誠凛と黄瀬


「火神っち! ワンオ……ったぁ……」
「お前はカントクの話を聞いて無かったんかダァホッ!」
 部活終了の挨拶をした直後の事だ。黄瀬はパッと瞳を輝かせてボールを片手に火神に近付いた。黄瀬が彼を「火神っち」と呼ぶようになってから続くワン・オン・ワンを申し込む為だ。
 けれどもそれは主将直々に後頭部を叩かれた事で強制的に中断せざるを得なくなる。衝撃で思わず手中から落ちたボールは小さく跳ねながら伊月の足元へと転がって行った。
「まあまあ。黄瀬だってつい、いつもの習慣で言っただけだろうし……」
 土田が眉尻を下げながらフォローを入れる。
「……ハッ! 黄瀬が規制されたのは黄瀬のせい。キタコレ!」
「伊月はだぁってろ」
 冷たく吐き捨てる日向に口答えする者は居ない。唯一居るとしたらバスケ部創設者の木吉である。しかし生憎、テツヤ二号と戯れ中だった。
「え? カントク何か言ってたっスか?」
 殴られた後頭部を、水戸部に撫でてもらいながら黄瀬が素の表情で日向を見る。瞬間、日向の蟀谷こめかみに青筋が浮き出た。
「黄瀬、今日は学校の都合で六時半には閉めるんだって」
「え、嘘!」
「っていうかお前、カントクから自主練禁止令出されたばっかじゃん」
「オーバーワーク気味何だろ?」
 降旗の情報に黄瀬の目が丸くなった。続けて言われた河原と福田の言葉には悔しげに唇を一文字に引き結ぶ。
「まあまあ。偶にはみんなで帰るのも良いんじゃないか?」
「いや、わざわざいいだろ別」
「やった! じゃあ早く着替えなきゃっスね!」
 二号とじゃれていた筈の木吉の提案に、すかさず日向が口を出す。しかし全て言い終える前に黄瀬の明るい声が体育館内に谺した。そうなっては日向も口を閉ざすしかない。
 オーバーワークをしてしまってからと言うもの、黄瀬は自責の念に駆られていた。悟られまいといつも通りに振る舞う姿は度々空元気が際立ち、それが痛々しくもあった。

 あれから程なくして、誠凛バスケ部一同は学校を後にする。平均身長よりも飛び抜けた頭がちらほらある集団は、幾ら夜道とは言え矢張り目立つ。
 視線を上げれば夜の帳に散りばめられた星が目視出来た。学校近辺はまだ落ち着いた通りだからだろう。
 駅に近付くにつれ、歩道はビルや店の明かりで煌々と照らされる。それだけでも星光が霞むのに、周りは背の高いビルが建ち並び見える空は小さく切り取られてしまう。そうなっては星座の知識はあっても途切れたそれを見ることになるだろう。
 冬の夜空は空気が澄んでいて綺麗だというのに非常に残念だ。歩きながらぼんやりと頭の隅で黒子は考えていた。
「あ!」
 黄瀬が言葉を短く空に向かって上げる。黄瀬の後ろを歩いていた二年生は揃って夜空を見上げた。先を歩いていた降旗、河原、福田の三人もワンテンポ遅れて空を見上げる。黄瀬を挟んで歩いていた火神と黒子は、話している最中に黄瀬と同時に上げていたのだろう。
 誠凛バスケ部が見上げた空はまだ駅付近と比べると空が広い。そんな中で見えたのは冬の星座と呼ばれる形を作る星だ。
「どうした?」
 小金井が空に視線を向けたまま尋ねる。黄瀬が足を止めたからだろうか。他の部員も速度をなくしている。
「流れ星っス!」
「うっそ! マジで?」
 どこ、どこ。
 黄瀬の答えに小金井は瞳を輝かせた。必死に探すけれど見当たらない。それもそのはずである。流星群の時期はとうに過ぎた。そんな中で流れ星など滅多に拝めるものではない。
 肩を落としていたけれど、水戸部の無言の慰めに「そうだよなー」と持ち直したようだ。彼に何を言われたのか、誰にも分からない。ただそれを知るのは、言った本人と笑顔で星を瞳に映している小金井の二人だけである。
「お願い事、出来ませんでしたね」
「一瞬だったしな」
 光と影のコンビは揃って残念そうな声音をしていた。
「何かお願い事したかったんスか?」
「ええ、まあ」
「黄瀬はねーの? 何かお前ならアレコレありそうだけど」
「ちょ、火神っちヒドいっス! オレ、そこまで欲張りじゃねーしっ」
 む、と唇をへの字に曲げて拗ねる姿は年相応、若しくはそれ以下の子どもである。黄瀬は時折こうして子どもじみた行動をする。それでも違和感が無いのはその容姿がそうさせるのか、はたまたその性格か。
「実はあんまり無いんスよねー。まあ、流れ星見られたらラッキー、くらいにしか思って無くて」
「へー」
 だって。
 接続詞だけを紡いで途切れた言葉に皆が注目する。黄瀬はふふ、とむず痒そうに笑う。全員が見えるように集団から一歩外れた。
「だって、試合に勝ちたいって言うのはオレ達がもっと頑張れば叶う事じゃないスか。センパイ達ともっと一緒にバスケしていたいって言うのも勝てば叶うし。ケガが治るとか赤点回避とかはオレの自業自得っス。だからわざわざ願う事じゃない。でしょ?」
 黄瀬君、と小さく漏れた黒子の言葉は届いただろうか。丁度側を一台の乗用車が通って行ったので聞き取れなかったかも知れない。
 訪れた沈黙は不思議と気まずい空間を作らなかった。寧ろ彼らの内に秘めた闘士に点火したようだ。
「それもそうだな」
 これは誰の言葉だったか。まるで事前打合せをしたかのように、その言葉はあらゆる声がユニゾンした。
「でも、流れ星見られたからきっと明日はラッキーな一日っスよ!」
「なんだそりゃ」
「けど、緑間君のおはあさよりも信じたくなりますね」
 黄瀬は先程と同じように輪の中に入った。その表情は夜空を照らす星のように明るい。けれどその明るさに秘めた想いを彼らが知るには、何百年と昔の光が今届いているように時間を要する事かもしれない。
 そうしてまた一歩、前へ進んだ。

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