帝→源


 帝国サッカー部の練習は言わば戦場だ。戦国時代ならば法螺貝なんかが合図だろうが、此処ではフィールドに姿を現した瞬間から始まる。但し、誰でも良いわけではない。合図となるべく人物はたった一人だけだ。
「すまない。少し遅れたな」
「源田先輩っ! お疲れ様ですっ」
「先輩、珍しいですね」
 真っ先に嗅ぎ付けたのはルーキー組の成神と洞面である。
 源田が皆の輪の中へ行くのも二人で両側を挟んでついて行く。これから始まるのは準備運動とストレッチだ。
 周りがパートナーになろうと目の奥をギラつかせる中、唯一源田だけはそれに気付いていなかった。何を隠そう彼は色恋沙汰に関してはとてつもなく鈍いのだ。
 いざ佐久間が口を開けたがすかさず脇腹に不動の蹴りが入る。「スパイクは痛いぞ」と以前源田が注意していたが今は源田の完全に死角を突いたので問題は無い。勿論、不動にとっては、だ。
「……やってくれるじゃないかこのモヒカン野郎」
「何のことだかさっぱり分からねぇなぁペンギン野郎」
 もう一度記しておこう。戦場となる合図は、源田がフィールド内に足を踏み入れた瞬間から鳴っているのだ。
 互いに睨み合い火花を散らす佐久間と不動に見向きもせず、源田が向かったのは寺門の所だった。思わぬ方向に全員の視線が集まる。
「どうした源田?」
「いや、先に荷物を運んでくれたお礼をと思ってな」
「別に大したことじゃないさ。急に担任から仕事を任されたお前にせめてもの労いだ」
「ははっ、そうか。ありがとう」
「どう致しまして。それより、良かったら準備運動のペア組まないか?」
「ああ、良いぞ!」
 源田の了承の言葉が稲妻となり、寺門以外の部員に襲い掛かる。その際、寺門の勝ち誇ったドヤ顔が見えた。つまり、これは先を見越して先手を打った寺門の作戦勝ちである。
 何故準備運動のペアに拘るのかと言えば、答えは至ってシンプルだ。ごく自然に源田の体に触れるからである。
 下心があろうが無かろうが関係無い。互いに合意の上で触れ合うのだから多少大胆になっても「おふざけ」や「手が滑った」で済まされる。最も合法的なボディータッチだ。
 蛇足だが、鬼道、不動、佐久間の頭脳派三賢人は未だ嘗て源田と組んだことが無いと言う。
「パス練!」
 ダッシュまで終えれば一通りのアップは済む。そこから漸くボールが触れるのだ。
 鬼道の指示に部員が動き出す。この時、一年は不利である。ボールを用意するのはレギュラーだろうと関係無く下の者の役目だ。この時ばかりは成神も洞面も日本の縦社会を恨んでいた。
「源ィダッ……!」
「おい源田、組もうぜ」
「辺見。ああ、頼む」
 今度は直ぐ側に居た不動が声を掛けようと口を開いた。同時に肩に手を乗せようとしたのだが、それは失敗に終わっている。
 痛みに眉を顰めれば少し離れた所で佐久間がニヤリと神経を逆撫でするような笑みを浮かべていた。
 不動が左手の甲をさする。その手の下にはペンギンの嘴でつつかれた後が五つあった。私事で使うのもスポーツマンとして如何なものだろうか。物議を交わしたくなるが矢張りそれ所ではない。
 何故ならば、此処は一瞬の油断も許されない戦場なのだから。
「源」
「源田センパーイっ! ちょっと良いですかぁ?」
 しかし、それからの練習ですら彼らは源田との接触を悉く潰されている。
「げ」
「源田! シュート練付き合ってくれよ」
 何かと理由を付けて鬼道ならば主将として呼ぶことは出来る。しかし近々練習試合が有るわけではないし、つい最近練習方法について話し合ったばかりだ。
 それに戦法ならば不動や佐久間の方がポジション的にも良い。
 源田に関して言えば、天才ゲームメイカーと謳われる鬼道ですら難しいのである。
 そうして意識を逸らしていたからだろう。
「鬼道っ!」
「鬼道さんっ!」
 名前を呼ばれて我に返った時には既に手遅れだった。蟀谷こめかみにぶつかったボールは運悪く、帝国が誇る参謀に蹴られた物だ。ロングパスだったので通常よりも強めに蹴ったに違いない。
 その場に鬼道が倒れると、今し方行っていた、弱点を見付ける為のミニゲームは不動の指示の下、中断された。
「鬼道さん!」
「動かすな! 軽い脳震盪だろ」
「鬼道がミスをするなんて、珍しいな」
 鬼道をベンチの上に移動させて応急処置をする。後はそっとしておけば大丈夫だろう。
「あ」
 救急箱の蓋を閉じた源田は、目の前に立つ不動と佐久間を見て声を挙げた。
「お前達、また喧嘩しただろう」
「は?」
「あ?」
 ガラ悪く短い返事をしても、源田が怯む様子は無い。寧ろ「全くもう」とどこか膨れっ面だ。
「これはペンギンだろう? 佐久間。幾らなんでも人にペンギンを仕向けてはダメだぞ」
「……はい」
 佐久間に説教を垂れながら不動の手を手当てする。肩に触れる事が叶わなかったその手は、今や、手当てとは言え、握られている。それは結果的に見れば良い方向に転んだとも言える。
 傷口が染みたが源田と手が触れ合っていると思えばどうという事はない。
 不動が終われば次に源田は佐久間の方を向いた。そして突然前触れも無くシャツを捲る。
「ギャッ!」
「ほらやっぱり!」
 変な悲鳴と確信めいた言葉が挙がるのは同時だった。
 褐色の肌に残る赤い痕は紛れもない練習前に不動がスパイクで蹴りを入れた物だ。
「不動も。あれほどスパイクで人を蹴るなと言っただろう? 下手すれば流血する恐れもあるんだからなっ」
「俺がそんなヘマするかよ」
「不動っ」
「……分かったよ」
 ぶっきらぼうな言い方だが、その返事を聞いて漸く源田も笑った。
「イテテテテテッ」
「これくらい我慢しろ」
「いや痛い」
「不動は我慢出来たんだぞ?」
「源田が俺にキスしてくれたら痛みもなぐっ……!」
 中途半端に言葉が切れたのは隣に立つ不動のせいではなかった。彼は事の顛末を静かに見届けていただけだ。後輩が蹴ったボールの行く先を。見事に参謀の後頭部を直撃した、曲線を描かず一直線に飛んできたボールを。
「あれぇ? 当たっちゃいましたぁ? 佐久間先輩すみませぇん」
「っの……眉神ぃぃいっ! 待てコラァッ」
「成神ですっ!」
 怒りを露わにした佐久間は逃げ回る後輩を鬼の形相で追い掛けた。
 ボールを当てられたくらいでそこまで怒らなくても。と源田は言ったが、不動には分かる。如何せん彼もまた同じく、練習中は何故か源田と触れる機会が今まで訪れなかったのだから。それを邪魔されれば怒りたくもなる。只でさえフラストレーションが溜まっていたのだから当然と言えよう。
「不動は練習を再開させてくれ。俺は暫く鬼道に付いてる」
「ああ」
 不動がフィールドに戻るとミニゲームが再開された。抜けた鬼道と源田の代わりには代役を投入している。
 こうして攻防戦が行われる最中、鬼道が意識を取り戻した。
「んっ……」
「目が覚めたか? 鬼道」
「げ……ん、だ?」
「気分はどうだ?」
 処置の際に外されたゴーグルはベンチの下に置いている救急箱の上だ。ゴーグル越しではないからか、鬼道の目にはより鮮明な源田の顔が映っていた。
「大丈夫か?」
「源田……」
 段々脳の回転も良くなってきた。考え事をしていたばかりに佐久間の蹴ったボールに反応出来ず、見事にヒットしたのだ。それを思い出すと思わず溜息が出る。自らの未熟さと情けなさに自己嫌悪しそうだ。
 何とか気持ちを持ち直そうと数回瞬きをして状況把握をしていた所でふと思考が止まる。
 源田が真上から覗き込んでいる。頭の下には少々固めの枕がある。しかし枕があるのはおかしい。此処はまだスタジアムの中だ。天井を見れば分かる。わざわざ枕を持ってくるならば保健室に連れて行った方が早い。
 それらから導き出される答えは最早一つである。
「源、田……の……」
「ん? どうした?」
(膝枕……だとっ!)
「うわあああっ! 鬼道っ? 鬼道ーっ!」
 源田の焦った声が挙がったのは、鬼道の鼻から赤い液体が噴水のように湧き出た直後だった。



【ギャグ/いつもの練習風景で!】
ギャグって笑いを入れなきゃ!と思って力んで結局笑えない物が出来上がってしまうのが私です。すみません。
単なるドタバタな感じにしかなってませんね。
ギャグって難しいです!笑いのツボが分かりません!
お笑い番組好きなくせにねー。でもお笑い好き=ギャグ書けると言うわけでもないですよね。センスの問題です。そして一目瞭然ですね。私のギャグセンス皆無。
しかし書いてて楽しかったです。矢張り私は帝国好きだなぁと。後、NJ。

>こんにちは。わざわざコメントを付けてくださりありがとうございます。
大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
ああああ大好きと言っていただけて大変嬉しいです。最近イナイレ更新の頻度がガクッと下がってますが、まだまだ源田受け大好きなので!これからも頑張ります。
リクエスト並びにお祝いのお言葉、ありがとうございました。


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