笠黄


 生意気な後輩が入った。厳密に言えば生意気で可愛げが無くひねくれていてやたら距離を置きたがる見てくれだけは良い後輩だ。他の新入部員は当然距離を置いているし二、三年は早々に気に入らないと敵視している。
 けど、誰も何も言えないのはそいつが何の為に海常に呼ばれたのかって事を嫌という程良く理解しているからだ。
 キセキの世代・黄瀬涼太。そいつがオレらが獲得した優秀な人材だった。まさか性格に難ありだとは思わなかったが。
 奴の席は初めからスタメンと決まっている。他の奴らは鎬を削ってレギュラー争いをして漸く勝ち取った場所を、黄瀬はそれが当然の様にそこに座る。黄瀬が入った事によりスタメンから外された部員は一際コイツが気に食わないようだ。
 気持ちは分かる。だが実力主義だ。そこは気休めの言葉を掛けた所で何のフォローにもならない。しかし怒りの矛先は常に黄瀬に向いている。その事を知りながらオレは大きな問題が起きない限りは仕方がないと見てみぬ振りをしてきた。
「なぁ、今の……」
 それは模擬試合をしていた時だった。
 今のは明らかに黄瀬がフリーでパスをする場面であったにも拘わらず、出さなかった。スタメン落ちしたあの部員が。
 結局、さっきのは相手にカットされて得点には繋がらない。
「あぁ。今の、は……」
 森山の呼び掛けに答えようとした時、オレは見た。一瞬だったけれど、黄瀬の目が冷たく感じるそれをしていたのだ。酷く冷めた、何かを諦めたような眼。
「あー別にいいっスよ。パスくれなくても。ボールは自分で取りに行くっス」
 それからは本当に言葉の通りだった。相手のボールをスティールし、牛蒡抜きでボールをリングに潜らせる。無双状態だ。
 将に圧巻。改めで黄瀬の凄さを見せ付けられた気がする……って。
「それじゃあダメだろ!」
 そう、今はプレイ状況から如何に的確な連携をしていくかをモニター中だった筈だ。これでは本末転倒である。
「オイコラ黄瀬ぇ!!」
「イッテ!」
 ホイッスルを鳴らして試合を中断させる。コートの中に入るなりオレは黄瀬の背中を蹴った。加えて連続で肩パンをお見舞いする。
「模擬の目的忘れてんじゃねーぞコラ!」
「イタイッ」
「お前もだ! 練習中に私情を挟むなっ」
 黄瀬だけが悪いんじゃない。だから発端の部員への注意も忘れない。
「お前は外走って頭冷やしてこい。小堀、悪いが黄瀬の方に入ってくれ。森山は小堀の代わりにそっちな」
「分かった」
「了解」
 小堀がビブスを脱いで森山に渡す。森山の準備が出来た所でオレは再開のホイッスルを鳴らした。

 部活が終了してそれなりに時間が経った頃。オレが監督の所から部室へと戻る際、施錠された体育館の入口前に人影を見た。照明は無く遠目からは見えないが部室棟の明かりで近付けばその仄暗さから判別はつきそうだ。
 しかし近付く前にオレは声でそれが誰なのかを知る。
「お前がウチに来なけりゃ俺はッ」
「じゃあセンパイがスタメン張ってたら海常は強豪のままでいられるんスか? オレが居なくてもキセキの世代と渡り合えるんスか?」
「……ッ」
「キセキで一番下っ端のオレにスタメン取られたってことは他のキセキと戦うには戦力外ってことなんじゃないスか?」
「っテメェ……」
「そこまでだ」
 相手が黄瀬の胸座を掴んだところで制止の声を掛ける。双方目を丸くしてオレを見ている辺り余程驚いているらしい。
「その手を離せ」
 冷たくもなく温もりも感じられない、一切温度の無い声が出た。自分でも驚く程には冷静過ぎる。
 部活中突っかかってたそいつは外周に行かせただけじゃ頭が冷えなかったらしい。まあそれもそうか。
「取り敢えずお前はもう帰れ。明日、改めて話し合おう」
 それだけ言えば素直に――けれども乱雑に――黄瀬を解放する。無言で一礼だけしてその場を離れた。
 姿が見えなくなってからオレは黄瀬に改めて向き直る。
「大丈夫か」
「……はあ」
 何だか苛っとしたので一発肩パンをくれてやる。痛くしてんだばーか。
「ちょっと来い」
「はい」
 元々オレが向かう筈だった部室へと移動する。黄瀬を適当に座らせると、オレは自分のロッカーを開けた。
 ゴソゴソと荷物を纏めながら話を再開させる。
「お前な、モデルやってっから世渡り上手いんだろ? わざわざあんな言い方したら逆上する事くらい分かんだろ」
「……スンマセン。以後気を付けるっス」
「だからって自分の感情全て押し殺せって言ってんじゃねぇよ」
「どういう意味っスか?」
 不機嫌そうな声が室内に響く。
「さっきの『気を付ける』にはどーも『面倒事は嫌なんでもう何も言わない』って聞こえる」
「……」
 沈黙は肯定と受け取っていいだろう。
「言いたいことがあるならハッキリ口に出せばいい。但し、言葉は選べ」
「けど、何言ったって反感買われるし」
「そりゃ今はな。皆まだお前の存在に戸惑ってんだよ」
「オレは別にいーっスよ。こう言うの慣れてるんで。そもそもオレ使って勝てばそれで良いわけじゃないスか」
「バカかお前は。言って駄目なら文句を言わせねぇプレーを見せろ。後、これだけは叱っとく」
 ロッカーを閉めて黄瀬と視線を絡める。普段は見上げるからかどこか新鮮だ。
 さっきのはお叱りに入らないんスか? なんて言ってたがスルーした。
「お前はもう海常の黄瀬だ。海常のエースだ。まだ一年で、上には先輩も居る。他が無理だってんならオレがお前の話を聞いてやる。だから、少しは頼ることを知れ」
 そうハッキリと言ってやれば先程と同じようにキョトンと目を丸くした。けれども直ぐに目を逸らされ長い睫毛を伏せる。皿に無言だ。
 しかし一瞬。本当に一瞬だけ、何故だかは分からないがあいつの背後でふわりと揺れる獣の尻尾が見えた気がした。オレも疲れているのだろうか。
 その日はそのまま先に黄瀬を帰した。
 その翌日のことだ。
「笠松センパイっ! おはようございますっ!」
「あ、え? ……はよ」
 部室を開ければ昨日と同じ場所に座っている黄瀬が居た。確かにちゃんと帰らせた筈だがまるでずっと待っていましたと言わんばかりの態度につい、まさかと思ってしまう。
 オレが固まっていると黄瀬は訝しみながら「センパイ?」と遠慮がちに訊いてくる。
「お前、ちゃんと昨日帰ったよな?」
「はいっス。センパイが見送ってくれたじゃないスかー」
 忘れちゃったんスか? と問うてくる黄瀬の眼がどこか寂しそうだった。下手なことを言ってしまったら泣くんじゃないかと思わせる。
「そうだよな。なら、いい」
「変なの」
 変なのはお前だよ! なんて喉まで出掛かったが何とか堪える。
 しかしどういう心境の変化なのか、黄瀬の表情は昨日までのこいつとは比べ物にならないほど柔らかい。それにあの冷え切った瞳は面影も無かった。
「センパイ」
「ん?」
 取り敢えず着替えないと。もう直ぐ他の奴らも来て賑やかになるだろうからさっさと退室しなければ。
 そう思って昨日と同じく黄瀬に背を向け脱ぎ始める。すると背中に投げかけられた少し、不安そうな、探るような声音に思わず腕を止めた。
 返事がぶっきらぼうだったかもしれない。
「今日、オレとワン・オン・ワンして、欲しい……んス、けど……」
 尻すぼみする声にオレは振り返る。バチ、と合った目はその瞬間に逸らされた。
 黄瀬が慌てて取り繕うように立ち上がり、ヘラリと笑う。それが無性に腹が立った。
「あ、いやっスンマセン。やっぱりいいっス。センパイも忙しいし……我が儘言ってスンマセンでした。オレ、もう体育館行くんで!」
「黄瀬っ!」
 大きくなった声は聞きようによっては怒声と思われたかもしれない。恐らく黄瀬はそう感じたのだろう。
 ビクッと肩を跳ねて扉付近で足を止めた。
「全員が揃うまでやるか」
「え……?」
「直ぐ着替えて行くからさっさと準備しとけ」
「あ、の……」
「返事!」
「……っ、はいっス!!」
 初めてみた黄瀬の笑顔は眩しくて、胸の辺りからじわっと温かくなるような気がした。
「何だあいつ。あんな顔も出来んじゃん」
 パタパタと出て行く背中を昨日のように見送りながらふとそんな事を呟く。
 まだ海常の奴らは見たことが無いのだと思うと心なしか優越感がオレの中に広がった。



【入部したてでツンツンしている黄瀬がデレていく】
これはツンなのかどうなのか。
警戒心の強い犬猫が、自分には警戒心を解いて懐いてくれると嬉しいですよね。
ここからブリーダーが手腕を披露していくんですねきっと。
躾はきちんとする笠松だと思います。
リクエストありがとうございました。


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