瑠明様


 部活帰り。いつもの調子でキセキの六人は最寄りのコンビニへと入って行く。滞在時間がいつもより長いのは、未だ学校で雑務をしている桃井を待つ為である。
 皆好き好きにアイスや飲み物を手に取りレジへと持って行く。先に買い終わっていた黄瀬は一人外の駐車場で待っていた。
「涼太」
「あ、赤司っち! おかえりっス」
 高級感溢れる箱入りのアイスは恐らくコンビニ一高いアイスだ。それを口にくわえ両手をフリーにすると袋から一冊の雑誌を取り出した。
「これ、涼太だろ?」
「うわああああっ!」
「何をそんなに驚いているんだ?」
「ちょっだっ何っ何買ってんスか!」
「お前が載っている雑誌なのだよ」
「緑間っち! おかえりな……って何緑間っちまで買ってんスか!」
 明らかに緑間が提げている袋はお汁粉の缶ジュースだけにしては大きい。しかしそこからうっすらと透けているのは赤司が持つそれと同じ表紙のものだった。
 黄瀬が載るような雑誌を手に取るなど想像も付かない彼等が表紙を飾る本人を目の前にして堂々と購入している。しかもそれが大好きなチームメイトとなれば自ずとそう言う感情も湧いてきてしまう。 
 言わずもがな真っ赤に染まった顔がそれを示していた。
「アララ〜? 黄瀬ちん、恥ずかしいの〜?」
「そこは嬉しくなるんじゃないんですか?」
「ぎゃっ! 紫っちも黒子っちも出さなくていいっスよ! って言うかわざわざ出さないで欲しいっス!」
 指摘されお菓子が沢山詰まっている中に雑誌を戻す紫原だが、かさばるお菓子に苦戦しているようだ。見かねた赤司が代わりに雑誌を突っ込んでいる。
 黒子に至ってはその場でペラリとページを捲り始めたので黄瀬の奇声は一層高い音を出した。
「くくくく黒子っち! ホントっ、マジ、勘弁して欲しぐえっ!」
「うるせーよ黄瀬」
「青峰、流石に絞めすぎなのだよ」
「おー、悪ぃ悪ぃ」
 黒子の行動に赤くなった顔は青峰の登場で真っ青に変わる。首に回した腕につい、力を入れてしまったのだ。
 被害者である黄瀬にとっては《つい》で済まされる事では無いが。
「ゲホッ、あ、青峰っちに殺されるかと思ったっス……」
「だから悪かったって」
 そう言う青峰の顔は謝罪の気は感じられず楽しそうに笑っていた。固より彼にきちんとした謝罪を求めるつもりなど毛頭無い――無意味に等しい――ので別段怒りを覚える事もない。
「涼太、知らないみたいだから教えておこう」
「何スか?」
「全員お前の出ている雑誌は購入している」
「……は!?」
「俺、昨日の帰りに本屋で買ったから。さつきと一緒に」
「はぁっ!?」
 寝耳に水とはこういう事を指すのか、とどこか冷静な頭で考えていた。けれども大半はしっかりとパニックを起こしている。
 それにも構わず赤司は手持ちのアイスに齧り付いた。
「僕は本棚に置いてますよ」
「俺が載る雑誌は文芸誌でもないんスよ?」
「俺は勉強机の棚に置いているのだよ」
「雑誌は勉強の役に一切立たないっスよ!」
「俺は〜」
「雑誌はお菓子じゃないっス」
「ム〜、まだ何も言って無いのに〜」
「何となく予想は付くっス」
「俺ベッド下に置いてんぞ」
「何でエロ本扱い何スか!」
 一頻りツッコんだ後、漸くあることに気が付いた。手に感じていた重量感が軽量化されている気がする。
 何事かと右手を見れば、そこには嘗てアイスが付いていた部分が剥き出しになり一本の棒だけになっていた。視線を下に向ければ溶けた無残な姿のアイスがアスファルトの上に落ちている。
「あ……い、す……」
 流石のこれにはキセキの面々もどうすることも出来ない。しかし考える事は同じなのかほぼ同タイミングで口を開いた。
 黄瀬には悪いがこれはチャンスでもあるのだ。
「黄瀬君、僕のバニラシェイクで良ければど」
「黄瀬。仕方がないから俺が新しいアイスを買っ」
「黄瀬ち〜ん。お菓子沢山あるからあげ」
「黄瀬。やる」
「あ、お……峰っち?」
 各々が各々の発言に被せて来る中、一際大きい声でそれらを掻き消した青峰がパキンと言う音と共に黄瀬の目の前にアイスを投げる。見事手中に収まったそれは昔ながらの二人で分けて食べられるアイスであった。
「青峰君が……」
「有り得ないのだよ!」
「峰ちん〜」
――パピ子を買うなんて!
 青峰の肌色そっくりなそれは透明容器に入ったシャーベット状のアイスだ。吸って食べるようになっているので仮に落としたとしても先程のアイスのようにはならない。
「今日あいつらが買ったその雑誌に《分けられるアイスを恋人と食べたい》っつってたろ」
「あ、ありがとうっス! 青峰っち!」
 悄げた顔から一変して笑顔を咲かせる。その様は犬よろしく尻尾があれば大きく振っていたことだろう。
 してやられたと小さく舌打ちする者や奥歯をギリリと噛み締める者、また無言で圧力をかけるように見つめる者も居る中で赤司ただ一人が余裕の空気を纏っている。
 そんな彼が行動に出るのは時間の問題であった。
「涼太」
「はいっス……んぅッ!」
 青峰のお陰ですっかり元気を取り戻した黄瀬は上機嫌で赤司の呼びに答える。くるりと体を向けた瞬間、彼の上体はぐらりと前方に傾いた。
 赤司が黄瀬の胸座を掴み勢い良く引っ張ったのだ。突然の衝撃に為す術なく素直に従ったからだはしかし倒れるまでは行かず途中で止まる。
 それは赤司がそうしたからだ。唇同士を重ねる事によって。
「ンッ……ふ、ぁっ」
 目の前で繰り広げられる無遠慮な行為に一同絶句である。しかし目が離せないのは哀しいかな思春期真っ盛りの中学生の性ではなかろうか。
「ふあッ……! あ、あああ、赤司っち!?」
「涼太、美味しいか?」
 涼しい顔で問う赤司に一瞬首を傾げた。しかし口の中に何かがあると分かると咀嚼を始める。
「これ、赤司っちが食べてたやつっスね?」
「美味しい?」
「美味しいっス! やっぱハーゲソダッシは別格っスね!」
「マルジューで配布されたフリーペーパーに《彼氏に口移しされる女の子ってどんな気持ちなのか知りたい》って書いてあったからな」
「赤司っち! そこまでチェックしてんスか!? もう、恥ずかし過ぎるっス……」
 両手で顔を隠す黄瀬はまるで乙女そのものだ。それを良いことに赤司は他のキセキに向かって勝ち誇った笑みを投げた。
「赤司君が……」
「有り得ないのだよ!」
「赤ちん〜」
「クソてめぇ……」
――1010にわざわざ出向いてフリーペーパーを取ってきただと!?
 改めて侮れないと全員が悟った瞬間であった。




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