森黄


 まただ。
 今日、これで六回目。オレの溜め息が心の中で出るのも六回目。
 オレの目の前には人気急上昇中のモデル様が居る。昼休みに入ったばかりだがオレは余所見ばかりする。今に始まったことではない――害虫駆除も立派な彼氏の仕事だろ?
 試合会場でも公式だろうが練習だろうが女の子を見付けては黄瀬に気付かれないように牽制してきた――けれど、それでも今、オレの恋人は不特定多数の女の子から熱視線を浴びている。そりゃ溜め息も出る。
「今日から練習メニューちょっと変わるんスよね?」
「ああ」
 オレの横顔ばかり見ている黄瀬はさぞかし面白く無いだろう。オレの行動は確実に誤解を招いている。仕方がない。けれどもう少しご機嫌取りは先延ばしになりそうだ。
「聞いてます?」
「うん」
 オレの席は教室の真ん中辺り。だから廊下側からも反対側からも女の子の視線を感じる。当然全て黄瀬に向けられたものだ。左右に忙しなく動くオレの首はいい加減疲れて来た。
 視界の端に入る黄瀬の表情は酷く寂しそうで罪悪感が生まれる。けれども牽制を怠ると後々面倒になるのでオレは黄瀬との時間をわざわざ割いてまでそれに当てていた。黄瀬はモテる自覚があるくせに何故かオレのこの行動や気苦労には気付かないのだから不思議だ。
 牽制中に話し掛けてくる黄瀬は見るからにオレの気を引こうと必死だ。けれど返事は丸で女子に話し掛けられた笠松みたいに素っ気ない物しか出ない。
 その度に泣きそうな目を向けてくる。オレにばかり気をやっているから手中に収まるアフォガードが溶けていた。この様子じゃあ気付いて居ないだろう。
 一〇分程度を犠牲にした甲斐あってか、女の子の視線から熱を感じることは無かった。そうなればオレの勝ちだ。残りの貴重な時間を全て愛しい恋人に捧げることが出来る。
「なぁ黄瀬」
「なんスか」
「アイス、溶けてるぜ?」
「へっ? ああっ!」
 漸く黄瀬と視線を絡めた時、取り敢えず気になっていたアイスについて教えてやる。案の定全く気付いていなかったようだ。
「オレに見惚れてるからだろ」
「っ、そ、んなことッ」
 否定しようとしたらしいが唇はそれ以上動かなかった。強ち間違いでも無かったのだろう。反論出来ず一文字に結ばれた唇と悔しげな表情は大変そそられる。理性をフル稼働させたことを誰か誉めて欲しい。
「センパイは飲み物だけでいーんスか?」
 果汁百パーセントのリンゴジュースのパックが丁度食道を通った時だ。溶け出したアイスを慌てて口に含んだ黄瀬がオレに問い掛けた。
 ストローから唇を離し笑みを浮かべる。
 矢張り黄瀬は可愛い。
「だってつまらないだろ?」
「へ?」
 その言葉が予想外だったのか、大きな目は忽ち丸くなる。それによってより一層大きく感じた。しかし段々青ざめて行く様を見ると、どうやらマイナスな意味で受け取ったらしい。そう言う思考に働かせてしまうのは、先程のオレの行動が一枚噛んでいるのだろう。
 さて、どうやって不安要素を取り除いてあげようか。
 「あ、えっと……つまらない、スか……?」
 無理をしている。困ったように笑っていると周りは思うかも知れないが、オレの目は誤魔化せない。どれだけ黄瀬を見て来たと思っているんだ。どれだけオレが黄瀬を好きか解らせてやらなければならない。黄瀬にも、黄瀬を狙う奴らにも。
「だって、食べるのに意識持ってかれたら反応が遅れてこんなこと直ぐには出来なくなるだろ?」
 そう言ってオレは親指で黄瀬の口元を拭った。そのままそれをペロリと舐める。うん、美味い。
 そんな行動に黄瀬は思考を鈍らせた。
「……は?」
「やっぱ美味いよなー、購買のわりには。これが出ると夏だなーって思う」
「はぁ……」
 間抜けな返事しか出来ないのはまだ思考回路が混線しているのだろう。
 海常夏の名物は大変人気で毎日売り切れ御免の状態だ。けれど一度食べてみる価値はある。しかしそれだけで勧めた訳ではない。
「黄瀬が食べさせてくれるんなら食べる」
「それって……」
「どうする?」
 答えを聞くまでも無いが敢えてオレは尋ねた。黄瀬の反応が見たいから。オレの前でしか出さないその表情が見たいから。
 悔しいと顔に書いてあるが、嬉しいともある。オレのクラスメートが居る前で恋人らしい事を白昼堂々としようと言うのだ。周りからは良くある男子高校生の悪ふざけや戯れだと思われるだろう。
 しかし黄瀬はほんのり赤く染めた頬で容器ごと差し出してきた。
「……どうぞ」
「そこは『あーん』だろ」
「……ぁッ、あー……ん……、んッ!?」
 食べる気配を微塵も見せずに言えば、意を決したような――しかし嬉しさを滲み出した表情でアイスを掬った。
 大人しく口に含む――だけに止まると思ったら大間違いだ。
 スプーンが抜かれる際にオレは席を立ち中腰になった。そして離れていく白い手首を掴むと、思い切り自分の方へと引っ張る。前のめりになった黄瀬の唇が近付けば、オレは迷わずそこに唇を重ねた。
 いつも以上に角度がついた状態で黄瀬は少し苦しかったかもしれない。そう思ったのは口内で蕩けたバニラとエスプレッソが黄瀬の方へと流れた後だった。
「……ッハ、ァ、な、に……?」
「やっぱコッチがいいや」
「は、ぁああ?」
 恥ずかしさで上気した頬と矢張り苦しかったのか潤んだ瞳にオレは満足げに微笑む。最後の仕上げと言わんばかりに舐めたのは彼の濡れた唇だ。
 一際朱に染まる恋人の可愛さと言ったら無い。餌を待つ鯉のように何度も口を開閉させる姿もオレだから見せられる姿だ。言い知れぬ優越感がオレを満たしていった。
「な、な、なな、な、何やってんスか! ここっ、どこだとッ!」
「どこって、教室だろ? 三年の」
「分かってるなら何でこんなっ……!」
 騒ぎになるのを危惧しているのだろう。しかし同時に恥ずかしい。前者は目と眉で、後者は頬と唇が如実に語る。
 こんなことが笠松にバレたらシバかれるのは間違いない。TPOがウンたらカンたら。あいつ、初だからな。
 けれどちっとも怖くなかったのは黄瀬の反応が可愛いからだ。それが見れたならばペナルティーも甘んじて受けよう。
「こっちの方が手っ取り早いし一石二鳥だからな」
「はあっ?」
 心底意味が分からないと言う顔をしているが、顔は依然と赤い。
「お前、自分でイケメンの自覚あるくせに警戒心って言うか危機感って言うか兎に角無防備過ぎ。少しはオレの身にもなれ」
「いやマジ意味わかんないっス」
 この言葉の真意は伝わらなかったらしい。寄せられた柳眉の下は不安の色に染まっていた。
 あ。また何か勘違いしてるな。
「いーよ、分かんなくても。お前バカだし」
「何何スかそれ。喧嘩売ってんスか」
「牽制にもなってそんな気苦労ばっかしてるオレへの労いにもなるってこと」
「マジで意味わかんねっス」
 この話は終わりと言わんばかりにオレは話題を変える。牽制で無駄にした時間を取り戻す為に、そして恋人の不安を取り除く為に。時間が許す限り黄瀬だけを見続けた。
 忘れていたが、オレと黄瀬は部活が始まる前に昼の出来事を耳にした笠松からこってり絞られしっかりシバかれたことは言うまでもない。アイツ、初だからな。
 それでもオレは、形は違えどきっとまた笠松にシバかれるのだろう。校内ではもう大丈夫そうだが、遠征先では分からない。
 この牽制が続く限り、オレはオレのことが大好きで堪らないと言う愛しい恋人を安心させる為ならば、大胆な愛情表現だって喜んでやってやる覚悟はとうの昔に出来ている。あの日、晴れて恋人となったその瞬間から、ずっと。



【10万企画でかいていた森黄の森山先輩バージョンとか…できますか?】
一覧での問いに特に回答が御座いませんでしたので、記述通り森山視点で書かせていただきました。「バージョン」とあったので、もしかしたら黄瀬が牽制側で森山が嫉妬側なのかなとも思いましたが…。
実はあの作品を書いているとき、森山視点を一切考えておりませんでした。なので、作品自体は黄瀬視点と流れが同じですが、気持ち的には一から作り直した感じがします。新鮮ですね。
補足?裏設定?と致しましては、森山は黄瀬が入部した時(若しくは帝光時代から)黄瀬に一目惚れでした。だから実は黄瀬よりもずっとずっと好きの度合いが大きかったりします。
後、まだキス止まりだったりします。だから余計に黄瀬は不安がるのかもしれません。
リクエストありがとうございました。


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