キセ黄


――全ては、君の笑顔が見たいから。

 のし、と重さを感じる時は必ずと言って良い程後ろから紫原がのし掛かっているのを黄瀬は一軍に上がってから一週間で身に学んだ。初めこそ大声を張り上げて驚いたりもしたが、スタメンとなって数ヶ月経った今では既に慣れの域にある。
「紫っちーぃ。着替えらんないっスよー」
「んー。でも今日黄瀬ちん午後の授業始まるまで居なかったしー」
「それは仕事が……」
「だからぁ、黄瀬ちん充電中ー」
 そう言われてしまっては黄瀬もそれ以上言えなくなる。「しょうがないっスねぇ」何て困った様に笑いながらも彼のスキンシップを享受していた。
 部活が始まるまでの体育館は比較的ほのぼのとしている。その空気の切替は赤司の号令から始まるのだ。しかし今はまだ時間に余裕がある。その為、皆思い思いに過ごしていた。
「黄瀬」
「あ、緑間っち」
「ミドチンだー」
「この前話していた靴紐なのだよ」
 言葉と共に差し出された物は、長方形の厚紙を背景にした黄色地に橙色の星が特徴的な紐だ。紙と同じ大きさの透明な袋に入っている。
 これを見た黄瀬の瞳は喜びに輝き、表情も見るからに嬉しそうだ。
「ありがとうっス! 緑間っち!」
「何これー?」
「先週、緑間っちとスポーツショップに行ったんスよ。そこで一目惚れしたんスけど品切れで取り寄せて貰ってたんス」
「オレもそこで取り寄せをしていたからな。昨日受取に行ったついでなのだよ」
 にこにこと機嫌良く笑う黄瀬からは幸せオーラが放出されている。しかしそれを本人が知ることは無い。
「黄瀬ぇ。随分と機嫌良さそうじゃねーか」
「何かありましたか?」
 青峰と黒子の登場に「緑間っちがねー」と弾んだ声で話し始める。その内容に耳を傾けながら二人は何か考える仕草を見せたかと思うと、真っ先に黒子が口を開いた。
「黄瀬君。今日一緒にマジバに行きませんか? 商品券を貰ったので」
「え、いいんスか? 行きたいっス!」
「おい黄瀬ぇ」
「どうしたんスか? 青峰っち」
「赤司が来る前にワン・オン・ワンやるぞ」
「マジ!? やるっ!」
 黒子からも青峰からも誘われる事が少ないからか、黄瀬の反応は早かった。上機嫌のオーラに加えてぱっと花の様な笑顔を見せる。
 青峰の気が変わらぬ内にと、さっさとボールを取りに行ってしまった。
「お前たち、随分と今日は構うじゃないか」
 一体いつから居たのか、赤司が残った四人の背中に話し掛ける。全員揃ってその声にビクッと肩を跳ねさせ、恐る恐る振り向いた。
「赤司……いつから居たのだよ」
「黒ちんじゃないんだからさー」
「紫原君、さり気なく酷いですよ」
「テツよか赤司の方が心臓に悪いっつの」
 最後に悪態をついた青峰に赤司の口角は上がった。
「お前たちも可愛がってやるから手始めにメニュー三倍な」
 負の方向に歪む表情をする彼らとは裏腹に先程の一連を知らない黄瀬がボールを持って戻って来た。
「あれ? 赤司っち、いつ来たんスか?」
「ちょっと前にね」
「もしかしてもう始めちゃう?」
 不安げな瞳を向けながら小首を傾げれば、赤司はゆるゆると首を横に振った。
「いや、まだ大丈夫だ」
 その言葉に安心したように笑うと、またぱっと花が咲く。そして青峰の腕を掴んで引っ張った。
「ああそうだ、黄瀬」
 コートの中に向かおうとしていた足は一旦動きを止め、上体だけを捻って赤司を見る。
「今日は青峰も緑間も紫原も黒子もミニゲームに参加出来ないから、その時間はオレとワン・オン・ワンしようか」
「え?」
「オレじゃあ不満かな?」
「そうじゃなくて、珍しいなって。てかみんな何で出来ないんスか?」
「諸事情でね」
「はあ……?」
 それ以上の追及を許さないと言われているような声音に黄瀬は疑問を抱きながらも素直に従った。その様子に赤司が浮かべた笑みに纏う黒い何かが薄れる。
 今度こそ青峰を連れてコートへと入って行った黄瀬の背中を見送り、赤司は手元にある練習メニューの書かれた紙を見やった。
「赤司君も大概黄瀬君に甘いですよね」
「そうか?」
「もう時間なのだよ」
「おや、それは気付かなかった」
「赤ちんの嘘吐きー」
 軽快なバッシュの音を聞きながら、「あーっ!!」と声を上げる黄色をいつまでも見ていたいと思ったのは、どうやら彼らだけでは無さそうだ。



【部活中にキセキのみんなに可愛がられる話】
可愛がられているのかなんなのか微妙な所ですね。
あまり感情表現が上手くない上に全然素直じゃない人の集まりなので、彼らも不器用なりに一生懸命なのだと思います。
リクエストありがとうございました。


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