匿名様


 思わず頬の筋肉が緩んでしまうのは仕方がない、と許して欲しい。
 美味しいスイーツを食べたわけでも誰かに誉められたわけでも青峰っちとのワン・オン・ワンに勝ったわけでも無いけれど、兎に角許して欲しい。
「涼太、今日は随分と嬉しそうだね」
 そう言ってそっと俺の頬を優しい手付きで撫でる。俺の所属する部活の主将であり俺の好きな人であり俺の恋人であり俺の頬の筋肉をゆるゆるにした原因でもある。
「えへへー。だって久し振りの完全オフっスよ? 今日は一日中ずっと赤司っちの傍に居られるんスよ?」
 そんな日は滅多に来ない。一ヶ月に一度のペースで訪れようものなら俺は常に破顔していただろう。それくらい希少な日だからこそ嬉しさも倍増するのかもしれない。
 俺は赤司っちの手の平に頬をすり寄せながら甘える。
 いつもはボールを捌く手が、将棋の駒を弄る手が、部員に指示を出す手が、今日だけは俺が独占出来るのだ。それが何だかくすぐったくて気持ち良い。
 だけどそれだけじゃない。
 それだけが俺をここまで喜ばせる原因ではないのだ。それはもっと根元にある。
「この休日は赤司っちのお陰っス!」
「さて、何の事かな」
 左手で俺の頬を撫でながら右手と視線は膝上の雑誌に向けられていた。
「赤司っち、知ってるっスか?」
「涼太が知らない事はあっても俺に知らない事は無いよ」
「職権濫用って言うんスよ」
「残念ながら俺は一学生であって公務員ではないよ」
 口では何を言っても敵わないけれど。それでも俺は幸せだった。
「わざわざ事務所に訊かなくても、俺に直接訊けばいいじゃないスか」
「事務所の方が確実だろう?」
 部活も仕事も完全オフ。こんな偶然は偶然ではなく、この右隣にいる人によって作り出され、与えられたものだった。
 昨日、監督から告げられた「明日は部活は休みだ」と言う言葉に誰もが耳を疑った。そのまま用事があったのでみんなと分かれ、一人事務所に向かえばそこで言われたのは「明日は仕事入れないから一日オフ」と言うお達し。
 今後の仕事に関してだとか明日部活が休みになったと言う報告を兼ねて顔をだしたのだがまさかそんな事を言われるとは思わなかった。しかし事務所のみんながニコニコとニヤニヤを混ぜたような笑顔を見せていた事が妙に引っかかった。だからそれを指摘すればその顔のまま返された言葉は――
「《愛されてるねー》って」
「へぇ」
「《涼太は、部長さんに大事にされてるんだね》って」
「それで」
「《彼になら安心して涼太を任せられるね》って」
「そう」
 やや興奮気味に言われた言葉を話せば既に予想の範疇だったのか口元に笑みを浮かべるだけだった。それだけでも俺は嬉しさが増して声が弾む。
「事務所も公認っス!」
「そうだな」
 クスッと笑った無防備な顔はこんな日でないと見せてくれない。凄く柔らかくて暖かくなる笑顔。もっともっと好きにさせてくれる表情。
 静かに雑誌を閉じたのを視界に留めれば、俺も静かに目を閉じる。
 近付く気配と感じる呼吸に心臓を活発にしながら俺はその時を待った。
 触れた唇から伝わる凄く柔らかくて温もりも熱も好きも大好きも愛してるも全てを受け入れてしまえば、俺は赤司っちをもっともっと好きになる。
 今度はいつ来るんだろうと、これから見せてくれる愛情表現と共に下から彼を見上げながら期待に胸を膨らませた。 




【オフの日にお家デート】
赤司様は色々と計算した上で裏で手を回していそうです。みんなの体を気遣ってなのか黄瀬との時間を過ごしたかったのかはご自由にお考えください。
リクエストありがとうございました!




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