キセ黄


 嘗て五つの勢力が一帯を統べていた。北の紫、東の緑、南の青、西の黒、そして中央の赤。手を組めば百人力とも称される程に力ある者達だが、そんな事は極稀である。如何せん彼らは互いを敵としか認識していないのだ。それでも拮抗した関係は持続されている。その為、領域を侵す不届き者が来た時以外は実に平和なものであった。
 しかしそれも今、崩れようとしている。
 何処の馬の骨とも知らない鼠が一匹、迷い込んだらしい。彼らの縄張りで好き勝手にしているようで、各勢力のリーダーを慕う下っ端が追い出そうと仕掛けるも悉く返り討ちに合ったと言うから驚きだ。
 そこでとうとう頭が動き出したのだった。
「そいつマジムカつくし。お菓子買ってこなかった上にボロ負けとかマジ使えないんだけど」
「紫原君、お菓子くらい自分で買ってきてはどうですか? 少しは動かないと太りますよ」
「お前の怒りの矛先は一体何処を向いているのだよ。鼠か? それともお前の使えない駒か?」
 北、西、東を統べる者――紫原と黒子と緑間が無言で火花を散らす一方で、南の青こと青峰が、中央を統べる赤司を鼻で笑っていた。
「あの恐怖政治の赤司様でもしくじるんだな。随分と落ちたじゃねーか」
「そう言う青峰の方は手も足も出なかったようだが?」
「あ?」
「やるのか? 構わないが、お前が今居る領域は誰の縄張りか理解した上で来るんだろうな?」
「……チッ」
「賢明な判断だ。少しは利口になったじゃないか」
 そう。此処は赤司が統べる中央だ。鼠を捕まえる為に緑間の力を借り、巧妙な手口で中央へと誘導し、それに成功した。後は逃げられぬよう東西南北をバリケードで固めれば要塞の出来上がりだ。
 そして、もうじき追いやられた鼠が彼らのいる倉庫へとやってくる。
「来たらボコッて良いんだよな?」
「その鼠は場合によっては自分の手駒に加えても構いませんよね?」
「は? 黒ちん正気?」
「だが、オレ達の下僕共がやられている。力はそれなりにあると考えてもいいのだよ。但し、こうして簡単に罠に掛かる辺り頭の出来は良くないだろうが」
「お喋りは其処までだ。来るぞ」
 赤司は目を細め、扉を睨んだ。
 引き戸になっている出入口は、ズズ、と重たい音を立てて開いた。逆光でまだ顔は分からないながらも外の光を背後から受けた鼠はやけに明るく輝いている。身長も高く飄々とした態度は矢張り徒者では無いと見て取れた。
 再びズズ、と重たい音を出しながら扉を閉めると一息吐いたのが分かる。そしてくるりと体を一八〇度方向転換すると、彼は目を見開いた。
「もーなんなんスかアイツらギャァアーッ!」
 外の連中――五つの勢力分であるから人数が人数だ――に追い掛けられて逃げ込んだ大きな倉庫には、運良く身を隠すことが出来た。しかしそれが罠だったと鼠、基、黄瀬は目の当たりにした五人の顔を見て漸く気付いたのだ。
「な、なっ、なんなんスかアンタら!」
「いらっしゃい。もう逃げ場はねーよ」
 青峰が口角を上げて不気味に笑う。左手で拳を作り右手でそれを覆いながらバキバキと骨を鳴らしながら言った。彼らの中での軽い威嚇だ。
 それを見ても黄瀬は怯むことなく睨み返す。
「オレ、アンタらに何かした? っつーかこの間からやけに絡んで来る連中もアンタらの仕業なわけ? マジ勘弁して欲しいんスけど。まあ、デート強制終了させてくれた事には感謝っスわ」
 扉から一歩二歩と彼らの居る場所まで近付いて行く。薄暗い倉庫の中も、壁の高い位置に設置された窓から差し込む光で視界は意外とクリアだ。
 その中で最も光のある場所に彼らは居た。その広範囲に円形になっている陽向へと黄瀬が足を踏み入れた時、一同は思わず息を呑んだ。
「オレに何の用? もしかしてアレっスか。この前去なしたアイツらの落とし前とかっスか。言っとくけど先に手出ししたのそっちだし。オレのはセートーボーエーっスよ」
 矢張り緑間の言う通り、賢い方ではないらしい。正当防衛を主張する黄瀬の話を聞いているのかいないのか。誰一人として言葉を発しない。不審に思った黄瀬は首を傾げ、先程の冷たさを含んだ声音とは違いやや通常に戻した声で問い掛けた。
「あの……聞いてます?」
 その声に先ず反応したのは赤司だった。
「ああ、すまない」
「うわっ!」
 謝罪の言葉を口にしながらも赤司が黄瀬に向かって投げた鋭利な刃物は、黄瀬が身を傾けた事で首の横を掠めて行った。カシャンと音を立ててコンクリートの床に落ちたそれは赤い柄を持つ鋏だ。
「ほう」
「危なッ! 何するんスか!!」
「僕は赤司征十郎。君が今居る中央を統べる者だ。で、名前は?」
「……黄瀬涼太」
「そうか。涼太、僕の所に来ないか? 好待遇を保証しよう」
「……は?」
 赤司の発言に疑問を抱いたのは当事者だけではないらしい。傍にいた四人もキョトンと呆けている。
 先に復活したのは緑間だ。
「突然何を言い出すのだよ」
「突然じゃないさ。この計画を立てる頃には考えていたんだ。たった一人で下っ端と言えども複数相手に返り討ちした強さ、此処に来ても怯えない精神力、更に鋏も避けた反射神経。そしてその容姿が気に入った」
 将に開いた口が塞がらない。寝耳に水である。
 けれども当然すんなりと譲渡するつもりもない。
「そんなんダメだし。て言うかアンタのせいでオレのお菓子ダメになったんだから責任取ってよねー」
「は? お菓子? あーじゃあ、これあげるっス」
 ぺったんこの学生鞄から出したお菓子を紫原に向かって投げる。その大きな掌に収まったのは〈ゴッド・ディーヴァ〉のチョコレートだ。
 思わぬ戦利品に目を輝かせると紫原は早速口の中にそれを放りながら言った。
「黄瀬ちん、ウチにきなよ。大歓迎だし」
「紫原、お前もか!」
 かの有名な劇作家の作品にあるシーザーのような緑間の言葉もまるで聞いていない。彼は「おいでー」と勧誘を始めている。しかし紫原の事は置いておくにしても、赤司の目の付け所には納得出来る。
 つまりは、他の者の手に渡るのが惜しい。
「オレの所が一番まともなのだよ」
「ボクと一緒に来ませんか?」
「オレと来いっ」
 獣のような眼に見つめられ、流石の黄瀬も苦笑いがぎこちない。
「えー……あー……」
 歯切れの悪い黄瀬を余所に今にも四方と中央の頭が衝突しかねない雰囲気だ。先程迄は形を潜めていた荒々しい気も今では全開になりつつある。ピリピリとした肌を刺すような空気はお世辞にも快適とは言い難い。
 そんな中、初期設定のままなのかピリリリリ、と無機質な呼び出し音がけたたましく鳴った。
「はいもしもしー。あ、はい……え? あーはい」
 それがぴたりと途切れたのは黄瀬が着信に応じたからだ。耳に電話をあて、何かを話している。何回か「えー」と不満を露わにした声を出すと最終的には「はいっス」と素直に頷いていた。
 通話を終えたらしい黄瀬が一触即発の五人を見る。
「スンマセン。何かお迎えに来てくれたみたいなんで、オレ、自分の島に戻るっス!」
 にこっと人好きのする笑みを張り付けるとくるりと踵を返し、再び日陰になっている方へ足を一歩踏み出した。すると突然ピタリと止まり、上体だけを捻って振り向いた。
 その顔に張り付けていた笑みは先程見せた懐っこいものではなく、どこか冷ややかな他の者を寄せ付け無い、平たく言えば赤司や青峰らが持っているものと同じ類のものだ。
「まあ、挨拶回りのつもりだったんで一遍にお目に掛かれて良かったっスわ。探す手間も省けたし」
 そこで一旦区切ると、またニコリと笑った。
 けれども矢張りそこから温度を感じることは出来ない。ただ、貼り付けただけの笑顔だと見て取れる。
「神奈川に来たらお茶くらいは出すっスよ」
 それじゃ。
 別れの挨拶は質素なものだった。ローファーの底がコンクリートに当たる度に倉庫に響く。ズズ、と数十分前に聞いた音を二回鳴らし、本格的に姿は見えなくなった。
 倉庫内は水を打ったように静まり返る。
「……上等じゃねぇか」
 ニヤリ。口角を上げ、好戦的な眼で扉を射るように見つめる青峰の声に、同感だとでも言うように他の四人も口角を上げた。
 別に神奈川まで島が欲しいわけではない。
 欲しいのは、ただ一人。



【キセキの皆が不良で、敵同士。】
不良っ気の無さを自分でも突っ込みたいです。煙草なりコンビニ前でうんこ座りしてたむろってだべるなり色々あっただろうにどうしてこうなった感が否めません。
初めは校内だけに留めるつもりがまさかの地域勢力。どんだけー。あれか。某闇の禿鷹みたいなあれか。
中学と高校と迷って明らかにしていなかったのですが(しかし中学生の不良は可愛げがある気がして何となく高校生を想像しながら書いてました)、最後はまあモブ電でも笠松さんでも誰でもいいです。
緑間や黒子はどちらかと言えば「不良と呼ばれるのは不本意なのだよ」系だと思います。

>こんにちは、初めまして。この度は当企画に参加してくださりありがとうございます。
日参していただいているようで、大変恐縮です。お祝いのお言葉ありがとうございます。拙作をお気に召していただけて随喜致しております。
これからも当サイトを宜しくお願い申し上げます。
リクエストありがとうございました。


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