れのあ様


 今現在目の前で繰り広げられている光景に当事者以外の四人は心の中で溜め息を吐いた。
 少しでもバスケをしたいと言う思いが皆それぞれあったのか、昼休みに黄瀬が紫原を引き連れて部室に来た時には既に先客がいた。それが先程冒頭で溜め息を吐いた赤司、青峰、緑間、黒子の四人である。
 何故そうなったのかは黄瀬らが彼らと共に昼食を取り始めた所まで遡る。
「黄瀬ちん、今日お弁当ー? なんでー?」
「栄養バランス偏らないようにっス!」
「ふーん」
 さして興味も無さそうに返事をする。訊いてきておいてその態度は無いだろうと思うがしかし黄瀬自身は大して気にも留めていないようだ。だから緑間たちもその点について発言するのを止めた。
「後、こないだ主婦もしてるって言うメイクさんに当たって、その時に栄養云々言われたんスよ」
「へー」
「だからバランスにいい食事を教えて貰って、頑張って作ったんス!」
「それ、黄瀬ちんが作ったのー?」
 紫原が黄瀬のお弁当箱の中身を覗き込む。
 身長的に考えれば覗き込む必要はない。しかし黄瀬は部室の真ん中に置いてあるベンチに座って膝の上にお弁当を広げているのに対して、紫原は彼の足元の地べたに座っているので自然とそうなるのだ。
「ねぇ、それちょーだい?」
 そう言って紫原の長い指が玉子焼きを指す。勿論彼自身の昼食――大量の菓子パンとお菓子があるがそれよりもまず黄瀬のお弁当が気になるらしい。
「いいっスよー。じゃあ、はい、あーん」
 黄瀬の髪と同じ色をした玉子焼きを箸で掴むと左手を下に添えて紫原の口元に持って行く。
「あー……んー。んー、んー」
 咀嚼しながら頭をうんうんと頷く仕草をする。彼の喉が嚥下するのを見届けて黄瀬が緊張した面持ちで尋ねた。
「どうっスか?」
「んー。好きー」
 その言葉を聞いた瞬間、黄瀬の表情は硬いものからふにゃりと和らいだものへと変わる。そして安堵の溜め息が漏れた。
「良かったっス……あ、じゃあ、これも食べてみてくれないっスか?」
「いーよー」
 そうして再び同じように黄瀬が持つ箸から紫原の口の中へとおかずが入って行く。もぐもぐと咀嚼しながら「野菜コロッケだー」と味覚で感じたものを述べた。
「そっス。良く分かったっスね」
「こないだまいう棒の野菜コロッケ味食べたしー」
「あー、なるほど」 
「これももしかして黄瀬ちんの手作りー?」
「そっスよ! 今日は初めてだから張り切って全部作ったんスよ」
 にこにこと嬉しそうに語る黄瀬に紫原の大きい手が伸ばされた。そのまま頭に置くと優しく撫でる。
「よくがんばりましたー」
「えへへーっ、ありがとっス紫っち!」
「じゃあ、そんな黄瀬ちんにご褒美あげるー」
 依然として撫でる手はそのままである。もう片方の手でお菓子が目一杯入った袋を漁り目当てのものを引き抜いた。
 それを口を使って器用に開封すると出て来たお菓子の先端を口に加えて包装している袋から出す。そしてそのまま喋った。多少こもってはいるが決して聞き取れない訳ではないようだ。
「はい、黄瀬ちんにご褒美でーす」
「えっ、え?」
「早くー」
「で、でも……」
「あーん」
「……あー……ん、っ!」
 黄瀬が渋っていたのには勿論理由がある。それは、紫原が選んだ食べさせ方は自分の手から食べさせるというスタンダードなものでは無かったからだ。彼がとった行動は所謂《ポッキーゲーム》の形だった。
 流石にこれは素直に口を開けることは出来ない。そんな恥じらいすら紫原には邪魔のようだ。
 急かす言葉と共に反対側のお菓子の先端を黄瀬の唇にふにふにと当ててくるものだから、頬をほんのりと朱に染めながら口を開けてそれを受け入れた。
 しかしいざ食べてみるとどうだろう。芳醇な香りと香ばしさが味覚と嗅覚を刺激する。駄菓子であるのにも拘わらず、それは一口で分かるほどの高級感を漂わせていた。
「こ、れっ……!」
 凡そ半分の所でお互いの唇が接近し、黄瀬はその場で噛み切った。喉の奥へと流し込んだ後も口の中には後味が残る。しかし決して不快なものではなかった。
 驚きに目を大きくしていると、紫原の表情は誇らしげに笑っている。
「これ、まいう棒の限定品で超レア。ビーフストロガノフ味」
「うわぁああっ! スゴいっス! 紫っちスゴいっス!」
 何度も何度も感嘆の声を漏らしながら紫原を賞賛する黄瀬に、本人は満更でもないようだ。
 しかしこれを見て憮然として溜め息を吐く者が数人居た。それは、黄瀬と紫原を除いたTシャツ姿のキセキの世代達である。
「お前らまだ食ってたのかよ」
「道理でなかなか来ないと思ったのだよ」
「早食いは勧めないが涼太も敦も急いだ方が良い」
「黄瀬君、紫原君。昼休み、終わりますよ?」
 二人分の驚愕した声に遅れて校内に予鈴が鳴り響いた。
 タイムリミットは、後五分。




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