海黄


 そわそわ。キョロキョロ。
 忙しなく何処かしら動く黄瀬は大胆な癖して臆病だ。最近ではその大胆さに虚勢も含まれていると知った。
 いち早く気付いたのは矢張り共に過ごす時間の多いオレ達レギュラー陣だ。それからクラスメートの奴、一年、二軍と言った順でタイムラグはあるもののバスケ部の殆どがそれを知っている。
 だからこうして休憩時間にオレ達が構っても誰も文句は言わない。大事なエースのメンタルケアも必要だからだ。
「黄瀬!」
「は、はいっ」
 不安な色に侵食された瞳が揺れる。びくりと肩を小さく震わせたものの素直にオレの前に来る。
「海常には黄瀬が必要だ。だから無理はするな。何かあったらちょっとした事でも構わねーからちゃんと言え」
 伸ばした腕で後頭部を掴み、自分の肩に引き寄せる。そしてそのまま頭を撫で、もう片方の腕は背中へと回してしっかり抱き締めてやる。そうすれば強張っていた身体から力が抜けた。
(何も怖がることはねーって、伝わる迄伝えるだけだ)
 黄瀬は何かにいつも怯えているように思える。何となくだがそれには中学時代――キセキの世代が関わっているんじゃないかとオレ達は踏んでいる。
「黄瀬ーっ」
 部活終了後のちょっとした時間、自主練に励む奴と帰る奴に丁度分かれる時間帯だ。早川が黄瀬を呼びながらボールを投げ渡す。緩やかな弧を描いてすっぽりと手元に落ちるそれを難無く両手でキャッチした。
「ワン・オン・ワンすっぞ!」
 早く来い、とやる気を見せる早川は早速半面コートの半分の所に居る。両手を挙げてブンブン左右に無造作に振る仕草に、黄瀬も小さく笑っていた。
「早川センパイってば小さい子どもみたいっス」
「あぁっ!?」
「なーんでーも無いっスよー」
 語尾に八分音符でも付いているのか、変にメロディーに乗せた言葉はそれでも上機嫌と形容するに値しない。
 まだ何か不安材料があるのだろう。それでもオレ達は聞き出すと言う行為だけはしなかった。
 只ひたすらに待つ。
「なあ、黄瀬」
 すっかり日も沈み、気付けば体育館内にはいつものスタメンしか居なかった。様子を見に来た監督に「お前らいつまでやってんだ。さっさと帰れ」と言われるまでそれに気付かない程、二対三のミニゲームに集中していたらしい。オレとしたことが。
 直ぐにシャワーを浴びて部室へ戻り、着替えている時だった。小堀が相変わらず優しい声音でロッカーを開けていた黄瀬を呼ぶ。途端にビクッと肩を小さく震わせたのだ。そこで何となく、オレ達は気付いてしまった。
 黄瀬がまた新しく見つけたらしい不安材料を。
「オレ達はお前の事をまだそんなに言う程知ってはいない。けど、理解はしているつもりだ」
「小堀センパイ?」
「頑張ることも我慢することも大事だけど、先輩を頼ることも大事だぞ」
 諭すような言い方に、黄瀬は小堀をただじっと見つめていた。
 先程黄瀬がロッカーを開ける直前までの強張った表情と開けた直後ほんの一瞬見せた安心した表情に気付いていないのは本人だけだろう。
「黄瀬は海常のエースである前に、オレ達の後輩なんだから」
 ポンポンと大きな手の平で頭を撫でられ口をキュッと引き結ぶ。その表情は泣く事を耐えているようだった。
「オレ……海常に居てもいいんスか?」
 小さく紡がれた声は震えている。
「弱いし沢山迷惑掛けるし監督に贔屓されてるし一年なのにエース扱いだしなのに弱いし面倒臭いし敵多いし嫌われてるし」
 瞳が照明を反射して揺れた。瞬間、ポロッと雫が頬を滑る。
「なのに、自覚してるのに、センパイ達が好きだからっバスケが好きだからっ必要とされなくても良いからっ、此処に居たいって思ってるし……」
「オレ達には黄瀬が必要だぜ? これからもずっと」
 ポロポロ涙袋から生産されていく雫を親指で拭ってやりながら森山が言った。ハッキリと、しかし優しく諭すように。
 引き寄せて抱き締める。そして背中をあやすように撫でれば遠慮がちにシャツを掴んできた。それを確認するとゆっくりと森山は後退し、黄瀬をロッカーからさりげなく引き離す。
 申し訳無さを露わにしながらも笠松が黄瀬のロッカーを開けた。そこには案の定、的中して欲しく無かった予想が具現化していた。
 明日は犯人探しを行って、黄瀬の目の前で謝罪させると心に決める。それは口に出さずとも、笠松と三年乃至二年共に居た彼らにはしっかりと伝わったようだ。
「オレ達の大事な黄瀬を傷付けた罪は重いよなぁ」
「黄瀬の心配事はオレ達で摘んでやるさ」
「オ(レ)もや(り)ますよぉっ!」
「黄瀬はオレ達が守る」
 残念と言われる森山も、地味と言われる小堀も、暑苦しいと言われる早川も、鬼と言われる笠松も、皆の瞳の奥には同じ色をメラメラと灯している。
 メンタルケアはアフターケアも充実しているのだ。
 その心が傷を付けるのならばいつだってその隠されたSOSサインを見付けてやる。そんな心意気は知られなくて良い。その代わり、どうか笑っていてくれと彼らはただただ願うのだった。



【甘/海常メンバーにべたべたに甘やかされる弱メンタル黄瀬くん】
海常が好きです。
誠凛の先輩らも頼もしいですが海常の先輩はもっと頼もしく見えます。贔屓目でしょうけど(笑)
黄瀬は海常に溺れてしまえと思います。

>こんにちは、初めまして。
この度は当企画にご参加いただきありがとうございます。大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
拙作にお目通しいただけて大変恐縮です。きのこ様のコメントに随喜致しております。(ふおおおおっ//)
これからも温かく見守ってください。
リクエストありがとうございました。


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