青黄


 毎日毎晩のように来る黄瀬からの連絡が途絶えて半月。偶にはと思って珍しく自分から送信しても音沙汰は無い。だから青峰も半ば自棄になり、それ以降一切連絡はしなかった。例え無意識に新着メールを問い合わせたり電話帳で「黄瀬」を開いたりしていても、だ。
 それが更に半月続くとフラストレーションが溜まると言うものである。特に気が長くない青峰にしてみれば良く一ヶ月も我慢出来たものだと、寧ろ賞賛に値するだろう。けれども誰一人として褒め称えてくれる人は居ない。
 そんな日の土曜日の夜だった。
 父親は出張で日曜の夜まで不在、母親は入院中の祖父の付き添いで不在である。そんな日の夜に、来訪者を告げるインターホンが鳴った。青峰が丁度風呂上がりの時だった。
「どちらさん?」
「……どもっス」
「……は?」
 ドアを開けると力無く笑う待ち人が立っていた。今まで何の連絡も寄越さなかった恋人だ。
「何」
 突然現れた黄瀬に青峰は眉間の皺を深くする。そのお陰で一層目つきが鋭くなった。
 口から出た短い言葉は思いの外低く、不機嫌さが露わになる。それに益々黄瀬の表情は情けなく笑った。
「えっと……上がっちゃ、ダメ? ……スか?」
 遠慮がちな問いに青峰が大袈裟なくらい大きな溜息を吐く。「入れよ」とぶっきらぼうに言えば、矢張り遠慮がちな「お邪魔します」が聞こえた。
「青峰っち、一人?」
「まあな」
「そっか――」
 久しぶりだからか青峰の機嫌が悪いからか、恐らく後者だろうが、黄瀬の態度はぎこちない。
 やや俯き加減で話している為、表情が曇って見える。
「あのっ」
「黄瀬」
 黄瀬が何かを紡ごうとした口は青峰が言葉を被せた事で閉ざされた。恐らく、青峰には分かったのだろう。黄瀬の口からは心底どうでも良い話が出て来ると。
「先に風呂入って来いよ。着替え貸してやっから」
「あ、うん。あの、ありが」
「さっさと行け」
「……うん」
 黄瀬が立ち上がりながら言おうとした言葉は矢張り遮られた。しかも今度は蹴り付だ。蹴られて部屋を追い出され、振り向く前にドアを閉められた。
 よろける体を何とか重心に力を入れて立て直す。そして手摺に触れながら階段を下りた。
 一方の青峰は蹴った足に感じた違和感に首を傾げていた。確かに高校生になってから会う時間は減っている。中学の時のような蹴って蹴られてのスキンシップは無くなって来た。しかしそれにしたって……。
「軽い、か?」
 一ヶ月も触れていないので確証は持てない。しかしそれでも違和感は拭えなかった。
「青峰っち、お風呂ありがとっス」
「おー」
 濡れた髪にフェイスタオルを乗せ、青峰の服を着た状態で再びドアが開いた。ドアノブの音に一瞬肩が跳ねたが、ドアはその時まだ開いていなかったので黄瀬が目敏く目撃する事はない。
 まさか今までずっと違和感について考えていただなんて、自分自身驚きだ。
「なぁ」
「なんスか?」
 タオルドライしながら此方を見る黄瀬は必然的に少し顔を上げる事になる。青峰はベッドに、黄瀬は床に対面するように座っているのだ。
「この一ヶ月、お前、何してた」
 射るような視線に絡め取られ黄瀬の手が動きを止めた。
「あー、メール返せなくてスマセン。気付くのが遅れちゃって……」
「オレが訊いてんのはメールじゃねぇだろ」
「え……っと」
「一ヶ月、何してたんだよ」
 収まって来ていたように窺えた不機嫌がまた姿を見せる。真正面から主張されてしまっては無視も出来なかった。
 うー、や、あー、など意味の無い単語を発しながら黄瀬の視線が彷徨う。
「ちょっと……」
「オレの目を誤魔化せるとでも思ってんのかよ」
 伸ばされた褐色の腕が黄瀬をベッドの上に引き上げる。同時に倒れ込んだ二人は、黄瀬が青峰の上に乗る形で落ち着いた。黄瀬の心臓は何一つ落ち着いてなどいないが。
「あ、青峰っち?」
「外が寒ぃからかと思ってたけど。風呂入ってもその面じゃあ、何かあったって事だろ」
 お前、顔色悪いぜ。
 しっかりと回された腕により黄瀬がその場から退く事は困難だった。その上真っ直ぐな瞳で、瞳の奥を覗き込まれてしまってはこれ以上取り繕う事も出来ない。
 観念したかのように下がった柳眉が顕著にそれを伝えた。
「まあ、ちょっと……ね。事務所内で人事異動があったらしくて最近マネージャーが変わったんス。ただ、その人が早速スケジュール調整のミスしちゃって。変わったばっかで慣れてないだろうし緊張とかもあるかもだし何より新人だし、オレが何とかしてあげなきゃって思って……」
 着任早々にやらかしてしまったミスで責任を感じる事はまだ良いが、感じすぎてしまうと厄介だ。その先は失敗の経験や反省を次に活かす事が出来ず、負の連鎖が待っている。だからそれなりに長い黄瀬がフォローする事でどうにかその場は収まったらしい。
 けれどもお陰で殺人的スケジュールとなってしまった。週末は部活の方で練習試合も組まれていたのだ。その為、何が何でも、特にその週は部活を休みたくなかった。結果として息つく暇もない日が黄瀬を襲った。
「何でオレの所来たんだよ。家帰って寝ろよ」
「だって……」
 全てを話したからか一層疲労の色が濃くなった気がする。小さい子どもが甘えるように胸板にぐりぐりと顔を押し付けた。
 とろんと甘さを含んだ声になり始めたのは、安堵感が生まれて来たのだろう。
「もう、限界だったんス。一ヶ月、連絡出来なくて、会えないし声も聞けないし。もう死んじゃうかと思った……」
「オレを置いて勝手に死んだらぶっ殺すかんな」
「ん。だから死ぬ前に会いたかったんスよ。青峰っちに」
 ぎゅっと強く抱き締めてやれば段々黄瀬の言葉が舌っ足らずな物へと変わる。全身の力を抜いて身を委ねているのが重さとして直に伝わった。
「あ、ぉ……」
「無理してんじゃねーぞ、バァカ」
 枕元のリモコンで部屋の明かりを落とす。暗闇に包まれた室内には規則正しい寝息が静かに聞こえた。
 タオルドライしかしていないのが心配だが、布団を被せてしっかり抱いてやればまあ平気だろう。そんな考えに至るのは一刻も早く黄瀬に休んで欲しいと望んだからだ。
「今夜だけだ」
 明日目を覚ましたら一ヶ月分の我慢をぶつけてやろう。
 口元に弧を描きながら青峰も瞼を下ろす。腕の中で眠る彼もまた、幸せそうな笑みを浮かべていた。



【なかなかかまってくれなくて拗ね気味の青峰と忙しくて疲れがたまってる黄瀬。そしてそんな状態の黄瀬が青峰の家に行く。最後は甘々で。】
もっとにゃんにゃんさせたかった…。
気付いたら黄瀬君が寝落ちとか!上げ膳据え膳な青峰さんは翌朝から戦闘モードに入る気がします。
この黄瀬は青峰の腕の中が一番深い眠りにつけるのだと思います。移動中とか休憩中とかも仮眠取ったりしていたけれど、それでも、青峰の腕の中で15分だけ眠っていた方が体も頭もスッキリしそうです。
青峰が安定の安眠枕。
リクエストありがとうございました。


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