紫黄♀


 ファミレスで禁煙席を頼むと四人掛けの席に案内される。対面している座席はどちらもソファー型だ。しかし紫原と黄瀬はそれが当たり前かのように隣同士で座る。
 今でこそ恋人同士だからと言う理由で片付けられるが、特別な関係になる前からだと言うから驚きである。けれども二人は特に何も感じていないらしい。
「ここのガーリックブレッド安い割に美味しいんスよねー」
「頼む?」
「んーでもニオイが……」
 二人で一つのメニューを覗いている時、一皿二個で百円の、厚めにカットされたフランスパンの側面にガーリックバターが塗られている写真を見つけた。しかし名前にも付いているようにガーリックがたっぷり乗せてある。
「オレは気にしないよー?」
「私が気にするんスよー」
 だって。そこで一旦口を噤む。少し前に突き出された唇はリップかグロスか、艶々としている。
「キスが、にんにく味ってちょっとがっかりじゃないスか?」
 上目遣いに隣を見上げれば、紫原は虚を突かれた顔を見せる。けれども直ぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「黄瀬ちんが何食べてようと、オレは黄瀬ちんの味、見付けられるし。だから別に気にしなーい」
 黄瀬の顔が一気に燃え上がる。熱は首にまで及んでいた。
「や、や、やっぱりやめとくっス!」
「そー?」
「代わりにスイーツ頼むっス!」
「オレも食べるー」
 メインメニューの他にスイーツを頼んだ訳だが、テーブルの上にはケーキやパフェなど、スイーツページに載っている商品全てが所狭しと並ぶことになる。
 店を出て、外を歩くとどちらともなく指を絡めた。黄瀬の右手と紫原の左手が互いの体温を分け合うかのように、ぴったりと合わさっている。
 徐に、紫原が自身のジャケットのポケットにその手を突っ込んだ。一気に近付いた距離に黄瀬の頬は熱に染まる。けれども黄瀬は気付かぬ振りをして、寒さの所為にする事にした。
「ねぇ、黄瀬ちん」
「なんスかー?」
 相変わらずのスローテンポな紫原に対し、黄瀬の声は弾んでいる。
「オレ、黄瀬ちんが好きだよ」
「へ?」
「だーいすき」
「紫原っち。どうしたんスか?」
「ずっと好きだったし、ずっと好きだし」
「むらさ」
 直ぐ隣は車通りの多い国道がある。今二人が歩いている歩道だってそうだ。丁度夕飯時で、休日出勤や休みが不定期または平日である社会人が往来する時間帯である。通りに面した店は若者向けのもあれば年配者向けのもあってここら一帯は常に人通りがあるのだ。
 そんな中で唯一の細くて暗い路地に差し掛かった時、紫原は黄瀬が言葉を紡ぎきる前に其処へ体を潜り込ませた。
 黄瀬の背中を壁につけ完全に包囲するとそのまま唇を奪う。その瞬間、丸で世界には二人だけしか存在しないような錯覚に陥る。回りの音が一切無に帰してしまっていた。
「……あ、っ……」
 ゆっくりと重なり合った唇が離れた時、再び世界の音が甦る。
「――き、ばら、ち……」
 路地の入口からうっすらと届く西日に照らされた紫原の顔を視界に収めると、黄瀬は息を呑んだ。そこにいつものような子どもらしい彼は居なかった。真摯な瞳の奥に優しさを含んだ紫原が一段と大人びて見えたのだ。
 黄瀬が足から崩れ落ちる。
「黄瀬ちん?」
 繋いだ手と咄嗟に腰に回された腕で膝を着くことは無かった。けれども腰が抜けたのか下半身に力が入らない。
 その為、公の場でありながらも黄瀬は大人しく紫原の腕の中に収まっていた。路地の暗さと普段から誰も気にも留めないその存在感の無さが吉と出ることを祈るしかない。
「黄瀬ちんどうしたの? 疲れた? 大丈夫?」
「ん、平気っス……」
 とは言え暫くは自力で立つことは難しいだろう。
「何か、腰、抜けちゃって」
「オレが怖がらせちゃった?」
 情け無く笑いながら言う黄瀬に、紫原は不安な表情を浮かべる。先程黄瀬が見た顔からは似ても似つかない。
 黄瀬は静かに首を振って否定する。それに紫原も安心したのか、安堵の息が漏れた。
「紫原っちが」
「やっぱりオレ、何かした?」
「ちがくて。紫原っちが、格好良過ぎて……腰が抜けたんス」
 文字通り「骨抜き」にされたのではないか、そう思わずにはいられないくらい、黄瀬は自分ではどうしようもなかった。
「暫く、こうしてても良いっスか?」
「……うん」
 頭を押し付けるように抱き締められているので表情は見えない。けれども触れ合った体から伝わる音が雄弁に語る。
 紫原の鼓動は丸で今し方バスケの試合をして来たかのようだ。
 細くて暗い路地で寄り添う二人を、細い線となって降り注ぐ茜色はとても穏やかだった。



【ほのぼの】
短編の時みたいなほのぼのを思い描いて、屋上で紫原の足の間に黄瀬が座ってそれを後ろから紫原が抱き締めててって言うスクールライフの昼休み部分を抽出した感じのを脳内で作成していました。それなのにどうしてこうなった…!?
冒頭からスクールライフどころかデートですね。全然違いますね。本当にどうしてこうなった。
補足と言うか裏設定?では、デートの食事代は黄瀬が払ってます。別に紫原が紐と言う訳ではないです。付き合い初めの頃にした約束があるのです。
学生の間は黄瀬に頼りっ放しになるけれど、社会人になったら今度は紫原がデート代全てを持つ、と言うもの。大人になればそれなりに行く場所もランクが上がり質も値段も学生デートの比ではないので割に合わないと言う黄瀬の主張は「結婚したら全部一緒になるんだから、損も得も無いでしょ?」と言われてしまったので黄瀬は頷くしかありませんでしたと言うどうでもいい設定がありました。

>こんにちは、初めまして。
この度は大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
妖精天使に賛同していただけて大変光栄です!可愛いですよね、この二人。もっと増えても良いと思います。だってこんなに可愛いんですものっ!
日参してくださっているのですか!?ああああありがとうございます!
これからもあき様の応援を糧に頑張ります。
リクエスト並びにお祝いのお言葉ありがとうございました。


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