青黄


「黄瀬ぇ!」
 十分と言う短い休憩時間だと言うのに教室内は騒がしい。けれどもそんな状況下でもはっきりと黄瀬の耳に届いた。それは意中の相手だからなのかは定かでない。
「何スか青峰っち」
「数学忘れたから貸せ」
「もー。とか言って最初からそのつもりだったんじゃないんスか? オレらのクラスついさっき数学だったし」
 置き勉している青峰が教材を忘れるとは思い難い。彼の目当ては今し方用を終えたばかりのノートである。
 黄瀬は呆れ口調で言い当てながらノートを差し出した。
「お、サンキュ」
「うわっ!」
 軽いお礼を口にすると同時に黄瀬の視界から青峰がフレームアウトする。かと思えば乱暴な手付きで頭を撫でられた。十中八九髪の毛は乱れているだろう。しかし何度か手櫛で梳けば元通りになるので、別段騒ぎ立てる事も無い。
 頭から手の温もりが離れて行った時の黄瀬は、一瞬、至極寂しそうな表情をしていたと紫原の文字で一冊のノートに綴られていた。
 赤司はノートを閉じると一つ息を吐く。そして今し方始めたばかりの恒例行事をするエースとルーキーを眺めた。
 彼の手にあるのは部誌だけではない。B5サイズの罫線が細い大学ノートである。これには今、目の前で繰り広げるワンオンワンに夢中の青峰と黄瀬について、その日の行動が書かれていた。
「青峰君も結構分かり易いんですけどね。あの緑間君が気付くくらいですから」
「黒子。バカにしているのか」
「まさか。そんなつもりはありませんよ」
 緑間の睨みにも動じないのは黒子の相棒が固より目つきの悪い青峰だからだろう。
「黄瀬ちんってなんで自分からは何もしないの? 毎日告られてんだからそう言う時のセリフとかさらっと言えそうじゃん」
「相手が青峰だからだろうな」
「はあ? 意味分かんないし」
 赤司の言葉に紫原が眉を顰める。
 気持ちを言葉に出せば現在のようなまどろっこしい事も無い筈だ。しかし黄瀬は今の位置に甘んじている。また青峰に対しても紫原はうんざりしていた。明らかに黄瀬を恋愛対象として見ていると言うのに、本人が自らの気持ちに気付いていないのだ。紫原としては捻り潰さずにいるのを誉めて欲しい所だろう。
「しかしそろそろどうにかしたいな」
「ああ。黄瀬が入部してもう直ぐで一年が経とうとしているが、既にこのノートも五十を越えてしまったのだよ」
「端から見ると誰得の交換日記ですよね」
「中身は峰ちんと黄瀬ちんの事だけどねー」
「時折私見があるくらいか」
 ぱらぱらと中身を流し見る赤司の周りを緑間と紫原と黒子が囲む。そんな異様な光景であるにも拘わらず、青峰と黄瀬は依然としてボールを追い掛けていた。
「よっしゃ! もらっ……うわぁっ!」
「黄瀬っ!」
 レイアップを決めようと踏み切った所で黄瀬の足元から酷く嫌な音が鳴った。途端に黄瀬の手からはボールが零れ落ちる。黄瀬自身も派手な音を立てて床に倒れた――筈だった。
 人が床に倒れたのは明白である。それだと分かる程の音が体育館に響いていた。けれども黄瀬に痛みが訪れる事はない。それどころか人肌の優しい暖かさを感じた。
「大丈夫か、黄瀬!」
「あ、おみ……っ」
 黄瀬が顔を上げた先には青峰の精悍な顔が視界いっぱいに広がっていた。そうして黄瀬は漸く気付く。彼が痛みを感じずにいられたのは、青峰の上に乗っているからなのだと知ったのだ。その瞬間、黄瀬の顔には熱が集中し始める。
 汗が染み込んだ青峰の黒いシャツに黄瀬の手の平から噴き出る汗が吸い込まれていく。背中に回された褐色の腕がやけに存在がはっきりとしている。何より青峰の匂いが鼻腔を通して脳を侵した。
「今日、お前動きがおかしかっただろ」
「へ?」
「注意して見てみりゃ案の定、だな。バッシュの紐が切れてんぞ」
 伸ばされた白い足の先には青峰にせがんで選んでもらったバスケットシューズがある。その甲の部分にはぷっつりと切れた青い靴紐が申し訳程度に付いていた。生憎、正面から抱き締められている黄瀬にそれを確認する術は無い。
「な、何で……」
「は? んなもん毎日お前を見てたからに決まってんだろ」
「おっみっ、え!」
「あ?」
「お、オレ、あのっ、あのねっ」
 意中の相手に不可抗力とは言え抱き締められ、自惚れてしまってもおかしくはない言葉を言われて黄瀬はキャパシティーオーバーだった筈だ。だから、仕方がないのである。主将の存在も副主将の存在も、親友の存在もクラスメートの存在もきれいさっぱり忘れてしまっていることは仕方がない。
 体育館に響く黄瀬の声は、部活動の時間とは違い人気が無いからか、良く響いた。一世一代の大告白は非常に貴重な瞬間だったに違いない。常日頃される側の黄瀬と、地黒の肌が徐々に朱に染まる瞬間を同時に目撃出来たのだから。
「オレっ、青峰っちが大好きです!」
 精一杯の愛の告白は、今時のマセた小学生でも言わないような陳腐で稚拙なものだった。人気モデルが聞いて呆れる。しかしそれでも一生懸命さが本気であると伝わったのは確かだ。離れた場所から見ていた赤司らにもそれがひしひしと伝わっていたのだから黄瀬の目の前にいる青峰が分からない筈もない。
 そしてそれは青峰の恋心を芽生えさせ、彼の気持ちが明確化される切欠となった。
「だからと言って、『お、おう……』は無いですよね」
「だが、あの青峰があそこまで分かり易い赤面をするなど思わなかったのだよ」
「黄瀬ちん良かったねー。お赤飯食べられるねー」
「さて。先程までの流れを一応は記したが……」
 長い時間を掛けて漸く繋がった想いに感動か、はたまた未だに混乱しているのか、それ以上言葉を交わすことも動くこともしない二人を置いて早々に引き上げた。そして現在エースとルーキーを除くスタメンが部室に揃っている次第だ。
 赤司は手にしていた大学ノートを掲げる。そこには今日に至るまでの様々な青峰と黄瀬の言動が記されていた。
 筆者はこの場にいる四人である。主にクラスメートである緑間や紫原の文字が多く記載されていた。
 一年にも満たなかったが既にシリーズ作として出版出来そうな量はある。なかなかに思い入れはあった。
 けれどもそれも今日この日を以てお役御免である。青峰と黄瀬の焦れったい軌跡は四人の筆跡により形に残った。それでも本日それを手放さなければならないのだ。あくまで彼らが書き続けてきたノートは、二人が恋仲になるまで、を前提にしたものであった。
「次はルーズリーフにしようと思うんだが」
 だから突然赤司が言い放った言葉に一同は暫し思考回路を接続する事が出来ずにいた。
「……は?」
 真っ先に反応出来たのは――とは言え十数秒の沈黙は訪れていたが――学年で次席の緑間だった。漸く喉から絞り出した声とも言える一音はどうにか口から出たようだ。
「恋が実るまでを大学ノートに書いたからな。実った後の事はルーズリーフにしようと思っているよ」
「え、赤ちんまだやるの?」
「赤司君、それは最早野暮では……」
 紫原と黒子の声が重なる。言葉は違えど二人の表情と声音は非常に似通っていた。
「恋愛に於けるメンタルケア程大事なものは無いだろう? 浮かれるようなら釘を刺す。マリッジブルー宜しく気落ちしているならば支えてやる」
「マリッジ……」
「矢っ張りお赤飯だー」
「建て前は結構です。本音は?」
 訊かなければ良かった。黒子はそう思った。緑間もまた声には出さないが「余計なことを」と視線で訴える。紫原は赤司の決めた事ではあるから固より逆らうつもりもないのだろう。
「面白いからだ」
 この時の赤司の顔は青峰の赤面以上に貴重であったと、後に黒子は語る。
 あんなに溌剌とした目をする赤司を見たことがないと、紫原は思った。
 また面倒事に巻き込まれてしまったと、緑間は頭を抱えたらしい。
 こうして周りのサポートもあってか、青峰と黄瀬の恋愛事情が大事に至るような出来事は起こらなかったと言う。


【甘/無自覚青峰くんと自覚有り黄瀬くんの長期間に渡る両片思いが実るまでを、生温かく見守るキセキ達】
すみません。どこに甘い要素があるのか……。
黄瀬の報告は紫原、青峰は緑間、黒子は二人の相談役に不本意ながらも必然的になってしまい内面的な報告、と言うのが役割な気がします。赤司はその報告を集約。
ノートは赤司家に厳重に保管されています。

>こんにちは、初めまして。この度は当企画にご参加いただきまして誠にありがとうございます。
拙作で身悶えてくださっているとは…!恐縮です。m(__)m
女体化黄瀬、いいですよね!私も大好物です(笑)先天でも後天でも楽しめます。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -