は」
「仕事だって言うのは分かってるんスけど。でも、やっぱバスケが絡むと直ぐに仕事って事を忘れそうで……」
「あー」
「今回はモデルって言うよりかはグラビア何で、服を魅せるって事はあんまり考えなくてもいいんスけど……。ちゃんとビジネス用の表情になるか心配で。中途半端な物は作りたくないし」
 普段は何も考えていないような黄瀬も、こういう事は一端にちゃんと考えてるんだなぁと感心した。そんな心配せずとも、お前の顔なら無表情だって金になりそうだと思ったけれど口には出さない。
 そう思った直後に早川がそれを言おうとするものだから、俺と森川による渾身の一撃を食らう事となる。
 けれども実際はそんなもの杞憂でしか無かった。それくらい俺達は分かっていたのだが、如何せん本人が自覚していないのだ。
 カメラマンにオーケーを貰ってもわざわざ写り具合を確認しに行く。その前の撮影では一切やらなかった行動だ。 
 そうして様々なポーズや制服を着こなし、最後の指示が飛んだ。
 黄瀬が身に纏っているのは他でもない。海常の制服だった。
「あれは良いのか?」
「何でも校長が、丸一日貸す代わりに海常の制服姿の黄瀬を載せる事を条件にしたらしいぜ」
「森(り)山先輩何でそ(れ)を……?」
「ああ、小堀から聞いた」
「何で知ってんだよ!」
「いや、偶々今月の掃除場所が校長室でさ」
 校長本人から聞いたのならば間違い無いだろう。
 そうして俺達は無駄話を交えながらカメラマンの向こう側に居る、普段からよく目にする黄瀬を見た。
「紺色ブレザーで萌袖カーディガンの黄瀬も良かったが、矢張りこっちの方がしっくりくるな」
「俺(れ)は、結構学(ラ)ンも好きっすよ! ノーマ(ル)と不(リ)良バージョン」
「番外編で載せるとか言ってた白衣やスーツの教師スタイルも俺は好きだな」
 森山も早川も小堀も良く見てるな。と言うか何故そんなに知っているのか疑問だ。
 一体いつから見ていたんだコイツら。
「じゃーラスト! 好きな子に向かってボールをパスする感じで!」
「――っ!」
 一瞬、黄瀬の表情が強張ったのは気のせいだろうか。恐らく気のせいだろう。
 次の瞬間、アイツが見せたモノはきっと今までで一番の出来だと思えたから。この先、それを超える一枚はもしかしたら二度と出ないんじゃないかとすら思う。
 楽しそう。嬉しそう。幸せそう。愛おしそう。どれも違って全て合ってる。そんな表情だった。
 黄瀬の手から放たれたボールが俺の手中へぴったり収まった時、アイツの気持ちが伝わってきたような気がする。だから俺も後で、頑張ったなと沢山誉めてやろう。
 そして、滅多に口には出さないけれど今日だけは特別に言ってやる。
「俺も黄瀬が大好きだよ」
 と。 




【イケメンモデル黄瀬くんの本気での海常黄瀬のちの笠黄】
かっこいい黄瀬くんに飢えていらっしゃるとのことでしたが、すみません。我が家のかっこいい黄瀬くんはフルタイムでミスディレクションを使えるようです。
思っていた以上にだらだらと長くなってしまいました;
読み難い作品になってしまってすみません><

お祝いのお言葉ありがとうございます!
気付けばもう10万ですよ早いです。つい最近、7〜8万を迎えたと思うんですけど私の記憶違いでしょうか?
いえいえ、此処まで来られたのは綾さん含め足を運んでくださる皆さんのお陰なんですよ!
「8万に引き続き」と言う文字を「万引き」に空目してしまうような私ですが、これからも応援してあげてください。
リクエストありがとうございました!




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -