相棒黄


 年末年始ダイヤのお陰で夜の上り線の本数が増えている。それにあやかって黄瀬も神奈川駅から東京に向かう電車に乗っていた。
 手荷物は普段出掛ける時と同じである。神奈川で一人暮らしをしている為「帰省」になる。しかし、大抵部活が休みになる前日の夜からは実家に居る事が多い。だからだろう。黄瀬の中ではどうにも「帰省」と言う感覚は芽生えなかった。
 駅を降りて地下へと潜れば、構内地図を見たまま右に左にとゆっくり首を傾げる長身を見つけた。どこかで見たことがある気がして、黄瀬は近付いた。
「あの……」
「え? ……あら? アナタ確か……」
「あ。赤司っちのとこの六番サン」
「実渕玲央よ。黄瀬涼太クン」
 振り向いた彼とは目の高さに然程差がない。
「実渕サンは何でここに?」
「ちょっと聞いてくれるっ? 実はね――」

 目的地の駅を降りた黄瀬と実渕は周りの視線を集めながらも気にする様子はなく、その場を後にした。地上に出た所も駅と変わらず人が多い。
「あっれー? 黄瀬君? ……と、実渕サンン?」
「あれ。高尾クン……と、火神っち……と、氷室サン? え、何スかその組合せ」
「高尾とは偶然会ったんだよ。っつかお前の方がレアな組合せだろ」
「あら。私達も偶然会ったのよ? ねー涼ちゃん」
「ねー、玲央ちゃん」
 二人揃って顔を見合わせながら鏡のように首を傾ける。彼らの息ぴったりな行動や呼称がやけに馴れ馴れしいと感じたのか、高尾と火神の表情は益々訝しい物になった。
 しかしコミュニケーション能力の高い高尾は火神から一歩離れて二人に近付く。
「えーっいーなー! オレも涼ちゃんって呼んでい?」
「あ、じゃあ高尾クンは和君っスね!」
「あら良いじゃなーい」
「火神っちは大我だからー」
「オレはいいから!」
 全力で拒否をする火神に一同は、事前に打合せでもしたのだろうか、揃って唇を尖らせた。「えー」だの「ノリ悪ーい」だの好き放題にブーイングされている。しかし火神からしてみれば「火神っち」以外にもまた変な呼び名を付けられるのだけは勘弁して欲しかった。
「二人はどこ行くの?」
「今から神社に行こうとしてたんス」
「そうだわ! アナタ達も暇なら行きましょうよ!」
 高尾の問いに黄瀬は神社がある方向を指差す。しかしまだ距離があるためその方向を見ても鳥居も何も見えない。
 そんな時、実渕が両手を乾いた音を立てながら鳴らす。その目は暗くても地下への入口に設置された照明によって輝いていることが良く分かった。
 斯くして五人は揃いも揃って神社の長い石階段を登っていた。けれども途中、背後から独特の訛りで声を掛けられたのだ。
「これはこれは珍しい組合せやなー。年の瀬にこない珍しいモンを拝めるとは思わへんかったわ」
 足を止めた五人が一斉に振り返る。そこには黄瀬と火神が脳裏に思い描いていた人物と一致する笑みを貼り付けた本人――今吉が登って来ていた。
「ほんま、何繋がりなん?」
 彼の疑問は尤もである。恐らく此処にいる各学校のチームメイトからも同じ事を訊かれるだろう。
 自ずと六人目を加えた一行は再び上を目指す。
「オレはタツヤと一緒に買い出しに出てたんだよ。そしたら丁度高尾と会って」
「オレはロードワークついでにコンビニで、どん臭衛のそばを買おうと思ってて」
「だからオレが彼に一緒にタイガの家でそばを食べないか誘ったんです。買い出しの中にそばもあったので」
 成る程なー、と言葉を返す今吉に被せて「へー」と反応を見せたのは黄瀬と実渕だ。彼らも経緯について詳しくは聞いていなかったので漸く納得がいったようだった。
「ほんなら黄瀬君らはなんなん?」
「オレは実家帰る所だったんス。そしたら乗り換える駅で偶然玲央ちゃんに会ったんスよ」
「折角だから洛山のみんなで初詣に行こうとしてたのよ。でも征ちゃんは生活リズムを崩したくないとか言って寝ちゃうし、小太郎はテレビを見るって聞かないし、永吉は論外よ! 年越し牛丼食べるからとか考えられる? 有り得ないわよね!」
 年越し牛丼と言う聞き慣れないワードに一同怪訝な表情をする。「それが正常よ」と溜め息混じりに言う実渕はげんなりしていた。
「で、ちょっと路線で迷ってた時に涼ちゃんが声を掛けてくれたの! ほんと助かったわぁ。京都に来た時は知らせてねっ?」
 それなりに有名人である黄瀬が他人に声を掛けることは先ず無いに等しい。しかしそうしたのは知り合いだと確信したからだ。
 そうした黄瀬の行動で一気に懐いたのか実渕は人目も憚らずに黄瀬とハグを交わし頬擦りした。
「今吉サンはどうしたんスか?」
 実渕にされるがままになりながら黄瀬が尋ねる。すると他の四人の視線も彼の方を向いた。神社と今吉と言う組合せはミスマッチであるのに何故かしっくりくる。前者はどうみても神頼みなどしなさそうであるからだ。そして後者はどことなく狐を彷彿とさせるからだろう。
「ワシ? まぁ言うたら息抜きやな。序でに神頼みや」
「アンタも神頼みなんかすんだな」
「せやから序でやで? まあ気分転換みたいなもんやな」
「息抜きって、今吉サン今何かやってるんスか?」
 首を傾げる黄瀬に今吉は吹き出した。
「黄瀬君もオモロい事言うなぁ。ワシも笠松と同じ受験生やで?」
「あ……」
 その一言で黄瀬の柳眉が情け無い程下がった。
「やだっ、ちょっと涼ちゃんっ、泣かないで? ねっ?」
「な、泣いてないっスよ!」
「オレは涼ちゃんの気持ち分かるぜー?」
「だからっ」
 焦る実渕と優しく背中を叩く高尾に抗議している間に一行は最後の一段を登り終えていた。
 普段ならば閑散としている神社もこの時期は特に人が集まるようだ。彼方此方から人の話し声が冷たい空気に乗って響いている。こんな人混みでも高身長のお陰で特に息苦しい思いはせずに済みそうだ。
「お前、キセキの奴らと初詣とか行かねーの? 高尾も緑間と一緒に行きそうなのに」
 お賽銭の列に何となく並びながら火神が尋ねる。
「ぶはっ! 流石に年末年始まで一緒に居ねーよ! っつか部活も無いのに一緒には居ねーって。黒子ともそうだろ?」
「あー……だな。黄瀬は?」
「んー……」
 話を振られたもののどう返答して良いのか分からず、困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「オレは毎年誘うんスけど毎年フラれちゃうんで、今回はもういっかなーって……」
 寂しげな瞳が言葉と共に吐き出された白い息が消えるのを見詰める。
「……まぁ、そうだろうな。黒子は人混み嫌いそうだし」
「うん。真ちゃんも……まぁツンデレっつーのも多少はあるかもだけど、断るタイプだよね」
「アカンわ。桃井ならまだしも青峰は、アレはアカン」
「征ちゃんは言わずもがなね。現に私もフラれてるし」
「アツシは、お菓子で誘えば来てくれるだろうけど……。既に寝ていたら望み薄だね」
 各々自分のチームメイトの顔を浮かべるがどれも渋い顔をせざるを得ない。今吉が言うように、付き合ってくれそうなのは桃井である。しかし桃井と二人きりではあらぬ噂が立てられてしまう可能性が出て来るのだ。桃井の恋のベクトルを知っている黄瀬としてはそれだけは避けたい。また、桃井も黄瀬の芸能活動に泥を塗ってしまうような行動は避けたい筈だ。
「じゃあ、今年からリョウタはオレ達と行こうか」
「……え?」
 小幅で一歩ずつ前に進むも本人達は進んだ気がしないだろう。それでも良いと思えたのは、別段この空気が嫌いではないからだ。
 そもそも普通では考えられ無いメンバーが揃っているにも拘わらず、居心地の良さを見出している。そんな不思議な空間にもう少し長く浸かっていたいとすら考えていた。
「ウチは来年もW・Cに出るし。そしたらリョウタとまた会えるよね?」
「あら、それならウチもそうよね」
「いやいや辰ちゃんも玲央ちゃんも自信有り過ぎっ」
「カズナリ、何か言ったかい?」
「和ちゃぁーん?」
 二年生であるはずなのに二人が浮かべる笑顔には恐怖を感じた。背中に悪寒が走った高尾は面白いくらいに肩を跳ねさせる。若干涙目である。
「美人サン怒らすと怖ぇーね」
「タツヤはああ見えて喧嘩慣れしてっからなー」
「玲央ちゃんみたいなタイプが実は一番怒らせちゃいけないんスよ」
「ルーキーはええ勉強になったやんか」
 ケラケラ笑う今吉に恨めしそうな視線を向けるも意に介した様子も無く、飄々としている。三年の余裕か、それとも腹の中で何かを考えているのかは分からない。
「あーでもまたこうして賑わいながらってのも悪く無いかもーなんて! な、涼ちゃんっ」
「でも、今吉サン卒業しちゃうんスよね?」
 心配の色を映した瞳で今吉を見る。その視線に気付いた今吉は変わらず目を細めて笑っていた。
「何や寂しがってくれるん? ほんまウチのエースと違うてええ子やなぁ自分。寧ろ大学生の方が自由で動きやすいねんで?」
 犬と戯れるような手付きで黄瀬の頭を撫でる。「おお、めっちゃ気持ちええやん」と感嘆の声を漏らす今吉に反応して、他の四人も次々に手を伸ばし黄瀬の頭を撫でて行く。終わった頃には合流した当初の面影は無くなっていたが、それでも黄瀬は楽しげに笑っていた。
「じゃあ今年は今吉サンが大学に合格するようお願いするっス!」
「気持ちは嬉しいんやけどな、ワシ、めっちゃ頭良いねん。せやからアレや。お宅の言葉を借りるなら、ワシの大学は落ちん! っちゅーやっちゃ」
「ぶはッ!」
「高尾っ! 大丈夫か!」
 ドヤ顔を決めた今吉に笑いのツボを刺激された高尾は吹き出した後、腹筋を震わせていた。笑いの度を超えて声が出て来ないらしい。
「じゃあオレは、海常のセンパイの為にお願いするっス」
「そうしてやりぃ」
 少しずつだが着実に進んでいる列は、気付けばもう直ぐ順番が回ってきそうな所まで来ていた。
「オレんとこはまだ先輩も受験生じゃねーしなぁ」
「オレも。大坪サンとか木村サンとか努力家だし宮地サンは成績良いらしいし心配ねーもん。寧ろんなことしたら宮地サンに轢かれそー」
「オレの所も、多分心配は要らないと思うな。本当に危なかったら監督が竹刀で殴るなりするだろうから」
「私の所も特に心配は無いわね。っていうかアナタ達の学校どんだけバイオレンスなのよ」
「ほなワシらはお願い事一つしか無いやんな」
 今吉の一言に一同首を傾げる。しかし彼が視線を遣れば、言わんとしていることが伝わったようだ。
 夜の帳に覆われた空の下で月のように眩しい輝きを放つ黄瀬が、其処に居た。皆の視線を感じたのか黄瀬がぎょっとした顔で振り向く。
「な、何スか?」
「いや。ただ相変わらず嫌味なくらい整った顔だなって」
「涼ちゃんマジでイケメンだなーって見てただけっ」
「リョウタは同じ男とは思えないくらいキレイだね」
「キューティクルとか肌のハリとかどうやって保ってるのかしら」
「美人は何処行ってもモテモテやなぁ」
「な、な、何なんスか! 何企んでんスかぁっ!」
 次から次へと飛び交う賞賛の言葉に黄瀬の頬が紅潮する。黄瀬が願い事を一つに絞り込んでいる間に五人は一致団結したようだ。それなのに仲間外れにされたような疎外感は無く、代わりに浮かんだのは――。
「みんなしてズルいっスよ! オレだけ仲間外れっスか、もうっ!」
「悪い悪い。この後、オレん家来ねー? 年越しそば作ってやるよ」
「え、いいんスか?」
 思わぬ火神の誘いに黄瀬の目が輝いた。
「全員入るから構わねーよ」
「あら、私達もお呼ばれしちゃっていいの?」
「てか、火神が作るんか?」
「タイガの料理は美味しいですよ」
 今後の新たな予定について盛り上がっている時、とうとう彼らは賽銭箱の前に辿り着いた。
 八重桜や平等院鳳凰堂が刻印された硬貨が四方八方から投げられる。ガラガラと濁った音を立てて鈴が鳴る。二礼二拍手一礼が作法であるが、後ろに続く参拝者の列などを見てもそれをする余裕も無い。
 並んでいる時はゆっくり感じたが、いざ自分の番が回って来たら急かされるのだから情緒も何もない。
「じゃあスーパー行くか」
「ぶはっ! 長身の男がぞろぞろとスーパーとかっ!」
「お、高尾君が荷物全部持ってくれるん? 流石ハイスペックは違うわぁ」
「えっ? えっ!」
「流石カズナリ。日本の縦社会を一番理解してるみたいだね」
「えぇっ? ちょっ」
「おそばの上にはみんな何を乗せるのかしら?」
「待って待って、ええぇっ!」
「オレも半分持つっスよ。火神っちは場所と料理提供してくれる事だしね」
「涼ちゃんっ!」
 上りの電車に乗っていた時からは想像もつかない。そんな賑やかさの中で、黄瀬は笑みを零す。
 火神の家に着いて連続の驚きが待ち構えているなど、この時、火神と氷室を除いて誰一人として思わなかった。



【高→黄は高尾が黄瀬くんを溺愛する切甘。花黄はツンデレ花宮と鈍感黄瀬くんでギャグ。相棒組×黄はひたすら可愛がられる話。】
高黄も花黄もたぎりましたが相棒組を選ばせていただきました。
しかしひたすら可愛がられているシーンが迷子のようです。そして無駄に長い。
まずみんな、一人暮らしに驚き、玄関開けて早々に出て来た金髪美女に驚き、火神が流暢な英語を話すことに驚き、部屋の広さに驚き、火神の料理の美味さに驚きます。

>こんにちは。わざわざコメントを記載してくださりありがとうございます。
いつも閲覧していただきありがとうございます。楽しんでいただけているようで何よりです。
初めてのリクエストが私の所で良かったのでしょうか…!?
花黄もいつか書きたいと思っていたので最後まで迷いましたが相棒組は考えておりませんでしたのでこれを機に書かせていただきました。
リクエストありがとうございました。


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