駿河様


 梅雨が明けたと言う情報はまだ出ていない。沖縄では随分前に梅雨明けをしたとお天気お姉さんが言っていた。けれども矢張り彼ら――砂木沼と源田のいる関東は未だに梅雨前線が停滞していた。
 それなのにも拘わらず、今日はそんな梅雨真っ只中でもカラッと晴れており気温も夏の到来を思わせる。午前中から漸く土から出て来た蝉の鳴き声が聞こえた時はどちらともなく「夏だな」と言っていた。
 そんな二人は今、ネオジャパンの宿泊地として借りている民家――趣のある一戸建ての平屋で敷地の広さは申し分ないが辿り着くまでに神社を彷彿とさせる長い階段を上らなければならない――の縁側に腰掛けている。
「絶好の洗濯日和だな」
「この分だとシーツも直ぐに乾くんじゃないか?」
「そうだな」
 今現在この家には砂木沼と源田しか居ない。他のネオジャパンのメンバーは全員出払っている。そうなったのも霧隠を筆頭に成神や幽谷らが昨日の夕飯時に突然提案したからだ。
――源田も砂木沼も偶には休めば?
――そうだ! 明日は俺達が源田先輩の代わりに買い物に行きますよ!
――洗濯も任せてくださいっ
 斯くして今に至る訳だがあれだけの人数を引き連れて物資の調達をすればさぞかし迷惑だろう。恐らく初めは手分けしてスポーツショップやドラッグストアなどに散るだろうが最終的にはスーパーで落ち合い、《お一人様○個まで》の商品を買い込みそうだと言えば砂木沼は笑った。恐らく当たりだろうと。
 しかしそのお陰で二人はこうして久し振りの安息の日曜日を迎えられている。
「砂木沼、暑くないか?」
「いいや。源田は?」
「俺もだ」
 互いの応答にくすりと笑う。
 源田が首だけを捻って砂木沼を見上げたのは、彼が砂木沼の足の間に座っているからだ。背を彼の胸板に預け、お腹には自分よりも長い腕がしっかりと巻かれている。
 蝉の鳴き声が暑さを演出していると言うのに二人の空間はそこだけ切り取られたような、不思議な空気が漂っていた。
「矢張りここは落ち着くな」
 固より入っていなかった力を更に抜き、完全に砂木沼の胸に身を委ねる。
「そうか」
 そんな源田を愛おしそうに見つめ、フッと静かに笑った。先程よりも抱く腕に力が入ったような気がする。ゼロセンチだった距離はゼロミリになったようだ。
「砂木沼の全てを感じられるからかな。凄く安心する」
「それは光栄だが、私だっていつまで理性と戦えるか分からんぞ」
「ハハッ、それは困る」
 嘘。きっと困らない。寧ろそれが彼の本能だと言うのならば源田の本能も忠実にそれに応える筈だ。
 身を捩って少しだけ体勢を変えると源田は砂木沼の首もとに顔を寄せた。スン、と鼻をひくつかせれば求めていた匂いがふわりと鼻孔の中へ入っていく。
 恐らく特に意味もなくて、考えてもいなかっのだろう。徐にVネックから覗く鎖骨に軽くキスを落とした。そんな思わぬ行動に砂木沼がぴくりと反応を示す。
「源田」
「あ、すまない。何か……触れたくて」
 罰が悪そうに眉を下げて笑う。こんな困った風に笑う顔の奥に潜むのは《迷惑だったかな》と言う一抹の不安だ。
 しかしそんな不安を簡単に取り除く術を砂木沼は知っている。それが自分でなければ出来ないことも。
「ふっ、……ん、はぁ……」
「私は」
 だから抱き締める腕を片方だけ解いて顎を掴んだ。もう片方は依然、抱いたままだ。逃げないよう――有り得ないと知っているが――よりしっかり密着させる。
 少し上の角度から唇を重ねれば、蝉の声などもう耳には入らない。漏れ聞こえるのは甘い吐息だけだ。
「此方の方に触れる方がもっと好い」
 唇を離してそう言ってやればとろんと蕩けた瞳で腕の中の彼は笑う。唾液で艶々と濡れた唇をゆるりと弧を描かせている。その色気たるや何と目に毒なのだろう。
 此処が二人だけの家ならば今すぐにでも、と言う気持ちが泉の如く溢れていたことだろう。理性などという蓋は砂地獄にでも落とせばいい。
 ほんのりと朱に染まる頬を撫でてやれば甘えるようにすり寄る。
「さっきの、初めてした時と同じだ」
 場所や時間帯は違えど、あの時もこうして砂木沼の足の間に居た事を思い出す。ベッドの上でも無ければ月が出ている訳でもない。しかしこうしてあの頃を思い出すのはその角度がそうさせたのだ。
「その後はこうだったな」
「ン……っ」
 角度を変えて、もう一度。けれども先程よりも深く、熱く。愛おしさを注ぎ込むように。
 後、もう少しだけ。
 買い物袋を提げた大所帯が長い長い階段を登り切るまで。
 そんな事を考えながら、遠くから聞こえるまだ完全に声変わりをしきれていない中途半端に高い声を蝉の音と貪る熱と共に聞いていた。
 そんな、初夏を感じさせる梅雨の日。



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