海黄


 とうとうオレは最高学年になった。海常のエースになると決めて三年が経ち、今や笠松センパイと同じ任を背負っている。あんな風に頼れる主将として皆を引っ張って行くことは無理だ。けど、オレにはオレのやり方がある。そう数ヶ月前に卒業していった早川センパイとチームメイトが教えてくれた。
「黄瀬っ」
「あ、玲司れいじ
 過ごしやすい日々が続き、最近の昼食は専ら屋上だ。別に示し合わせた訳ではないが、オレが屋上に向かう際副主将の砺波となみ玲司と偶々会い芋づる式にと言えばいいのだろうか、気が付けばレギュラーがそこに集まるようになった。その中に来年辺りはスタメン確実と言われ最近ちょくちょく公式にも出る一年が入るようになったのは一週間程前だ。
麻生あそうは? 黄瀬、同じクラスだろ」
弘樹ひろきは購買行ってから来るって」
 昼休み開始直後にダッシュして行ったクラスメートの姿を思い出す。弘樹は小堀センパイより少し高いくらいの長身で寝癖にも見える外ハネの茶髪だ。玲司はオレより低いくらいで、笠松センパイを思い出させるような黒い髪に意志の強そうな目をしている。少し吊り目気味だから無言で睨まれると背中がピンと張ってしまう。それは彼の怒らせた時の怖さを知っているからだ。
「涼太先輩だ!」
「涼太先輩だ!」
 バンッと音を立てて開いた扉の向こうには同じ身長の瓜二つな顔と声をした一卵性双生児の多岐川夕たきがわゆうようが居た。どちらも一つ下の二年だ。
 一年のWCで膝を壊しリハビリ漬けの日々が続く。彼らが入部した時もオレは練習さえ出ない日が続いた。それでもエースだったオレに敵意を剥き出しで隠そうともしない。当然かな、とも思っていたけれど復帰したオレの試合を見て少し考えを改めてくれたらしい。
 髪の毛の分け目を変えるとかもしていないから見た目はそっくりだが、はっきりと区別は付く。どうもそれが切欠のようで、以来かなり懐かれた。
「あ、砺波さん。っちわ」
「っちわー」
「俺は序でか」
 玲司の睨みに二人が同時に言い訳を始める。一言一句違わぬそれにオレも玲司も噴き出した。
「打合せしたんスか」
「ホント阿吽の呼吸だよな」
 こてんと同じ方向に首を傾げる二人は本当にタイミングもバッチリだ。彼らのそれは試合でもかなりの武器になる。
「おー! もう揃ってんじゃーんっ」
「僕は先輩に捕まらなければもっと早く来られましたけど?」
 双子が開けっ放しにしていた扉から一年の英智はなぶさあきらを連れた弘樹が姿を見せる。後ろ手に扉を閉めれば後輩を半ば引きずるように此方に来た。
「大量だな……」
 玲司の言葉は今し方やって来た二人に対してだ。
 部内で最も背の高い弘樹と最も背の低い智は大食漢だ。火神っちも凄いが彼らも負けてない。早弁した挙げ句袋一杯の量を食べるのに足りないと言う。
「早食いはしない主義なのに時間内に食べきるんスも……ん?」
 言葉の途中でポケットの中の携帯が震える。ディスプレイを確認するや否やオレは慌てて電話に出た。第一声は裏返り、相手に笑われる。
『何慌ててんだよ、黄瀬』
「かっか、かか笠松センパイ!!」
『今、昼休みだよな?』
「はいっス!」
『明日森山と小堀と早川連れて放課後行くから宜しく』
「あ、えっえ!? マジっスか? ホントに?」
『監督にも言っといてくれ。無理してたらシバくぞ』
 懐かしい響きに思わず破顔する。
 明日センパイ達に会える。今のオレを見て何て言うかな。笠松センパイみたいな主将にはなれなかったけど、オレは主将として皆を引っ張るよりエースとして皆の前に立つ方が性に合ってるみたいだから。オレの背中を叩いて、代わりに引っ張ってくれるのは今の副主将に任せっきりだけど。それでも呆れないで居てくれるかな。
 電話を終わらせて皆に会話の内容を言えば玲司と弘樹は喜んでいた。智はまだ一回しか会って無いからいまいちピンときていないらしく小首を傾げている。夕と陽は揃って唇を尖らせ不機嫌そうな顔をしていた。
「二人ともどうしたんスか?」
「あの人達が来るとか」
「ちょっと気が滅入るって言うか」
 はて。この二人はセンパイ達が嫌いだっただろうか。もしそうならそれは凄く悲しい。
 オレが情け無い顔をしていたからか、二人は慌てた様子で言葉を加えた。
「だ、だって! OBが来たら涼太先輩取られちゃうっ」
「俺達だって涼太先輩と一杯ベタベタしたいのにっ!」
 それが寂しいのだと言って二人して抱き付いてきた。
 なんだ。そう言う事だったのか。
 オレは安心して自然と笑顔が零れた。頭を撫でれば額をグリグリとお腹に擦り付けては甘えてくる。
 そんな二人の首根っこを掴んで勢い良くオレから引き剥がしたのは弘樹だった。笑顔だけどどことなく笑っていないような。気のせいかもしれないが。
「お前らいい加減にしないとセクハラだぞー」
「違いますぅ」
「スキンシップですぅ」
「先輩方ばっかり狡いですよ!」
 ギャーギャー賑やかになる仲間達を呆れた目で見つめながら玲司が溜息を吐いた。いつだって部内の鞭は彼に任せてしまっている。
 オレはどうも叱ると言う行為が苦手らしくてそう言うのは向いてない。玲司曰わく「叱ると怒る、キレるは違う。お前の後者は手がつけられない」のだそうだ。全く以て意味が分からない。
「皆仲良しっスねー」
「そうだな」
「あれ。黙認するなんて珍しいっスね」
「黄瀬」
 名前を呼ばれて視線を前から右へと移す。そこには同じくオレの方に顔を向けた玲司が居た。
「先輩方は、お前の足を心配してるんだよ」
「え?」
「勿論、俺もあいつらも部員全てな」
「玲司?」
「俺達は二度とお前に辛い思いはさせない」
「……」
 何を言わんとしているかなんて直ぐにわかった。けど、それを語る瞳があまりにも真っ直ぐで真剣だったからオレは二の句が出て来なかった。
「さて」
 玲司が腰を上げる。その目はしっかりと前だけを見据えていた。
 その目に映るのは何なのか。
「お前らいい加減にしないと一週間黄瀬に触るの禁止だからな!!」
「ちょっ!」
「はぁっ?」
「砺波先輩っそれは酷いです!」
「おとーちゃんの鬼ぃっ!」
「はい、麻生アウトー」
「鬼ぃぃいっ!」
 初めこそ性格に難有りなオレだったけど、センパイ達に出会って負けを知って仲間を知って決別じゃない別れを知って沢山の温もりを教えて貰った。そんなオレが居るのは全部センパイと彼らのお陰で、海常の一員となれたのも海常のエースとなれたのも此処まで来られたのも全部、全部。
「ちょっとちょっと! オレだけ除け者とか寂しいんスけどーっ!」
 ありがとう。



【3年生設定で、キャプテンになった黄瀬を見守る&支える海常メンバー 先輩、後輩、タメを問わず愛される健気でがんばり屋な黄瀬】
このモブの出しゃばり率よ。
先輩の前では矢張りわんわんおな黄瀬が出るんだと思います。入口に姿が見えたら飛び付いて結局笠松にシバかれたり。そんな笠松を多岐川兄弟が敵視したり。英が黄瀬を殴る何てギリィでもあんな自然なスキンシップが取れるなんて凄いああOBに囲まれて嬉しそうな黄瀬先輩マジ天使癒やしって思ってたり。何だかんだOBの前だと緊張する砺波とか。実は一番度胸あって常識人で冷静なのは麻生だったりとか。
モブ海黄は捏造しまくりで楽しいです。

>こんにちは。
この度はお祝いのお言葉並びに企画へのご参加ありがとうございます。
拙文をお気に召されたようで大変恐縮です。わざわざ貴重なお時間を割いてまで日参してくださりありがとうございます。来て良かったと思って頂けるよう日々精進して参ります。
お気遣い傷み入ります。
リクエストありがとうございました。


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