夕霧様


 矢張りキセキの世代が全員揃うと体中の筋肉や細胞が萎縮したような錯覚に陥る。例え隣に黄瀬が居ても、だ。
 眼前には黄瀬を除いたキセキの世代と呼ばれる人物――どいつもこいつも無表情で嫌になる――が五人、俺の隣にはにこにこと空気も何も読めてない馬鹿面の後輩が一人居る。何故この様な場に俺が居るのかと言えば、話は大凡一時間前に遡る――
「はあっ!?」
 思わず荒げた声は間抜けにもひっくり返っていた。それについて反応する様子もなく、黄瀬は自分に向けていた携帯の画面を俺に向ける。
 そこには白い背景に丸ゴシックの黒文字で《今日午後一時に集合》とだけ表示されていた。送信者は、こいつが帝光に居た頃の主将だ。
「ね?」
「ね……って。場所は?」
「指定が無いって事はいつもの場所っス」
「いつもの?」
「帝光の近くー……って言う程近い訳じゃないんスけど、まあ近くにバスケのコートがあるんスよ」
「へぇ」
「だから午後練抜けさせて欲しいんスけど……」
「……」
「笠松センパイ」
「分かった。但し――」
 《俺も行く》って何で言っちゃったかなー。
 なんて彼らを前に思ってしまったがしかしキセキと言えども全員年下だ。恐れる事なんか何もない。
 心の内で自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。相手は年下だ、と。
「涼太、彼は?」
「笠松センパイっス!」
「僕は呼んでないよ。今すぐ神奈川に帰ってもらえるかな」
「お前が呼んでなくとも俺には用があるんだよ」
 口から出た声は普段と同じで内心ホッとした。声が震えてたら話になんねぇ。
 そう。俺にはこいつらに用がある。だから黄瀬についてきたのだ。
「へぇ。良いだろう。聞こうか」
 このクソガキ。
 入部当初の黄瀬も大概だったが赤司はそれ以上だ。礼儀も糞もあったもんじゃない。洛山の先輩は何をしているんだと思わずには居られなかった。
 しかし今は横柄な態度について言う時間も義理も無い。さっさと済ませてさっさと練習に戻りたいからだ。
「え、センパイ、赤司っちに用があったんスか?」
 初耳だと言わんばかりに目を見開いて俺を見る。元々大きいのにまだそれ以上があるのかと此方も驚きだ。
「赤司っつーか、アイツだけじゃなくて黒子にも青峰にも緑間にも紫原にもある」
「えっ、そうなんスか?」
「お前に関する事でな」
「へっ!?」
 黄瀬について、と言えばピクリと目の前のキセキ共が反応する。分かり易い。
 分かり易いからこそ奴らの黄瀬に対しての感情が見て取れた。だからこそ、俺は彼らに言わなければならない。
「お前らがどれだけ黄瀬の事を大事にしているかはそこの東京組の奴らの態度でも良く分かる。コイツがお前らのお姫様扱いだって事も分かる。」
 だがな。
 そう言って俺は一呼吸する。キセキの五人も警戒するような瞳で此方を見ている。上等だ。
「黄瀬はもう俺の黄瀬だ」
「はっ!? ちょっ、えっ! センパイっ?」
 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる黄瀬とは違い、他のキセキは驚き固まっている。無表情を徹していても内心ざわざわと落ち着かないのだろう。揺れる瞳がそれを語っていた。
 目は口ほどにものを言うとは将にこの事を言うのだろう。
「俺はこれから先も黄瀬を手放すつもりはない」
「セ、センパイっ」
「序でに黄瀬に関して言えば、お前らに憧憬や友愛の情はあっても恋慕の情は俺にしか向いていない」
「センパイっ、もうやめ」
「まあ平たく言えば、俺と黄瀬はお付き合いしてますってこと」
「……もう、なんなんスかぁ……」
 赤面に次いで瞳が潤みだす。俺の制服の袖口をきゅっと握っているのは黄瀬が恥ずかしがっている証拠だ。
 この数ヶ月、黄瀬と恋仲になってから知った俺だけに見せる癖。無意識下の行動だから本人は気付いてもいないだろう。
 教えるつもりもないが。
「俺が言いたいのはそれだけだ。六時に部活終わるからそれまでに帰って来いよ」
 シバく時よりも数倍優しく肩パンを食らわす。たったそれだけなのに、恥ずかしさで泣きそうだった黄瀬はその表情に嬉しさの色が新たに加わった。
 痛いのは――誰だってそうだが――嫌なくせに、こいつは俺からの肩パンや蹴りを食らうのが多分好きだ。本人の口から聞いた訳ではないが、何だかんだで痛がりながらも最終的には笑っているからそうなんだろう。
 くしゃりと黄瀬の頭を一撫でしてから俺は六人のキセキの世代に背を向けた。
 さて、しょうがないから駅で待っててやるかと弧を描く口元はそのままに俺は携帯を取り出す。送信先は先程分かれたばかりの黄色いあいつ。
――あんまり待たせるなよ



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