秀徳と黄瀬


 AO入試が終わり、センターが終わり、私大の入試が終わった。今は二次試験に向けて三年生が教室や自学室に籠もっている。
 木枯らしと呼ぶにはもう遅い、底冷えする風が黄瀬の髪を揺らした。
「黄瀬。そろそろ着替えろ。そのままでは風邪引くのだよ」
「そっスね……」
 体育館から部室棟へと歩く道の途中、黄瀬は毎日明かりの点いた校舎を見上げていた。W・Cが終わって三年生が引退してからずっとである。
 以前「受験勉強は空き教室でやっている」と大坪に教えて貰ってからと言うもの、黄瀬は二階でポツンと光る部屋を見ているのだ。そこは大坪の言う「空き教室」が当てはまる場所である。
「センパイ達、頑張ってんスかね」
「涼ちゃんまぁた見てんの? 毎日飽きないねー。妬けちゃう!」
 ケタケタ笑いながら高尾が隣に並んだ。黄瀬を真ん中に三人揃って二階の一つだけ明るい教室を見つめる。
 その時、教室の中からゆらりと影が動いた。
「あ! 宮地サンだ!」
「相変わらず視力だけは良い奴なのだよ」
「ちょ、酷っ! そりゃ無いぜ真ちゃん」
 プススス、と特徴的な笑いを堪える音を出しつつも器用に返事をする。そんな高尾の視力は人の顔と浴場に設置された湯を出す石製のライオンとの区別も付かない緑間とは天と地の差がある。
 黄瀬もまた高尾の眼の良さには信頼を置いていた。だからこその行動なのだろう。
 肺一杯に空気を送り込むと、一気に放出するかの如く、窓に向かって声を張り上げた。
「みーやーじーセーンーパーイっ!」
 突然空気を震わせる声に両隣に居た緑間も高尾も思わず耳を塞ぐ。「いきなり大声を出すな」と注意しようと緑間の口と同じくして、件の窓が開いた。
「うるっせーよ! 轢くぞっ!」
「やった! 宮地センパイっスよ! おーい!」
 只でさえ高身長と明るい髪色で目立つと言うのに、声まで張っては自学中の他の生徒も中断する者が出て来る。案の定、三階や四階の明かりの点いた教室の窓が次々に開く。今まで勉強していたであろう三年生が顔を覗かせる。中にはバスケ部だった者もちらほら居た。
「黄瀬だ」
 宮地は一旦窓の外に向けていた顔を室内に向ける。そして共にペンを走らせていた大坪と木村に声を掛けた。
「相変わらず元気だな」
「雪でも降ったら歌に出て来る犬そのものだろ」
 木村の言葉に大坪も宮地も吹き出した。「違いない」「違和感無ぇーな」各々の感想を述べながら、雪の中をはしゃいで駆け回る黄瀬を想像している。
 そんな事を知る由もない黄瀬は、後頭部ばかりを見せる宮地に頬を膨らませていた。そろそろまた大声を出しそうな空気を漂わせている。
 けれどもそれはどうやら免れた。窓に近付いた大坪と木村、そして再び顔を見せた宮地が揃ったからだ。
「お前、他に勉強してる受験生の事も考えろよ!」
 木村が声を掛ける。
「緑間も高尾も、いい加減着替えないと風邪引くぞ!」
 冬の空気に体を震わせた大坪が注意を促した。その声の強さは主将の力強さが見え隠れしている。
 暖房の効いた室内に籠もっていた彼らにとっては、窓を開けた事により急に舞い込んだ冷気は堪えるのだ。
「センパイ達はまだ残るんスかー?」
 何という事はない只の会話である。しかし二階の三人はその声に隠れた感情を読み取ることが出来た。
 一年にも満たない付き合いだ。時間にしてみればとても短い。しかし質としてはとても濃密なものであったと言える。
「今から帰る準備すっから、お前らもさっさと着替えて校門で待ってろ! オレらより遅く来たら埋めんぞっ!」
「ラジャーっス!」
 きれいな敬礼を見せると、黄瀬は緑間と高尾に向き直る。
「行こっ! 緑間っち、和君!」
「はいはい。じゃなきゃ埋められちゃうかんねー」
「とばっちりなのだよ……」
 バタバタと靴音を鳴らしてその場を後にする。三人の姿が見えなくなると、漸く宮地達は窓から離れた。
 窓を閉めれば冷えた空気が遮断される。それでも空気が入れ替えられた室内からは、暖かさが逃げていた。
「教室も冷えた事だし帰るか」
「あいつらも寂しがってるしな」
「いい加減、先輩離れすべきだろうが。それはオレ達にも言えることだな」
 木村と宮地が筆記用具を片付け始める。次いで大坪も苦笑しながら消し屑を集めた。
 出来るだけゆっくり。
 きっとそれは校門に集まって歩き出してからも同じだろう。ゆっくり。ゆっくり。
 与えられた時間は平等で、必ず終わりが訪れる。悪足掻きにしかならないけれど、それでも良いとさえ思う。その限られた時間の中で、一方は残された後輩と、もう一方は旅立つ先輩と、最後の時間を共有する為に。

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