青黄


「ん……」
 瞼が前触れも無く開く。これは黄瀬も予想外で、何故目が覚めてしまったのかよくわからない。
 枕元の携帯で時間を確認すれば午前一時を過ぎた頃だ。取り敢えず赤いランプが消えていたので寝る前に繋いだ充電器を外した。
 そして再び枕元に戻し、布団を被り直す。目を閉じてみた。しかし。
「……眠れない」
 昨夜は珍しくよい子の寝る時間――午後九時に睡魔に襲われた。もしかしたらそれが原因かもしれない。仕方無く何度か寝返りを打つも昨日マネージャーに言われた言葉がリフレインする。
“――明日は丸一日拘束だから体力勝負だよ!”
 眠らなければ今日の仕事後は確実に死ぬ。そう答えを導き出したら眠らなければならない。けれど意識すればする程脳が冴えて仕方がなかった。
「……」
 その後の行動はほぼ無意識であった。電話帳内の目当ての人物――ア行の中でも更に上に居るので直ぐに見付かる――が色を変える。ボタンを二、三回操作して耳に当てた。
 耳に届く呼び出し音は、どんなに時代背景が移り変わろうとも変わらない。六回目のコールがプツリと切れると電話の向こうからは寝起きなのか掠れた低音の声が聞こえた。
 そこで漸く気付く。何と常識外れな行動なのだろうか。
「あ、あのっ……」
『あー……黄瀬? どーした?』
「スンマセンっ。寝てた……よね?」
 否定されても嘘であることは間違い無い。誤魔化しの効かない声は罰が悪そうに「まぁな」とだけ答えた。
 やっぱり。その声は心の中だけに留めたが青峰には伝わったかも知れない。
 黄瀬が唇を奪われて恋に落ちてから一年半。思わぬ形で再会を果たすことが出来た。しかしそれは黄瀬からしてみれば最悪の形である。けれど内容はどうであれ、これはチャンスだとばかりに今度はしっかりと連絡先をゲットしたのだ。(この時青峰からは職権濫用でお前の連絡先は知ってたけどな、と告白された時はお前が逮捕されてしまえと叫んだ)
 それからと言うもの、片や公務員と言えども警察――しかも会えぬ間に出世していた――、片や人気絶頂中のモデル兼タレントである。お互い忙しい為にメールは週に一、二回何度かラリーを続けるくらいだ。それも片手で足りる、だから今回の電話は非常に珍しかった。
『気にすんな。仮眠取ってただけだから』
「もしかして……現場っスか?」
『おー。つっても張り込みの車ん中だから体痛ぇ』
 電話の向こうからふあ、と緊張感の無い欠伸が聞こえる。
『丁度良かったわ。電話くれて』
「え?」
『そろそろ起きる時間だったんだよ。けどオレ、なかなか起きねー事で有名だから』
 共に張り込んでる刑事だろうか。青黄の勝ち誇った声音の後で「威張る事じゃねーよ!」と微かに聞こえた。

『眠れねーの?』
「ん。何か、目が冴えちゃって二度寝出来ないんス」
『今日、仕事は?』
「五時半入りで五時過ぎには家を出てなきゃっス」
『早っ。だったらまだ寝てられんだろ。寝ろ』
「アンタ人の話聞いてたっスか!?」
 眠れないっつってんだろ! と声を荒げて言えば再び青峰ではない刑事の声が聞こえた。今度は先程よりもちゃんと聞こえたので青峰がその人側に携帯を耳から離したのだろう。
『あの青峰に強気で出られるなんて大したタマだな』
『うるせーよ』
 確か青峰が現在居るのは暴力団関係の部署だ。殺伐としたイメージであるが、本当に張り込みしているのか怪しく感じる。
「もうイイっスよ。こんな時間に電話しちゃってスンマセンした。じゃ」
『オイコラ待て。誰が電話切れっつった』
「いやだってお仕事中に電話はマズいっしょ」
『お前、寝れねーんだろうが。このまま切って寝れんのか?』
「出来なかったら起きとくだけっスよ」
『何時に終わんだよ』
「……明日の午前零時っス」
『はぁっ!?』
 今度は黄瀬が携帯を耳から離す番だった。なかなか耳に近付けられなかったのは青峰による罵声が凄まじかったからだ。
 しかし怒りたくなるのも分からなくは無かった。今から起きていると言うことは、ほぼ徹夜すると言うことだ。モデルの仕事も体力勝負であると以前黄瀬から聞かされていた青峰はその事を覚えていたのだろう。その時は気のない返事をしていたが、何だかんだでしっかりと黄瀬の言葉は一言一句聞き逃したりしないのだ。
「女性向けの雑誌の企画なんスよ。『24時間リョータ』ってやつ」
 ネーミングセンスを笑われた所で黄瀬は何も言えない。只一つ言える文句と言えば「オレが決めたワケじゃねぇよ!」だ。
「毎時間取るんスよ。勿論設定とか進行表はあるんスけど」
『んだそりゃ』
「六時半起床、七時朝食、みたいな。その場面毎の写真っス。設定としては読者の彼氏? で、広告代理店に勤める会社員」
『へー』
「二〇ページ使っちゃうんスから」
 各時間一ページだ。それと企画の表紙である。
 結構デカい企画っしょ。とおどけて言えば、青峰はフッと笑った。
『黄瀬』
「な、に?」
 急に艶のある低い声で言うものだから黄瀬の身体からふにゃりと力が抜けた。
『無理すんなよ』
「無理なんか」
『とうの昔からオレの視界にいつだって入ってんだからよ。前みたいに無闇矢鱈片っ端から来る仕事引き受けてんなよ』
「何スか? 心配でもし」
『してるけど? 悪ぃか』
「っ!?」
 急に血の巡りが良くなったような気がする。それくらい今では手先足先がじんわり暖かかった。
 二の句を継げられずにいると青峰が静かに笑う。
『だから寝ろ』
 何だかその言葉がストンと黄瀬の胸の中に落ちた。
「……うん」
『お休み』
「お休み……なさい……」
 プツリと電話を切ると、不思議と今まで来なかった睡魔がやって来た。優しい夢の中へと誘うのは最後に聞いた青峰のテノールだ。
 ゆっくりと瞼を閉じると、そのまま眠りに落ちていった。その手にはしっかりと先程まで二人を繋いでいた携帯が握られている。
 一方、電話を終わらせた青峰は助手席側の窓にゴン、と頭をぶつけていた。
「っあークソッ!」
 先程まで寝ぼけ眼だった青峰は五官も脳もすっかり目覚めている。それも電話を切った直後に、だ。最後の最後に卑怯だろ、とぶつくさ独り言を言う。
 そんな様子の青峰を横目に、ハンドルに上体を預けながら缶コーヒーを飲む同僚は「どうした?」と一応訊いてみた。
「あー」
 シートに再び身を沈めた青峰は手の平で顔を覆う。
「何でもねぇよ。けど」
「けど?」
「さっさと終わらせて帰っぞ!!」
 彼らの居る所から離れた場所にある、とある屋敷の入口を睨んだ。珍しくやる気を出している目だ。
「って言ったって後一時間で動きが無かったら交代じゃん」
「いや絶対ぇ来る」
「何で分かんの」
「勘」
 呆れ顔の同僚を一瞥する事も無く、青峰はその時が来るまで睨み続けていた。
 耳の奥に残る、眠気を孕んだ甘い声を何度も再生しながら。
――青峰っちも無理しないで? お仕事頑張ってね。




【以前shortに更新された、ポリ峰×モデルの続編のようなものをお願いします。】
一つ上の作品とも繋がっていたりいなかったり。
これでもまだ恋人同士ではないと言い張ります。まだお互いに決定打になる言葉は言ってません。体の関係はあるけれど。
アイツはオレの物と思う反面、キスも不意打ちで自分からだし体を繋げたのは不可抗力みたいなものだしで悩んでたらいいです。
黄瀬は嫌われてはいないだろうけどでも好きとは言われてないし。言いたいけど怖くて言えない。もしかして只のセフレとか性欲処理とか思われてたらどうしよう。でも好き!でも怖い。恋って怖い!って言うか初恋は実らないって言うじゃん!とか言って臆病になっていればいいです。
端から見たら寧ろお前らそれで付き合ってないとか嘘だろ?な目で見られてください。

>こんにちは、初めまして。この度はお祝いのお言葉、並びに当企画にご参加くださりありがとうございます。
日参してくださっていらっしゃるとか!大変恐縮です。これからも愛していただけるような作品を作れるよう頑張ります。
お心遣い傷み入ります。
リクエストありがとうございました。


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