海黄


 部活開始時間からややあって黄瀬が体育館に姿を見せた。柔軟を始めていたメンバー達を隅から隅まで見渡す。そうしてきゅう、と眉根の距離が近くなり眉尻が情けなく下がった。
 理由は簡単だ。
「笠松なら今日は部長会議で遅れるってさ」
「あ……そうなん、スか」
 見るからに悄げる黄瀬を小堀が優しく笑いながら手招きする。
「おいで。今日はオレと柔軟やろうか」
「はいっス!」
「キャプテンな(ら)直ぐ来(る)っ!」
 元気をなくした黄瀬の背を早川が一発平手で叩く。景気の良い音に「うぎゃっ」と黄瀬の声が重なった。
 こうして準備運動や柔軟、ダッシュにパス練とメニューを森山、小堀、早川と共に一つ一つこなしていく。その間に黄瀬は何度も入口を見ては笠松の姿を探していた。
 休憩間近になった頃、漸く黄瀬の笠松探しは終わりを告げる。
「うーっす」
「センパイっ!」
 模擬試合観戦していた黄瀬は、笠松の姿を視認するなり一目散に駆け出した。その様子を、シュートを放ったばかりのフォームで森山は見ていた。ボールがネットを潜るのと彼の口角が上がるのはほぼ同時である。
「センパイっセンパイっ! オレ、さっきの模擬試合で小堀センパイとのパス連携超スムーズだったんスよ!」
「あーそーかよ。取り敢えず離れろ。オレは準備運動すっから」
「オレ手伝うっス!」
 笠松の周りをついて回る黄瀬、と言う構図は今に始まった事ではない。しかし今日のは一入ひとしおだ。
「休憩!」
 笠松の留守を預かるのはレギュラーの三年だが、その中でも取り仕切るのは森山だった。小堀は笠松が居る時も居ない時も常にサポート側に回っている。
 森山がビブスを腕から抜きながらステージの上で柔軟をする笠松に近付いた。その顔は先程シュートを決めた時に見せた表情と同じである。そんな森山を視界に収めると、笠松の眉間は皺が刻まれた。
「かーさーまつっ」
 上機嫌さを窺わせる声音に対して笠松は一層不機嫌さを露わにする。それすらも読んでいたのか、森山が表情を変えることは無い。その内タオル片手にやってきた小堀とドリンクボトルで喉を潤しながら早川もやって来る。相変わらず、ら行は言えないが「キャプテン! お疲れ様です」という言葉は何とか聞き取れた。恐らく、ら行が一文字しか入っていなかったからだろう。
 小堀も、そして早川も森山同様、とまでは行かないものの、どことなく口角が上がっている。それは明らかに柔軟をする笠松とそれを手伝う黄瀬を見てからだ。
「お前らさっきから何なんだよ!」
「いんやー? べっつにぃー?」
「良かったな! 黄瀬!」
 にんまりと笑う森山の顔は、笠松の神経を逆撫でするには十分効果を発揮している。額にうっすらと浮き出る血管が見えているのかいないのか、早川は臆することなく黄瀬に笑いかけた。その理由がいまいちピンと来ず、笠松の表情は怪訝なものになる一方だ。
「意味分かんねーよっ」
「黄瀬がずっと笠松の事を待ってたんだよ」
「はぁっ?」
「べっ別に待ってたとかじゃないっスよ! ただ、みんな居るのに笠松センパイだけ居ないのがちょっと寂しいなって思っただけで……」
「それで、まだかまだかと頻りに入口を見ていたわけだ」
 お前の可愛い可愛いエースが。
 感慨深く頷く森山を真っ先にシバきたかった笠松だったが、背中を押して貰っている体勢では難しい。それを十分に理解していたからこその発言だったのだろう。
 森山後でシバく。そう胸の内で宣言することでその場を収めることにした。
「黄瀬は本当に笠松が大好きだからな」
 小堀の言葉は悪意は無いのだろうが、この状況で言われるとただの冷やかしに聞こえてならない。しかし森山と違って裏がないことを知っているので強く言い返すことも出来ずにいた。
 そうして言葉を詰まらせながら視線を横に外す。と、同時に違和感を覚えた。その原因を探るべく右から左へ。そしてまた左から右へと目だけを動かす。
「――お前らなぁ……」
 分かった途端に笠松の眉頭はぐっと寄った。口角がひくりと動く。地を這うような低い声が体育館を滑る。
「センパイ……?」
 様子が変わった笠松を心配する黄瀬だったが、彼の顔を覗き込んだ瞬間、「ぴょっ」と変な声を上げた。何故か、怖い顔をしている。
 恐る恐るもう一度笠松を呼ぶ。すると、その表情からは似つかわしくない優しい声で「黄瀬、もういい。サンキュ」と返ってきたので思わず背中から手を離した。
 丸でそれを合図のように笠松が立ち上がる。固よりステージ上に居たのだ。誰よりも高い位置から全体を見下ろし、そして再確認する。
「お前ら全員顔がうるせーよっ!」
 休憩中のバスケ部員に向かって、笠松は声を張り上げた。それはつまり、笠松の背中を呆けた表情で見詰めるたった一人の後輩を除く全員に告げられた。
 そんな笠松の顔が血色の良い色にほんのり色付いていることを知るのは、彼を正面から見ている部員だけだ。そしてしん、と水を打ったように静まり返った館内は、森山が吹き出した事で忽ち賑やかになった。
 経緯がさっぱり分からない黄瀬が寂しげに「センパイ?」と呼ぶことで収束に向かうこととなる。しかし笠松の口から説明するのは大層恥ずかしいようだ。小さく舌打ちしたままそっぽを向き、厳しい声音で休憩の終わりを告げた。
 後ほど一頻り笑ってうっすらと涙を浮かべた森山が懇切丁寧にこっそりと教えたのだが、それが一部改竄、誇張、森山の解釈によるものであると言うことをこの時は誰も気に留める余裕など無い。思い込みが激しい残念なイケメンの事を、キレイさっぱり忘れていたのだ。
 紅潮し、うろうろと視線を彷徨わせる黄瀬に、森山は満足げな表情を浮かべるのだった。


【甘/部活中、会議かなにかで笠松がいないときに黄瀬を甘やかす海常メンバーだけど笠松を見付けたらそっちに走る黄瀬と冷やかすメンバー】
海常が大好きです。海常が、大好きです。
スタメン、レギュラー、モブ含め愛おしいです。みんなでわっちゃわっちゃやっていて欲しいです。バリバリ体育会系ではあるけれど、アットホームな雰囲気も兼ね備えているような気がしてなりません。

>初めまして。この度は当企画に参加していただき、ありがとうございました!
わざわざお祝いのお言葉も添えてくださり恐縮です。
もっとより多くの方々に楽しんでいただけるよう精進してまいりますので、これからも拙宅並びに拙作を宜しくお願い申し上げます。


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