高黄♀


 東京在住の高尾は小学校中学年の頃、初めて一目惚れを経験した。今でこそ水色や茶色など様々なカラーレパートリーのあるランドセルだが、当時は専ら男子は黒、女子は赤が主流である。その中で稀に見るのがピンクのランドセルであった。
 そして一目惚れをした相手は正しくそのピンクのランドセルを背負ったドールのような女の子だ。学区は違えども道草を食うと必ず目撃していた。
 いつだって一人で歩道を歩いている。つまらなさそうな表情が勿体無いと思っていた。彼女は笑った方が可愛いと見たこともない表情を想像しながら彼女を目で追ったものだ。
 時折、複数の男子に囲まれていた。けれども決まって彼女はつんと澄まし顔だ。それでも男子は構うのを止めない。それはあまり好ましい事ではなかった。ランドセルの色や、目立つきらきらと輝くきれいな金色の髪を揶揄する暴言ばかり吐くのだから。
 しかし高校生となった今でこそ思う事だが、その複数の男子は十中八九全員が「好きな子ほどいじめたい」輩だったのだろう。彼女があまりに無反応であるから関心を引こうと躍起になっていたのだ。何とも子どもらしい。そして中学に上がると矢張り学区が違うのか私立に進学したのか定かで無いが、通学中に彼女を見ることは無くなった。
 高尾にとって二回目の全中予選に挑んだ日のことだ。それは二回戦を難無く突破した後の事だった。後輩や応援は早々にバスへと乗り込んでいる。高尾は連れションで揃って御手洗いに消えて行ったレギュラー勢の荷物番をしていた。広い視野を持って生まれた事をこれほどまでに感謝した事はないだろう。
「……あっ」
 思わず飛び出た一音は、しかし幸いにも小さく短かった為に誰からも拾われる事は無かった。
 あの子だ。間違い無い。間違える筈が無い。
 ピンク色のランドセルを背負っていた時は長かったきれいなブロンドも、今ではばっさりと短く切られている。それでも高尾が確信を持てたのは、彼女の目だった。初見の頃と違いその髪と大差なく眩しいくらい輝かせていたが。
「へぇ、良かったじゃん」
 ぴょんぴょん跳ねるようにして駆けていく彼女は心底楽しそうであった。
「あっ! 青峰っちー! もう直ぐ試合始まるっスよー」
 初めて聴いた声は心地の良い音で弾んでいる。しかし解せないのは初めて聴く声が異性の名を呼んだものであったことだ。
「青、峰……だぁ?」
 バスケに携わっている者ならばその名を知らない者は居ないだろう。中学バスケ界に於いて一目置かれている彼の名は雑誌でも何度か目にしたことがあるくらいだ。
「あの子……帝光に行ってんのかよ……」
 帝光ジャージが似合わないと青峰を揶揄する彼女はしかし楽しそうだ。青峰もまた眉間に皺を寄せ不機嫌さを滲み出しているものの、満更でも無さそうに見える。何故かその光景が焼き付いて離れない。ちりちりと胸の奥が焼き切れていくような感覚がした。
 その日以降、矢張り会うことは無かった。
 しかし最後の全中予選で高尾は再び彼女を見ることが出来たのだ。一年越しに見る彼女は矢張りきれいであった。けれども違和感を覚えたのはその瞳に対してだ。
「何で……」
 昨年会場で見掛けたあの日よりもやや伸びている髪がさらさら揺れる。風も無いのに。それは偏に彼女が息を切らしながら屋外コートでドライブとシュートを繰り返しているからだ。たった独りで。
 夏なのに、帝光のジャージを上下しっかり着込んでいる。汗が雫となり、漸く沈み始めた夕陽に反射した。
 何度も何度も繰り返しては、「違う」「これじゃない」「だめ」と呟く。一生懸命と言うよりは必死なのだ。彼女は今にも泣きそうな顔でバスケをプレイしていた。
 高尾は苦虫を噛み潰したように眉を顰める。そんな表情をする理由を訊きたい。けれども何の接点も無い、寧ろ一方的な顔見知りに一体何が出来ると言うのだろうか。
 長い髪をしたあの頃は我関せずの態度だった。短くなった時は、今が楽しいと伝わってきた。では、今目の前に居る彼女は?

「いっやー黄瀬さんてばマジでモデルやってたんだね!」
「高尾クン何言ってんスか? こんな美人が一般人をやってるなんて勿体無いっしょ?」
「テメェで美人とか言ってちゃ世話ねぇな」
「笠松センパイ酷いっス!」
 運命だなんてあやふやで曖昧な事象を信じるつもりは毛頭無い。しかし偶然にしては出来過ぎている。
 高尾が高校に上がると、かつて彼女と同じジャージを着ていた――それも選手の中ではとびきり凄い――奴がそこに居た。密かにリベンジに燃えていたと言うのに、真っ先に叶わなくなってしまった。けれどもこうなってしまったのだからどうしようもない。現実は潔く受け入れる。
 それが良かったのか何なのか、高尾はこの凄い奴とお近付きになれた。そう言う縁のお蔭で、もう一度彼女に会うことが出来たのだ。誤算だったのは東京から神奈川の間、リヤカーを自転車で牽引しなければならなかった事だろうか。因みに大きな荷物付である。
 その日から間もなく、偶然入ったお好み焼き屋でまた彼女を見つけたのだ。しかも憧れの人物も同席しているのだから幸運以外の何物でもない。
 どうせならば試合に勝たせてくれとも思うが、それは実力次第であるから恨むのはお門違いと言うものだ。
 直球で彼女と接触するよりも外堀から徐々に近付いた方が良い、と判断した高尾は、その憧れの人――海常高校男子バスケ部主将であり名PGの笠松との距離を縮めて行った。そうした影の努力により、今現在、高尾は件の彼女とも親交を深める事に成功したのだ。
「いやいや黄瀬さんマジ美人っスよ! 喋んなきゃ」
「もーっ! 高尾クンも一言多いっス!」
 泣きそうな顔でがむしゃらにコートを独りきりで走っていた彼女はもういない。感じとしては短い髪で笑っていた頃に似ているが、似て非なるものだ。
 彼女の髪は、高尾が一目惚れしたあの日と同じくらいの長さまで伸びている。当時と違うのは、毛先を可愛らしくくるんと巻いている所だろう。
「そういや黄瀬さんもう直ぐ誕生日じゃん」
「えっ……」
 高尾の相棒となった「凄い奴」である眼鏡と桐皇学園主将の眼鏡、そして誠凛高校主将の眼鏡がコートに入る。ほぼ同じくして憧れの笠松と桐皇学園の新人、誠凛の無冠の五将が入った。
 高校生のバスケットマンにとって大きい大会とも言えるウィンターカップが年末に閉幕し、今は年度最後の月だ。すっかり春休みに突入した今日、屋外コートでのストリートバスケに高尾らは参加していた。
 中高とマネージャーをしているらしい彼女であったが、どうしても選手として参加したいと着いて早々に駄々をこねたらしい。高尾は相変わらずリヤカーを牽引していたので、集合時間にはぎりぎり間に合ったものの到着直後、体力を激しく消耗していたのでその場面を実際には見ていない。
「っつても三ヶ月はあるか」
「高尾クン……知ってたんスか……?」
 彼女の瞳が驚きで丸くなる。
「妹ちゃんの買う雑誌に黄瀬さん載っててさ。それで知った」
「妹居るんスか? 緑間っちと同じっスね!」
 嘘だ。本当は彼女の名前を知ったその日にパソコンで検索をかけて公式サイトのプロフィールを見た。妹の存在も妹が雑誌を買っている事もその雑誌に彼女が載っていた事もその記事に彼女の簡易プロフィールが掲載されていた事も事実ではあるけれど。知った切欠は全くの嘘である。
「黄瀬さんに何回か会った事あるって言ったらすっげー羨ましがんの」
 何回、所ではない。小学生の時だけで既に二桁は優に超えているのだから。
「ね、ツーショとかってやっぱNG?」
「あ。妹ちゃんに自慢する気っスかー?」
「バレた?」
「悪いお兄ちゃんっスね」
「だめ?」
「事務所を通してーって言いたい所っスけど、今は完全プライベートだし! それに友達と写真なんて普通にやることっスもん! いいっスよ!」
 彼女から出た言葉に胸の奥がじりじりと痛んだ。仕方の無い事だ。漸く話せるようになったのだから。そもそも顔見知りではなくそれ以上の関係に見てもらえていただけでも大昇格だ。
 携帯のカメラ機能を起動させる。
 指が微かに震えていた。武者震いか、感動感激か、己の情けなさか。正解は見つからない。
 ディスプレイを反転させて写り具合が分かるようにする。縦長の小さい画面に二人がすっぽり収まるには、必然的に距離を縮める必要がある。
 心臓がうるさい。どうか、彼女にだけは聞こえませんように。誰に祈るわけでもないが心の内側で何度も唱えた。
 そしてもう一つ。
 どうか、互いの頬が付きそうな位置にいる彼女も、少しでも良いからこの距離を意識してくれていますように。
 それに関しての自己採点は、保存した写真と雑誌の彼女、そして記憶の中の彼女とを照らし合わせることで、見えない距離感を測るしか無いのである。


【高尾が黄瀬♀ちゃんに片思いしてるっていうシチュでお願いします!】
黄瀬ちゃん出て無いに等しいと言いますか何と言いますか…。長々だらだらと書いている割には黄瀬ちゃん少ないですね…。すみません。
両想いや両片想いではなく一方通行と言うところがまたいいですよね!!
女の子なので髪の毛を弄る事が出来るのが嬉しいです。
是非とも高尾には頑張って落としていただきたいですね!

>こんにちは。この度は当企画にご参加いただきまして誠にありがとうございます。また、大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
ああああ大好きと言っていただけてもうこの上なく嬉しいです!ありがとうこざいます!
「高→黄♀という趣味丸出しのリクエスト」をしてくださった事で、私は非常に楽しく書かせていただきましたよ。ありがとうこざいます。
お気遣いくださりありがとうこざいます><あお。様のような素敵な方に参加していただけて私は幸せです。
ありがとうございました。


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