青黄


 お見合いではなく、交際期間を経て結ばれたカップルはどれくらいの時間を掛けて婚姻関係へと踏み切るのだろうか。青峰にはその相場が分からなかった。
 有名な結婚情報誌が気になりはしても購入する度胸は生憎持ち合わせていない。それならばと、有名落語家がタレントと共に司会を務める新婚番組を視聴しようにも時間帯が合わないのでは不可能である。録画も右に同じだ。と言うのも、彼は現在、一人暮らしではなかった。
 紆余曲折を経て漸く安定期を迎えたのは高校二年に進級した年のゴールデンウィーク前だ。それからは順調な関係を築き上げ、卒業と共に同棲を始めたのが六年前である。実は、後、半月程で七年目を迎える。交際期間は既に二桁へと突入してしまった。
「潮時……だよな」
 青峰は、黄瀬との生活の匂いが染み付いたソファーに深く腰を掛ける。真ん中に座った為に背凭れには両腕を伸ばして置けた。家具を買い揃える時、互いの体格を考えて選んだものだ。ラブソファーも捨て難かったが、それでは狭すぎる。
 日本でプロとしてバスケットを続ける青峰は結果も残していることもあり、それなりの貯えがあった。本業の収入だけでなく、スポンサーのコマーシャルによる収入や各方面のメディアで稼いだりと様々だ。つまり、自分以外の誰かを養う余裕があった。
 言うまでもなく、その「誰か」が「誰」かなんて決まっている。
 答え合わせをするように、玄関が少し賑やかになる。ポリエチレンの袋が他の音を上書きするように目立つ。鞄の中を漁っているのだろう。恐らく、今ドアの前で必死に鍵を探しているはずだ。けれどそれは徒労に終わるだろう。
 青峰はソファーから立ち上がると、笑いを堪えながら玄関の扉を開けた。
「お帰り」
「あ、ただいまっス……」
 予想通りだ。
 青峰が視線を下に向けると、鞄の中に手を突っ込んだままの黄瀬が居た。
「お前、今日鍵持って出なかったろ」
「えっ、ウソッ!」
 嘘の筈がない。先程まで青峰が座っていたソファーから、壁に掛かったコルクボードにお揃いの色違いキーホルダーが仲良く全く同じ形の鍵が二人分、見えていたのだ。
「あちゃー。今日青峰っちがオフだからってちょっと油断しちゃったんスかね。良かった。出掛けてなくて」
「出掛けるわけねーだろ」
「何で? あ、寝てた?」
「違ェ。黄瀬が帰って来そうな時間にわざわざ家を空けるかよ」
 黄瀬から荷物を取り上げると鞄はソファーの上へ置き、ポリエチレンの袋はキッチンへと持って行く。同棲生活も長いと、青峰とて野菜室やチルドの場所くらい覚えるものだ。初めは全て冷蔵庫に突っ込んで黄瀬に怒られていた。唯一冷蔵庫に入れず冷凍庫へと入れたのは、アイスだけだ。
「何の為にツードアじゃなくて家庭用のを買ったと思ってるんスか!」と怒られても「それ、ツードアじゃねーの?」と冷蔵庫を指差したのも随分と昔の事のように感じる。青峰にとっては、冷蔵室が両開きの物もどうやらツードアらしい。
「あれ、オレ、帰宅時間言った?」
「言っただろ。遅くなるかもって」
「いや、それ帰宅時間じゃないじゃん」
 青峰からお気に入りのミネラルウォーターのボトルを受け取りながら言う。呆れを含んだ声に、青峰は特に何も言わなかった。
「似たようなもんだろ」
「どこがっスか」
「いーんだよ。何となく帰って来そうだなって分かんなら」
「アンタほんとそう言う所野生児っスね」
「うるせーよ」
 数分前まで一人だったソファーには、二人分の重みが加わっている。隅っこに置かれていた黄瀬が気に入っているクッションは、彼の腕の中だ。
 このクッションを購入する際、抱き心地最高だからと勧めてきた黄瀬は青峰の分も手に取っていた。けれども結局レジに持って行ったのは黄瀬の分だけだ。青峰にとって最高の抱き心地とは、今、彼の隣でお気に入りのクッションを抱き締めながら水を飲む恋人だけである。
 矢張り、黄瀬で無いとダメなのだ。彼と毎日を過ごす度、青峰の中に生まれる感情は独占欲よりももっと強い感情だった。
「なあ、黄瀬」
「何スか」なんていつもの調子で言えなかったのは、隣に座る青峰から真剣な空気を感じたからだ。黄瀬はペットボトルをローテーブルに置くと、上体を捻って彼を見た。彼が何か大切な話をしようとしている事など六年も共に居れば分かる。
「もう直ぐ、その……アレ……だよな」
「アレって?」
 青峰が言わんとしていることは分かる。もう直ぐ、と言う言葉が指しているのは「付き合って七年目」であると言うことだと。濁しているのは照れがあるからだ。しかし黄瀬はそれでも青峰の口から聞きたかった。
 唇を引き結んだままなかなか開かない青峰を、黄瀬はただ黙って待つ。けれど――。
「あー……やっぱいいわ。何でもねぇ。忘れろ」風呂入ってくるわ。
 そう言って立ち上がりリビングから出て行こうとするその大きい背中に、思い切り黄瀬は或る物を投げつけた。
 バスケを引退したとは言え未だ彼とのワン・オン・ワンは続けている。だから外すわけが無い。
 黄瀬が青峰に食らわせたのは、腕の中にあったクッションだ。そして、そのクッションが未だ青峰の背中に残っている瞬間を狙って第二投――水の入ったペットボトルが投げられた。ワンクッション置いているとは言え、これは流石に痛かったらしい。
「ッテェーな! 何すんっ」
「いい加減腹括れよアホ峰っ!」
 痛みに歪む顔を以て振り向けば、それ以上の気迫を以て怒りを露わにする黄瀬が居た。年を重ね成人してからは益々大人の魅力が引き立ち、「格好良い」よりも「美人」の方が似合う。そんな黄瀬が怒っているのだ。恐らく今の彼を見たら笠松だろうが赤司だろうが顔を引き攣る事間違いなしだろう。
「オレはとっくの昔に括って準備もしてて後は青峰から言ってくるのを待つだけだって思ってたけどもう限界。こういう時くらい決めて見せろよこのバカッ」
 怒気を孕んだ声は久しく聞いていない黄瀬の低い声だった。彼とて紛れもない男なのだ。
「もういい。もー限界」
 吐き捨てるように言うと、鍵が掛かったコルクボードの真下にある棚へと近付く。其処から上から二段目の引き出しを開けるなり何かを取り出した。その引き出しには、現在彼らが住んでいるマンションや所属チーム、事務所などの契約書が入っている。
 解約、だろうか。
 青峰の脳裏に最悪の結末が過ぎる。
「ん」
 目の前に突き出された紙は、残念ながら近すぎて文字がぼやけてしまう。
「印鑑、朱肉、ペンはテーブルの上に置いたんで。ちゃんとそれ書いたら大事に保管して。無くしたら殺すっスよ」
 紙を掴むと入れ替わりに黄瀬の手が離れていく。
「風呂入ってくるっス」
 青峰の横をすり抜けざまに言うなり廊下とリビングを隔てるドアを閉めた。それはまるで拒絶のよう――だとはどうしても思えないでいる。
 黄瀬が不機嫌さを露わにしていたのは確かだ。しかし横を通る際に起きた微かな風が、顔に貼りついた紙を揺らした。その隙間から見えたのだ。
「あいつ、笑ってた……?」
 不機嫌な声音には似付かわしくない僅かに上がった口角が意図するのは、青峰の手に握られた一枚の紙切れであった。
「……あー…………クッソ……!」
 クリアに見える位置まで紙を離して漸く理解した。その赤色のインクの書類が何なのか、分からない年ではない。
「証人に赤司とさつきって……バカじゃねーの」
 プロポーズの言葉は言ってない。言われてもいない。それはつまり、黄瀬は矢張り待っているのだ。青峰のその口から告げられる一言を。
「言葉だけで満足してんなよ」
 いつか、この紙の契りを本物にする。青峰にはそれが出来る。
「次に腹括るのはテメェだ、黄瀬」
 近いのか遠いのかも分からない「いつか」の為に、火神に英語を習う事を決めた。来るべきその日には、全てを捨てて付いて来いと言えるように。


【ヘタレ峰と男前黄瀬で、甘々、出来れば告白とかプロポーズっぽいもの】
……。すみません。すみません。すみません。甘々がミスディレしてます。しかもプロポーズも未遂と言うあまりにもヒドい。酷すぎる。すみません。後、ヘタレと言うかなんかうじうじしてるウジ峰さんと男前と言うかただのキレ瀬な気がしてならない。うわああああ。そしていつもの事ながら無駄に長い。

>はじめまして、こんにちは。
此方こそ企画に参加していただきありがとうございます!
年齢操作大好きなので大変オイシイリクエストでした(´艸`*)ありがとうございます。
これからも更新頑張ります!


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