海黄


 壁に耳有り障子に目有りとは良く言ったものだ。笠松は何故この様な事態になってしまったのかを、頭の中で考えてみた。しかし考えれば考える程、思い当たる節ばかりで、とうとう思考を放棄してしまう。
 悩んだ所で目の前の光景――自宅に招いたのは恋人唯ひとりの筈がいつの間にやらチームメイトのスタメンが揃っている現実から目を逸らせるわけが無いのだ。
 如何せんリビングが窮屈でならない。固よりごく一般的な大きさの家である。自分を含めた家族で過ごす分には十分な広さであった。しかし今はどうだろうか。
 笠松の実家には本日、彼以外が不在の日であった。それは一週間も前から決まっていた事である。その為、笠松は黄瀬を我が家に誘ったのだ。それを楽しみにしていた黄瀬がこの一週間大人しくしている筈が無かった。ひたすら上機嫌であったのだ。しかも三日前には食事のリクエストを訊いていた。これだけでも森山らが感づくのは朝飯前である。
 そして何と言っても侮れないのは、彼らが笠松家を訪ねるにあたって、その手に食材の入ったスーパーのレジ袋を提げていた事だ。これには呆れを通り越して関心してしまう。
「突然押し掛けて悪いな」
「そう思うなら帰れ」
 眉尻を下げて謝罪する小堀に容赦の無い本音が笠松の口から飛び出る。本来ならば二人きりで、所謂「お家デート」の筈だったのだ。部活三昧で片や主将で受験生、片やエースでモデルである。そう易々と二人の時間を作るなど出来ない。
 そんな二人に漸く訪れた今日この日だからこそ、邪魔された笠松の機嫌のグラフは右肩下がりだった。
「まあそう睨むなよ。良いじゃないか。どうせお前はこの先黄瀬の新妻っぷりを何度も見ることになるんだろうから」
「森山は今すぐ帰れ」
「だから悪いと思ってちゃんと追加食材も買って来ただろ?」
「お前らが来なきゃ良かっただけの話だろうが」
 笠松の盛大な溜息は早川の感嘆の声に掻き消されてしまった。
「すっげー! 黄瀬っ、お前料理(り)ょう(り)出来たのか!」
「三日前に母親の作り方を見て覚えてそれから練習したんスよ」
「ってことは黄瀬の家庭の味って事だな!」
 早川の何気ない言葉はリビングで会話を交わしていた三人の三年らの動きを止めた。しかし談笑を続ける彼らの後輩達がそれに気付く様子はない。
 家庭の味、と呟いた森山は、はっとした表情を浮かべた。
「完全に笠松の嫁さんだな」
 にやにや。どこか嬉しそうに笑う森山の顔は小憎らしい。つい、反射で笠松の平手が側頭部を叩いた。
 良い音だな。「まあまあ」と宥め役に回ろうとしていた小堀が思わず感想を先に口に出してしまうくらいには、本当に良い音がした。
「出来たっスよー」
 取っ手の付いた横長のトレイを早川が運んでくる。そこには辛うじて乗っている五人分のプレートに野菜炒めと豚の生姜焼きが見えた。次いで黄瀬もお吸物と白米を乗せたトレイを持って来ると、途中で早川にバトンタッチするなり再びキッチンに引っ込んだ。ややあって初めに早川が生姜焼きを乗せてきたトレイに肉じゃがを入れた器が人数分運ばれた。
 それらをテーブルに乗せて漸く食事の時間となる。
「いやマジで冗談抜きの家庭の味が出て来たな」
 笠松が好物だと言っていた肉じゃがを見て、森山が思わず言葉を漏らす。
「黄瀬は良いお嫁さんになるな」
 笠松は幸せ者だと小堀の目が如実に語る。照れる黄瀬の顔は本気で恥ずかしがっているようだ。
 否定しろよ。男が嫁って言われて嬉しがんなよ。そう言ってやりたいのも山々だが、事実、笠松も今し方似たような事を考えていたのだから口を開ける訳がない。
「思わぬノロケを見せ付けられてしまったな……」
 森山の声と共に出来立てを証拠付ける湯気がゆらゆらと食卓に立ち上った。


【笠松家で黄瀬が笠松に料理を作るのを面白がってたかりに来た海常メンバー】
食べ盛りの高校生ですから、食材は持って来ていただきました。流石に五人分の材料があるとは思えなかったので……。(笑)
黄瀬の肉じゃがが食べたいです。
そして笠松はエプロン姿の黄瀬を食べればいいのですみません黙ります。


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