灰黄


 バラバラだったパズルが合わさった。かちりと嵌った最後のピースは悲しい赤色だ。そうして出来た絵柄を俯瞰で眺めて初めて違和感を覚える。
 違う、と直感で感じた。
 二年前、黄瀬がバスケに触れたあの日と同じ絵柄を期待していたけれど、実際出来た絵柄はどこか違っている。皆、各々に自分の居場所を見付けいた。だから、キセキの世代とシックスマンが繋がった絵柄は以前の「仲間」としてではなく「良き好敵手」として描かれているのだ。もう、自分の居場所は此処キセキではないのだと知る。
 それは皆も同じだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。黄瀬はそれが酷く受け入れ難かった。
「ねぇ。ショウゴ君だけなんスよ」
 バスケで鍛えられ筋肉質な肩に柔らかな金糸が流れる。疲弊しきった声だと気付きつつも、灰崎はぶっきらぼうに「重てーよ」と態と肩を上下に動かした。それに合わせて凭れ掛かる黄瀬の頭も上下に動く。その振動で髪の毛の束がさらりと移動して前髪に混ざる。けれど黄瀬は覆われた視界を煙たがることはなかった。
「ショウゴ君だけ」
「へいへい」
「冷たいっスね」
「十分甘やかしてやってんだろーが」
「ふふっ」
 碌にコミュニケーションを取ろうともしなかった筈だ。それがどういう風の吹き回しか、ここの所頻繁に連絡が来るようになった。以前であれば、此方から送ったとしても無視をされるか短い暴言を吐かれるかのどちらかであったのだ。
 春休みに時間を作るのは相手の勝手である。しかしそれを他人に強要するのは如何なものだろうか。
 本来ならば今日、この日、嘗てのチームメイトらと会う事になっていた。けれども黄瀬はそれを辞退したのだ。
「静岡に行くんで、東京に居ないんス」
 謝罪と共にそう返事したのは今朝の事だ。
「わざわざ静岡まで来てんじゃねーよモデル」
「嬉しいくせに」
「どっちがだ」
 東京から通えなくもないが、その距離はお世辞にも短いとは言い難い。だから灰崎は学生寮に入っている。学校から徒歩圏内のそこは入寮生徒数が多いのか外観はなかなか立派なものであった。
 春休みで帰省する生徒も居る中、部活に明け暮れる者はそこに留まっている。その為、黄瀬が現れた時は寮内が喧騒に包まれた。やけに五月蝿いと思い顔を出してみれば、そんな灰崎に気付いた黄瀬が凡人には出せない輝かしいオーラを放つ笑顔を向けたのがつい五分前の事だ。
「ホント、ショウゴ君だけっスよ。メールも電話もオレへの態度も変わらないの」
「あっそ」
「何か安心するんス」
「知るかよ」
「そう言いながらもショウゴ君って絶対突き放さないっスよね」
「……もう黙ってろ」
「はぁーい」
 クスクス笑いながら額を肩口に押し付ける。その度に近くにある頭部からふわりふわりとフローラルの香りが漂った。一応モデルであるから細部にまで手間暇掛けているのだろう。しかし同じ男かと疑いたくなる。
 返事をしてから黄瀬は一切口を開かなくなった。おいおいマジで黙ってるつもりかよ、なんて思ったのも束の間。規則正しい寝息が耳朶を打った。
 そっと髪を掻き分けて顔が見えるように耳に掛ける。青いリングのピアスが光を反射してちかちか光っている。
 伏せられた睫毛は女子も羨むであろう長さを持っているだけでなく、上向きだ。ビューラーもエクステも必要としないそれは矢張り日本人かと疑いたくなった。
「無防備すぎんだよ」
 起こさないよう腕を伸ばしてジーンズのポケットに突っ込んである携帯を手に取る。会社や機種が違っても、大体操作は似たようなものだ。手早く目的のメニューを選択するなりすぐさま起動した。
 そして特にこれといった設定を弄る事無く決定ボタンを押す。盗撮防止の為に鳴る仕様となっているシャッター音はスタンダードな物ではなかった。オルゴールのような高音でシャララと変な音を奏でていたのには思わず眉間に皺が寄る。
「なんだこれ」
 つい呟いてしまった。
 今し方撮影した写真は明るさも何も弄っていない上になかなかの至近距離だ。最近の携帯カメラはデジカメにも劣らない画素数を持っている。そんな中での映りですら崩れを知らない黄瀬の顔は嫌味な程整っているのだと改めて知らされた。
「ブラインドとか必要無ぇーか」
 どうせ一ヶ所に集まっているのだろうカラフルな目立つ集団を脳裏に描きながら黄瀬の携帯を操作する。今度起動させたのはメールだ。
 添付して暫し逡巡したが、件名も本文も空欄にすることにした。そして送信完了の文字を目にすると、先程送信した添付ファイルを自分の携帯にも送る。証拠隠滅の為に送信ボックスからも履歴からもデータフォルダからも先程の行為の痕跡は削除した。
 そこで漸く電源を落とし、黄瀬のポケットへと戻すのだ。
「リョータ、風邪引くぞ」
「んー」
「寝るならベッドで寝ろ」
「やだ」
「リョータ」
「ショウゴ君居なきゃやだ」
 いやだいやだとごねる高校生を心底面倒臭いとも思う。けれどそれより先に愛おしさが出て来てしまっては、その「面倒臭い」も惚気に変わってしまうのだろう。
 何とはなしに金糸に指を滑らせれば、気持ち良さそうに笑った。

 一方東京では皆一様に硬直していた。
「これは……どう言うことなのだよ」
「送信者は黄瀬ちんだけど、絶対黄瀬ちんじゃない奴が送ってきたよねー」
「はぁっ? アイツ今静岡じゃねーのかよっ!」
「てっきりモデルの仕事だとばかり思っていましたが……」
 バスケットボールを中心に円を描いて座る体躯の良い男子高校生が五人。神妙な顔付きで各々の携帯を睨んでいた。
 緑間が動揺を隠すように眼鏡のブリッジを上げる。紫原は相変わらず抑揚の無い声ではあったが、明らかに気分を害していた。その証拠に手中のお菓子が見るも無惨な姿になっている。只でさえ強面の青峰は一層目つきが鋭くなり、職務質問されかねない。黒子が淡々と語る様はいつものことながら、携帯を持つ手が震えている。
 その状態を目下に確認しながら、赤司は今朝届いたメールと先程届いたメールを交互に表示させた。
「……っ、灰崎か」
 灰崎。その固有名詞に赤司以外の四人がびくりと肩を揺らす。一斉に赤司の方を見るもその目は獣のようだった。
「いつの間に……」
 赤司が奥歯を強く噛み締めるも答えが導かれることはない。いがみ合っていた、過去から続く不仲さはウィンターカップでも垣間見えていた。それが油断を招いたのだ。今更気付いても手遅れであるが。
 心中穏やかでないのは誰もが右に同じである。久し振りのメンバーとのミニゲームで流した汗はいつしか冷や汗へと変わっていった。


【キセキといることに辛くなった黄瀬を灰崎が甘やかしまくりそれを聞いたキセキがどうにかしようと慌てる】
今回はべたべたな甘やかしではなく、灰崎なりの甘やかし方?みたいなのを目指しました。だからぱっと見甘やかしてないじゃんと言う印象が強い気がします。
某週末アイドルの赤い子は高校に行くために東京⇔静岡を往復していると聞いたので、まあ無理では無いんだなぁと。しかし部活生(真面目かどうかはさておき)であればちょっと厳しいのかな、とも思ったので勝手に寮生にしました。部外者入れてもいいのかと言う疑問はありますが、良いんです。ここでは。と言うことにしておいてください。


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