キセ黄


 赤司は口元に浮かべた笑みを絶やさないまま、正面にて正座をしている三人を見ている。その隣では眉間に皺を寄せながら三人分の更紙を扇のように広げて数字を睨む緑間が居る。その様子を冷や汗を流しながら矢張り三人は正座していた。そんな彼らの背後には逃げ出そうとした者に即対応出来るよう〈イグナイトパス〉の型で待機している黒子が居る。
 此処はとある空き教室だ。
「お前達、良くこんな点数を取れるな」
 溜息混じりに緑間は言いながら今まで睨むように目を通していた更紙、基、実力テストの解答用紙を赤司に手渡した。
「いやでもこれでも結構頑張った方……」
「その名の通りそれがお前達の実力と言うわけだな」
「っ……!」
「確かに実力は成績には響きませんがこの分だと来週の中間は確実に赤点ですね」
「自業自得なのだよ」
「そうなるとお前達三人は二軍に降格だな」
「は!? まじ意味分かんねーしっ」
「ええぇっ! そ、そこまでっスか!?」
「クッソ! ふざけんな赤司っ!」
「じゃあお前達もこんなふざけた点数を取るな」
 絶対零度をよもや只の一学校の一教室で体感出来るなど誰が予想出来ただろうか。
 斯くして赤司と緑間――黒子はイグナイト要員だ――による勉強会が急遽行われることになった。しかし只の勉強会ではない。普通にした所で彼ら(特に青峰)が覚えられる訳が無いと承知済みである。よって今回はペナルティー付クイズ大会と言う形で結構された。
 勿論その事については事前に連絡済みである。つまり今回は勉強してきた事を前提とした復習なのだ。
「既にお前達に与えるペナルティーは決まっているのだよ。万が一この一週間ノーペナルティーだった者には褒美も用意されているから精々死に物狂いでやれ」
 眼鏡のブリッジを押し上げながら緑間が言った。上からの態度に青峰はイラッとくるも勉強面では敵わない相手である。反論した所で畳み掛けられるのが目に見えていた。
「解ったら挙手。但し解答権は一回だ。では先ず、社会からやろうか」
 本当は正座のままさせるつもりだったが足の痺れで集中を欠かれては堪らない。だから机と椅子を横に三つ並べて座らせた。
 寒色の間に暖色の頭が混じっている。
「一八六〇年、三月三日。桜田門外の変で暗殺されたのは?」
「はいっス!」
「はい、黄瀬」
 一番に手を挙げたのは黄瀬だ。自信があるのか瞳が輝いている。
「直井伊弼っ!」
「あ、惜しいです」
「オレ解ったしー。直江兼続ー」
「時代が違うのだよっ! それは安土桃山時代の武将だ!」
「あ、アレだ。イイナズケ」
「……何でしょうかこの微妙な空気」
「語感は似ていなくもないがニアミスと言うにはあまりにも違いすぎるのだよ」
 開始早々溜息しか出ない。解答側は外れた事に納得が行かないのか首を傾げている。
「春秋時代の思想家で儒学の始祖は?」
「はいっ! アナゴさんっ」
「黄瀬君、君はどうして掠るだけなんですか。教科書にはきちんとルビがふってあるでしょう」
「ゆかり!」
「……紫原、その紫蘇じゃないのだよ」
「つかその問題どんだけサ行入れてんだよ」
「はい青峰アウト」
 無駄口も解答にカウントするとこれで立証された。元々誰も疑問すら抱いていなかった訳だが、赤司の瞳が本気を語るので誰一人文句を言う者は居ない。
「お前達全員マイナススタートだ」
 それからも暫し問題は続いたが珍解答ばかりだった。本当に事前に勉強をしてきたのか甚だ疑問である。
 その後行われた理科では、
「減数分裂の際に対合する染色体は?」
「二個ずつあるっス!」
「確かに有性生殖をする生物の体細胞はそうですがそう言う事ではなく染色体の名前を訊いているんですよ黄瀬君」
「ウンパルンパ」
「紫原、それはチョコレート工場が舞台の話のキャラクターであって実在はしないのだよ」
「あ、ルンバだ」
「青峰。お前の体の中には掃除機が入っているのか? 頭蓋腔内にあるその使い物にならないゴミも一緒に吸ってもらえ」
 いよいよ赤司の口が悪くなるのも時間の問題である。黒子は黄瀬の解答に焦れったさを感じ、緑間は紫原の斜め上を行く解答にげんなりしていた。
 しかし数学でも英語でも似たような物で、バスケ以上に疲弊しているような気がする。どちらかと言えば今回は精神的疲労だろう。
 ならばと、日本人として知っていて当然である国語の問題に懸けるしか無い。そう思ったものの古典は案の定全滅だった。『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする』の現代語訳を問うた時は赤司の笑みが深くなったのも記憶に新しい。
 黄瀬は「オタマジャクシの尻尾よ、切れるならば切れてしまえ。長くなると隠す力が弱くなって人目にわかっちゃうといけないから」と解答し、矢張り黒子は焦れったさを感じた。
 紫原は「卵を割るなら割ってしまえコソコソしたって弱ってもぞもぞするよ」と緑間の眉間に皺を刻ませた。
 青峰は「キンタマの中にある精子よ、耐えなきゃなんないんだから耐えろよ。生き長らえたらこっそり受精するのもあるけど弱って行くのもあるんだぜ」と渾身のドヤ顔を赤司にクリップボードで叩かれた。
 最早絶句である。中学は義務であるから卒業出来ても、高校が心配極まりない。つい、彼らの未来を案ずるのも無理はないだろう。
「最後だ。『梨を食え』を尊敬語を使って言い直せ」
 現代文の問題で最後辺りに来るであろう問題だ。実際、古文や現代文は文章中に答えがあるのだから読解力さえ備わっていれば解けるものである。だから敢えて赤司は知識が必要な問題を出した。しかしそれ以前に『です』『ます』の丁寧語自体怪しい輩が並んでいる。
「簡単じゃねーか。梨を食ってくだせぇ、だろ」
「青峰。お前は何時代の人間だ」
「梨を食べてねー?」
「せめて『です・ます』くらい付けろ」
 頭が痛い。そんな心の声が赤司と緑間から聞こえて来そうだ。各々額と蟀谷こめかみに手を当てている。
 そんな中、黄瀬は口元に手を当てて考え込んでいた。今まで一番に手を挙げていたのだが今回は後手に回っている。
「んーと、有りの実をお召し上がりください、スか?」
 一瞬の沈黙の後、赤司が黄瀬に近付き徐に額に手を当てた。
「熱は無いな」
「ちょ、失礼っス!」
「『食え』だけを変えれば良かったのだが……これには驚いたのだよ」
 問題提出側が感心する中、いまいちピンとこないのか青峰も紫原も首を傾げている。
「赤ちーん。黄瀬ちん正解したのー?」
「ああ。思わぬ形でな」
「アイスの実だかパイの実だか知んねーけどよ」
「有りの実だ。『ナシ』だと縁起が悪いとされてそう言われるようになったのだよ」
「現代ではそう使われないんですけどね。黄瀬君、良く知ってましたね」
 全員の目が一斉に黄瀬に向けられる。対して黄瀬はキョトンとしていた。
「これでも一応業界人なんである程度の敬語は知ってるっス。梨は、何か前に事務所の先輩がクイズ番組に出たとかでドヤ顔で問題出して来たような気がして」
 ヘラッと笑う黄瀬に赤司は無言で金糸のような髪を撫でた。気持ちいいのか目を細める姿は宛ら犬である。
「赤司君。今日は黄瀬君の勝ちですのでご褒美をあげましょう」
「そうだな。じゃあ、テスト明けは一番にオレ達で二対二をするか」
「やったっス!」
 手放しで喜ぶ黄瀬の顔はキラキラと眩しい。
「して、赤司。罰はどうするのだよ」
「そうだな……。今日は初日だから特別に甘くしてやる。感謝しろ」
 そう前置きした上で紡がれた言葉に、青峰と紫原は口を揃えて嘆くのだった。
「部活再開まで巨乳の載ったグラビア紙及びお菓子を一切禁ずる」
「赤ちんの鬼ーっ!!」
「赤司の悪魔ーっ!!」
 彼らの勉強会はまだまだ始まったばかりである。



【帝光時代でテスト勉強というなのおバカ3人クイズ大会 もちろん最下位には罰ゲームを】
中2レベルがいまいち分からなくて適当に問題を作ってしまいました。
ゆとりかそうでないかでもまた違ってきますよね?只まあ今回出した問題は比較的優しいものと言うかメジャーなものを選んだので難易度は低いと思います。
学校の先生は凄いですね。改めて思いました。
アホ峰の珍解答は珍解答と呼べるものなのか微妙ですよね。そこに色んなセンスが問われるんだなと痛感しました。難しい…。私にギャグセンスをください。
余談ですが更紙(わら半紙)は再生紙なので高いらしいですね!

>こんにちは。
足繁く通っていただき恐縮です。お陰様で無事に20万を迎えることが出来ました。
応援してくださりありがとうございます。これからも頑張りますので支えていただければ幸いです。
リクエストありがとうございました。


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