紫黄


「黄瀬ちんさぁ、マジでそう言うのウザイから」
「ウザ……っ! そこまで言うことっスか! こっちは心配してっ……」
「だーかーらー、そーゆーのがウザイんだってば。いーから放っといてくんない?」
「……っ、じゃあ勝手にすればっ!」

 比較的争い事は無く、どちらかと言えば他クラスよりも仲が良いと自負している部分はある。そんなクラスの総合の時間に事件は起こった。
「……で?」
「お前はいつまで拗ねているつもりなのだよ」
「青峰っちも緑間っちも冷たいっスよ!」
「……っつったってなぁ……」
 目の端に涙を浮かばせ頬を膨らませる黄瀬はあまりにも幼稚な態度だ。ガキ臭い、と二人は思ったが口には出さない。今そんな事を言えば、今以上に面倒臭いことになりかねないからだ。
 呆れた溜息を吐きながら青峰は緑間を見る。緑間も眉間に皺を寄せながらも矢張り呆れた表情で腕を組んでいた。そんな二人に気付いているのかいないのか。黄瀬は体育館の隅っこで不機嫌さを露わにしている。
 一方で黄瀬の居る場所と対角線上にあるゴールが大きな音を出した。紫原だ。現在はもう自主練の時間だと言うのに彼が一つのゴールを使用しているのは非常に珍しい事であった。
 怒りの矛先を向けられたゴールはぎしぎしと軋み嫌な音を出す。
「紫原君、ゴールが壊れますよ」
「紫原、ゴールは壊すなよ」
「はぁ? 壊れる方が悪いんじゃん」
 ご機嫌斜めの紫原君はいつもの怠さを体現する間延びした話し方ではなかった。けれども語気が強く苛立ちを隠そうともしない。
「機嫌を悪くするのは勝手だが、ゴールに八つ当たりはよせ。先月第三体育館のゴールを修繕したばかりだろう」
「ここは第一だから関係無い、なんてことはありませんからね」
「…………」
 先回りした黒子の言葉に紫原は口を噤む。どうやらそっくりそのまま言われてしまったらしい。
「そもそも何があったんですか? 君達が喧嘩なんて珍しい」
「黄瀬ちんが悪い」
「それだけじゃ何も解決しないだろう。本当に紫原に非がないのかも分からない」
「……オレ、そんなに柔じゃねーし」
 それきり口を閉ざしてしまった紫原は、再び大きな音を立ててダンクをかます。ゴールリングが悲鳴を上げるがお構い無しだ。
 黒子と赤司は互いに目配せをすると同時に溜息を吐いた。これ以上は何を訊いても話さないだろう。
 そこで赤司は体育館の隅を見やる。青峰と緑間に見下ろされながら何かを話している黄瀬の姿を捉えた。その視線の先に気付いた黒子は赤司の意図に気付いたようだ。ああ、なるほど。と頷くと黒子はその場を離れた。
「青峰君、緑間君、ちょっと良いですか?」
「黒子っち……」
 ぐす、と鼻を啜る音が鳴る。黄瀬はどちらかと言えば冷めた性格であるが、スタメンらの事となると話は別らしい。澄まし顔は見る影もない。
「泣き止まねーとワンオンワンしてやんねーからなっ」
「そんなぁ……」
 青峰の言葉を受けて更に泣き出しそうだ。それを緑間と黒子は揃って両側から脇腹に手刀を入れた。勢いを殺せなかったのは態とではない、とも言い切れない。
 赤司が待つステージ上へと集まれば、緊急会議が始まった。
「紫原君は『そんなに柔じゃない』と拗ねているようでした」
「青峰、緑間。黄瀬は何と?」
「『誰だって心配するに決まっている』だとよ。面倒臭ぇー」
「事の始まりはどうやら総合の時間に起こったらしいのだよ」
 緑間は黄瀬に聞いた話をそのまま赤司に伝える。それを赤司が紫原から得た情報を基に構築する。
 つまりはこうだ。
 総合の時間、どこも文化祭の準備で賑わっていた。それは勿論黄瀬達のクラスも例外ではない。準備中に出たゴミを所定の場所に捨てに行くため黄瀬と紫原は共に教室を出て行った。
 それから間もなくしてからだ。廊下から女子生徒の悲鳴が聞こえた。と言うのも、木材で自クラスの出し物を作っていたらしいクラスが廊下の壁に角材を立てかけていたらしい。それが固定も何もされておらず、通りかかった黄瀬達を襲ったのだ。けれども黄瀬に怪我は一切無かった。それもこれも紫原が庇ったが故である。
 その際、棘が掠ったのか手の甲に一線の傷が出来た。角材も相当な数であったと言う。だからこそ、黄瀬は保健室に行こうと言ったのだ。けれども紫原はその言葉に苛立ちを覚えた。
「大丈夫?」「平気。全然痛くねーし」の遣り取りから次第に「保健室に行こう」「必要無いし」へと変わると、最早「行く」「行かない」の押し問答になってしまっていた。それに嫌気が差し始めた紫原は、言ったのだ。
「幾ら黄瀬ちんでもこれ以上しつこいと捻り潰すよ?」
 そして冒頭の言い争いへと発展したと言う。
 其処まで赤司が解説すると、真っ先に顔を顰めたのは青峰である。
「単なる痴話喧嘩じゃねーか! うぜぇっ!」
「なるほど。紫原君は大丈夫だと言っているのにも拘わらず、黄瀬君が保健室を勧めた事によってプライドが傷付いたわけですか」
「差し詰め黄瀬は、こんなに心配しているのに何故分かってくれないのか、と言った所だろう」
「そう言うことになるな」
 黒子と緑間の分析に赤司が首肯する。内容としては最早惚気に近い気もするが、当事者は気付いていないのだろう。だからこそ、現在こうして臍を曲げあっているのだから。
 早くもげんなりしている青峰に赤司は彼を静かに呼んだ。
「げっ」
「お前しか適任者はいない」
 説得の言葉には拒否権など無かった。青峰に求められているのは、肯定することだけである。
 盛大な溜息を吐くと、籠いっぱいに入ったボールを一つ取り体育館の隅――黄瀬が膝を抱えている場所へと移動する。そして何の前触れも無く、手中のボールを投げつけた。
「痛ッテー!」
 見事頭部に直撃したそれは跳ね返り、青峰の方へと転がる。それを拾い上げるともう一度、同じ所へ投げた。
「痛いっスよ! なんなんスかっ、さっきから!」
「うじうじウゼェんだよ」
「だからってボール投げること無いじゃないスか! ってか投げるならせめて手加減して欲しいっス! めちゃくちゃ痛ぇっ!」
「ウゼェのが悪い」
「痛っ! アンタの命中率の良さを此処で披露しなくてもっ、イッテ!」
「お前がウザくなくなったら止めてや……」
 会話のキャッチボールを続けながらもう一度黄瀬に投げつけようとした時だ。青峰は言葉を最後まで紡ぐことも、そのボールを投げることも出来なかった。
 それもその筈である。
 如何せん、背後から再度ボールを投げたら頭を捻り潰され兼ねないからだ。
「いい加減にしないと峰ちん、捻り潰すよ」
 それは地を這うような怒りを微塵も隠そうとしない紫原の声だった。そんな彼の登場に、黄瀬は目を丸くする。その間もぎりぎりと青峰の頭は締め付けられていた。
「紫原。その辺にしておけ」
「仮にも青峰君はエースですから」
「居なくなって困ると言うことは無いだろうが、問題は起こしたくないのだよ」
「テメェら一肌脱いでやったオレに何だよその態度は!」
 赤司の制止の声に、紫原の手から力が抜ける。青峰はと言えば、まるで西遊記の孫悟空になったような気分だ。
 黒子と緑間の言葉には噛み付いても罰は当たらないだろう。荒療治ではあるものの、黄瀬と紫原の関係修復に体を張って一役買ってやったのだから。
「紫っち……」
「黄瀬ちん、大丈夫? 怪我無い?」
 青峰を押し退け紫原が黄瀬の前に立つ。何度もボールをぶつけられた頭を中心に顔や身体のチェックを始めた。
「大丈夫っスよ」
「脳震盪とか起こしちゃうかもしれないし」
「平気っス」
「でも今日はもう帰ろー?」
「だから大丈夫だって言って……! あ……。そっか」
「黄瀬ちん?」
 恒例になっていた青峰とのワンオンワンをするなと言う紫原に黄瀬が語気を荒げ始めた時、それはあまりにも突然に終わりを告げる。黄瀬がはっとしたように目を見開き動きを止めたからだ。
 そんな黄瀬を訝しげに紫原は見ていた。その表情は心配の色も浮かんでいる。
「黄瀬ちん?」
「ごめんね、紫っち。オレ、別に紫っちの言葉を信じてなかった訳じゃないんス……。ただ、心配で……オレっ」
「黄瀬ちん。オレも、ごめんなさい。黄瀬ちんの気持ち、本当は分かってた。けど、何か、あの時は……何か、ダメだった。ごめん」
 ぎゅっと背中に腕を回し、黄瀬は紫原の胸に顔を埋める。そして紫原も彼を外敵から守るように抱き締めた。
 そんな二人を見守るのは四つの影である。
「オレに功労賞的な何かは無ぇのかよ」
「既に赤司がやっただろう?」
「は?」
「そうだな。紫原から頭を捻り潰される可能性を消してやった、な」
「ハァっ?」
「良かったですね、青峰君。前払いでしたよ」
「ふっざけんな!」
 二度と喧嘩するなよテメェら。
 青峰が怒鳴り散らして言った言葉には、共に見守る三人も静かに胸中で頷いた。
 今回の件でより一層親密な関係になった黄瀬と紫原は、いつしかクラスメート公認の「夫婦」と相成ったのであった。


【帝光時代で喧嘩してしまって仲直りするまでの話】
長すぎますね、すみません。うまくまとめるのが苦手なもので……。それもこれもまだまだ文章が拙いが故です。精進します><;

>はじめまして、こんにちは。
この度は当企画にご参加くださいまして誠にありがとうございました。
黄瀬受け好きさんでいらっしゃいますか!?もうそのお言葉だけで私は嬉しいです!仲間が此処にいらっしゃった!!
あああありがとうございます><なかなか文章が上達しないのでやきもきしているのですが、好意を抱いていただけているというのは矢張り嬉しいですね!飽きられぬようもっと勉強致しますのでお付き合いくだされば幸いです。


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