赤黄♀


「どきどき」していたのが「ずきずき」に変わった時、私は初めて恋を知った。

 雲一つ無い青空を天井にした屋上は、快適だ。春の暖かい風がさらりと頬を撫でる。それに伴って私の短い髪が踊った。
 こういう日の天気を快晴と言うのだと教えてくれたのは、昼休み終了二十分前まで隣に居た赤司っちだ。けれども彼は三十分前に私を置いて、今、私が背凭れにしている扉から出て行った。この扉から顔を出し、彼を呼びに来た、一人の女の子と一緒に。
 私は彼女を知っている。赤司っちと一緒に学級委員をやっている子だ。私達が三年生に上がったばかりの頃は受験生を持つ忙しい担任のサポート役として引っ張りだこだった。名簿作成や、席表、健康診断の順番把握エトセトラ。兎に角赤司っちは暫く直ぐに食べられるような物を昼食としていた。
「赤司君、居ますか?」
 遠慮がちに扉を開けて顔を出した彼女を初めて見た時、私は息の仕方を忘れたのだと思う。
 平均的な身長と細い身体が華奢な女の子を象っている。膝頭に被るくらいのスカートに長い黒髪をレギュラーツインテールで結ぶ、いかにも温和しめな女の子だ。そして一目で分かる。私とは正反対の人であると。
 それはほぼ毎日のように訪れて、赤司っちは彼女が姿を見せるとそれだけで内容を理解したような顔になる。そして私に一言、
「すまない。先に戻る」
 そう言って彼女の元へと歩いて行く。
 去年、私がマネージャーとして男子バスケ部の一員になってからは気付けば私の隣には赤司っちがいて、赤司っちの隣には私が居た。けれどもいつしか彼の隣は私では無くなった。
 同級生の間で囁かれている噂も耳にする機会が多くなっていく。勿論、彼女と赤司っちが付き合っているだとか、良家同士の許嫁であるとか、お似合いだとか。兎に角恋愛絡みの話は絶えない。そして、私も耐えられ無かった。
 だから、今日も同じ様に赤司っちの背中を黙って見送った後、教室にも帰らずこの寒色の空の下で慰めにもならない風に当たっているのだ。
「悔しい……っ」
 私が一年かけて漸く落ち着けた赤司っちの隣は、ひと月にも満たない同級生にさらりと奪われてしまった。それが悔しいわけじゃない。否、確かに悔しいのだけれど。
 私は膝を抱えて膝頭に顔を埋める。冷たい筈の扉は私の体温が移って人肌に温められていた。だからだろう。今は背中がとても寒い。
 自然と涙が出た。情け無いことに、一度溢れてしまったらそう簡単には止められない。だから私は女優には向いていないと思う。転向する気はさらさらないけれど。
 悔しいと思ったのは、私と対角線上に居る彼女と赤司っちが「お似合い」だと思ってしまった事に対してだ。赤司っちのような見た目も中身も落ち着いていて大人っぽいスマートな男性と、将に「女の子」や「大和撫子」と言う言葉が似合う女性がお似合いじゃない、なんてことは有り得ない。少なくとも私はそう思っている。そう、思ってしまった。
 赤司っちがどうかは知らない。彼は自分を他人にはなかなか見せない人だから。けれども彼女は違う。明らかに恋する乙女の表情で赤司っちを呼びに来ていた。そしてその度に隣に座ってお弁当を広げる私を睨むのだ。敵意剥き出しの好戦的な目はいっそ清々しい。
 私は、お似合いだと思ってしまったから。もう、ダメなのだ。退くしか道は残っていない。だって、私はあの子にはなれないのだから。
「あの子に、なりたい……っ」
「その必要は無いだろう」
「……っ、あ……、な、んでっ」
 私が扉から離れたのを感じたのか、数センチしか開いていなかったそれは瞬く間に赤司っちの姿が見えるくらいまで広がった。私を見下ろす赤司っちは僅かに眉を顰める。
「一人で泣くな」
 赤司っちが私に近付く。彼の背後で無機質な扉が錆びた音を立てて独りでに動いた。そしてそれが一際大きな音を以て閉まった時には、既に赤司っちが私の目の前に立っていた。
 ゆっくりしゃがんで私と視線を合わせる。伸ばされた指先がまるで壊れ物を扱うかのように目元を撫でた。
 目の周りが熱いのは、涙を流したからに違いない。
「もう、独りきりで涙を流すな」
 命令形なのに優しさが含まれた言葉は一言一句漏らすことなく胸の中に落ちて行く。
「赤司っち……なん、で?」
 主席の彼が授業を抜け出すなど考えられなかった。けれども現実、こうして赤司っちは私の目の前に居る。だから不思議でならないのだ。
 しかしもっと不可思議な事を言われてしまうとは思ってもおらず、ただただ彼を見詰める事しか出来なかった。
「黄瀬が心配だったから、以外の理由は見付からないな」
 その言葉の意味を理解するにはまだパズルのピースが足りない。
 それなのに私の鼓動は加速を始める。赤司っちの瞳に映り込んだ自分はとても不細工だった。
「黄瀬が泣いていたから戻って来た」
「う、そだ」
「嘘じゃないさ」
「うそっス」
「オレを呼びに来るクラスメートが姿を現すと、お前は泣いているじゃないか」
 勿論、私は赤司っちの前で涙を流してはいない。これでも意地は最後まで通す頑固者だ。それなのに反論出来なかったのは、矢張り図星を突かれてしまったからだろう。
 涙を流さない泣き方を、きっと彼は知っているのだ。
「わたっ、私はっ」
「これでもこの一年間、オレはずっと黄瀬を見ていたからな。お前の泣き方が人が居るのと居ないのとでは異なることも知っている」
 人前で涙を流すものかという意地を、赤司っちはとっくの昔に見破っていたらしい。けれどもそれ以上に、赤司っちが私の事をこんなにも知ってくれていることがただただ嬉しかった。パーソナルデータ以外の事も知っていてくれる。
 いつだって先を読む赤司っちは、矢張り先手を打ってきた。
「彼女の事は必要最低限のパーソナルデータしか知らない。勿論、必要ならばその他の情報も頭に入れておくがその日は来ないだろうな」
 やけに声が近い。そう思った時には焦点が合わず、赤司っちがぼやけていた。唇に触れた柔らかい感触はほんの一瞬である。
「最近呼び出されてばかりでご無沙汰だったな」
 手を引かれて立たされたかと思えば、そのまま屋上の端まで連れて行かれる。どんどん扉は遠ざかり、フェンスが近付いてきた。そこはいつも私と赤司っちがお昼を一緒に過ごしている場所である。
 バネの様にクッション性のあるそれは、背凭れにしてもさほどダメージは無い。
 その場に座らされたかと思えば、すぐさま赤司っちはごろんと横になった。え、と思った時には膝枕が完成していたのだ。
「今の時間だけだ」
 そう言って彼は目を閉じた。寒色の空とは正反対の紅蓮の瞳が瞼の裏に隠れる。
 久し振りに重みを感じながら私は自身の唇に触れた。
 再び視線が合ったら、その時は意を決して問おうと思った。あの唇に触れた意味を。
 だからそれまでは、自分に問おうと思う。この、どきどきの意味を。


【切甘がいいです!モブの女の子でも友達でもいいのですが、その子が赤司さまと仲良くてーってな感じの話がいいです!!中学でも高校でもどっちでもいいです!!】
モブ子です。モブ絡みのお話とか好きです。
そしてリクエスト内容からあまりに脱線しまくっていて戻って来ません。投げっぱなしのフリスビー状態です。どなたか拾ってください。
今回はショート黄瀬ちゃんです。黄瀬ちゃんはロング、ミディアム、ショート、どれも似合うと思います!

>こんにちは。この度は企画にご参加くださいましてありがとうございました。
毎回参加してくださってますよね?本当にありがとうございます!
我が家の黄瀬は可愛いですか!?ありがとうございます><うおおおっ
バスケしろよと度々思いますが(笑)


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