青黄♀


 嘗ての確執が落ち着きを取り戻してから一年と少し。キセキの世代と呼ばれた者達はこの春、最後の高校バスケとなる学年になった。進級を危ぶまれた者もどうにかこうにか綱を渡りきったようだ。
 一つ上の先輩らの卒業式を目前に控えていた青峰は、太陽が真上を過ぎてやや西側に傾く頃、滑り台とブランコしかない小さな公園の前で足を止めていた。小学校もまだ春休みには突入しておらず、子どもは一人も見当たらない。彼の視界を埋めるのは咲き誇る桜ではなく、陽光を存分に浴びて光沢を放つ眩しい金糸であった。
「黄瀬……」
「あれ。もしかしてサボりっスか?」
 違和感はあるものの見慣れた制服ではなく、春色を取り入れた私服を身に纏う黄瀬に思わず立ち止まったのだ。そしてそれは黄瀬の方も同じらしい。赤の他人であれば擦れ違うだけであったのに。知り合いだからこそ、それが出来なかった。「知り合い」で収まる関係でもないのだが。
「違ェよ。卒業式の準備で体育館が使えねーってだけだ」
「そっか。そっちも卒業式なんスね」
「そう言うお前こそサボりじゃねーのかよ」
「残念でしたー。私はお仕事っスよー」
 惜しげなく晒された脚を交差させてキメる黄瀬は、正しくモデルのそれである。シフォン素材のスカートから伸びる脚はすらりと長いが、階段を上ったりちょっとでも風が吹けば下着が見えそうな丈だ。
 何だかそれが面白くなくて青峰の眉間に皺が寄る。それを自らが発した言動によるものだと勘違いしたらしい。黄瀬は不満そうに桜色のグロスで艶めく唇を尖らせた。
「ちょーっとちょっと! 何スかその顔。こーんな美人を前にする顔じゃないっスよ」
「だったらもっと女らしいおっぱい付けてから言えよ」
「最っ低!」
 モデルは巨乳過ぎてもダメなんスよ! これくらいが一番服をキレイに魅せるんス! など、キャンキャン吠えていたが、青峰はそれを軽く流すだけだった。その態度は頂けないが、出会った頃とちっとも変わっていない。それがどこか擽ったかった。
「ちょっと寄らないっスか?」
 ピンク色をベースに装飾された爪が伸ばされた細い指と共に公園のブランコを指した。
 横に並んだブランコに高校生二人が座る。青峰は久々のブランコにいつから乗って居ないのかと記憶を遡らせた。しかし答えが出ることはなく、思い返せばバスケ三昧で、それ以外の記憶はほんの僅かな物だ。その中に、一際輝く記憶がある。それは同時に三年経った今でもきりきりと胸を締め付けた。バスケと同等かもしかしたらそれ以上の物であるのに、その中身は凄惨なものである。
 隣で地面に足を着けたまま前後に動く黄瀬の太腿が目に入ると、矢張り顔を顰めた。
「お前、卒業したらどうすんだ?」
 視線は太腿から外れ、上半身へと移る。大きく開いた襟元からは黒のレースを誂えたキャミソールが覗いた。しかし青峰の長身故の座高と黄瀬がやや前傾気味である事が重なってか、キャミソールと肌の隙間からは寄せて作られたであろう谷間が顔を見せる。
 初めてそれに触れた三年前はもう少し小振りであった。その白さこそ変わらないが、青峰が楽しめる程の大きさではない。黄瀬の方から捧げた純朴の身体である。しかし青峰が無理矢理汚したと言っても過言ではないだろう。
 バスケがつまらないと感じ始め部活すら出なくなった。そんな青峰をどうにかボールに触れさせようとがむしゃらに奮闘した結果が最低な事象を招いたのだ。青峰が童貞を捨てた日、黄瀬もまた苦痛の中失った。
「バスケをさせたかったらヤらせろ」半ば冗談で言った言葉を黄瀬は呑んだ。それが事の始まりである。誰に罵られても、非難を浴びても仕方がないと思っている。どれだけ黄瀬を傷付けたかなど計り知れない。それでも、偽物とは言え合意の上で関係を持てた事も傍に黄瀬が居てくれた事も、青峰にとっては当時と変わらず眩しい出来事だった。
「バスケに触れるのは高校までっス」
「辞めんのか?」
「もうやらない。モデル一本に絞って芸能活動の幅を広げるって事務所にも話したんで」
 チェーンを掴む両手の間から柔らかい笑みを浮かべる黄瀬の顔が覗く。会場で見た時はショートカットであった髪も幾分か長さが変わっていた。
「髪……。伸ばすのか?」
 出会った頃のように。初めてのコンタクトではミディアムの先を丁寧に巻いていた。それがどうだろう。バスケ部に入れろと言った翌日、体育館に現れた黄瀬は見惚れる美しい髪をばっさりと切って来たのだ。これには流石の青峰も目を丸くした。
 あの頃はまだ純粋な気持ちに溢れていたと言うのに、一体どこで釦を掛け違えてしまったのだろう。
「バスケとサヨナラするって決めた、私なりのケジメっスよ」
 先程から彼女の言葉がいちいちぐさりぐさりと胸を突き破ってくる。強く笑う顔は酷く強がりに見えたし、何より離れるつもりなのはバスケではない気がしたのだ。
 勘、ではあるが。
「なあ、黄瀬」
 ブランコが揺れる。がしゃがしゃと音を立てて揺れる。昼の影は自身の足元に集まり不細工だ。
 黄瀬の前への移動など一歩二歩で叶う。その短い間に黄瀬が立ち上がる隙など無い。
 無意識の内に鎖を強く握り締めていた。離したら錆の臭いが移っていることだろう。
「黄瀬」
 そんな真っ白の手を日に焼けた対照的な肌が包み込むように重なる。不安を隠しきれない大きな瞳には真っ青な空と眩しい太陽を背負った青峰が映った。
「バスケから離れるのは勝手だけどな」
 ずっと迷っていた。純粋故に戸惑い、傷付けたのだ。気付いても後の祭で、ずっと傍にあった存在は既に離れていた。後悔もあった。それで良いと大人ぶったりもした。けれどそれも長くは続かない。いつだって隣に居て欲しいのだと、二年掛けて、漸く自らの気持ちと向き合えたのだから。
 まだ何も、あの頃から何も伝えられてやしないのだから。
「オレは、お前から離れるつもりはねーぞ」
「……えっ」
 夏休み終了間際に空けたピアスホール。其処にはずっと変わることなく彼の色がはめられている。何度も外したけれど、結局また同じ物を穴に通すのだ。
 未練がましいと感じていた。自分の力ではどうすることも出来なかったと言うのに。それでも彼へ抱いた恋心は確かに黄瀬の中に存在しているのだ。求められるままにしか出来なくて、けれど繋がったと言う事実に嬉しさを感じないわけがない。同時に込み上げた惨めさには蓋をし続けた。
 矢張りバスケを失った青峰からバスケを取り戻すにはバスケを用いることが一番であったのだ。黄瀬はそれが出来なかった。同じ土俵に立てていないのだから、それ以外の方法しか持っていなかったのだ。
 悔しかった。けれど嬉しかった。ずっとその日を待ち続けていたのだから。お帰り、なんて言える立場ではないけれど。
「青峰、ち」
「オレ、卒業したらプロになる。けどそれだけじゃねぇ。絶対アメリカに行ってやる」
 青峰の手に力が込められる。それは同時に黄瀬の手を圧迫していることにもなる。
「行って、絶対活躍すっから」
 胸が痛い。緊張で速度を上げる鼓動と大きな不安と期待が綯い交ぜになって速度を上げる鼓動が対峙している。
 お互い、目を逸らすことなど出来る筈もなかった。
「そしたらお前を絶対ぇ迎えに行く。それまで自分磨いて待ってろ」
 不安と期待が膨れ上がると弾けて涙となるのだろうか。その目尻からほろほろ零れ落ちる雫は可憐な花にも劣らぬ美しさがある。青峰はただただ純粋にきれいだと思った。
「なん、スか……それっ。私の気持ちは? 相変わらず無視するんスか?」
「い、嫌なら別に待たなくたって」
「あんまり待たせると、私から迎えに行っちゃうっスよ!」
 さらりと優しい風が金糸を撫でる。春なのに、まるで夏を連想させる笑顔は青峰がずっと見たかったそれであった。違和感無く、ぴたりと当てはまる。これが黄瀬だと思った。
「上等だ!」
 指切りをするには大きくなった。だからと言って大人にはなりきれていない子どもだ。それでも。だからこそ。背伸びをしたくもなるのだ。
 ブランコに座る黄瀬に逃げ道は無いが、そんなものは必要無い。重なる熱を拒む理由など有りはしないのだから。
 ブランコが、揺れた。


【切甘ですれ違い】
両片思いが個人的に好きです。甘酸っぱい!
自分で書いて於いてなんですが、ブランコをブラコンと読み間違えてしまいますね…。他の遊具にすれば良かったです。
かなりどうでもいい余談ですが、私はブランコが苦手です。酔うので…。

>初めまして、こんにちは。この度は当企画にご参加くださいまして誠にありがとうございました。
日参していただけているとは!恐縮です。ありがとうございます。
森黄にもハマってくださったのですか!うわあああ嬉しいです!森黄は恐らく数も少ないので、もっと好きになってくださることを密かにどきどきしながら期待しております(笑)
お気遣いのお言葉、ありがとうございます。矢張り日参してくださる方も少なからずいらっしゃいますので、時間の許す限り極力更新しようとは心掛けております。それも最近ではなかなか出来ていないのですが。
これからも皆様に楽しんでいただけるよう頑張ります^^


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -