宇海楊様


 浮いてると思ったのは入部したその日だった。中学と違って似たようなレベルの人は居なくて――まあ当然っちゃ当然なんだけど――しかも地元人でもないから余計に浮いた。更に俺の模倣能力がそれに拍車を掛ける。本当にそうだから口で説明する手間も省けるだろうに《見れば出来る》と言えば距離は開く一方だった。
 それは仕方がないしだからどうと言う訳でもない。俺は今まで通りバスケをするだけだ。
 そんな矢先、俺は初めて本気で人を好きになった。多分初めから惹かれていたんだと思う。立場上仕方無くかも知れないけれど唯一普通に接してくれた人。こんな俺を受け入れてくれた人。

「笠松センパイっ!」
「あ?」
「部活終わったら俺と一対一しないッテ! イタイっス!」
 誘いを蹴りで答える人を初めて見た。あの青峰っちですら口答だったと言うのに。
 半分涙目になりながら尚も背中を踏みつけてくる笠松センパイを見上げる。
「何スか……?」
「誘う前に挨拶しろ遅刻に対して謝罪しろそれ以前に着替えてから入って来いこのバカ!」
「スマッセーン」
 笠松センパイは直ぐに殴るわ蹴るわ暴言吐くわでこれだけ言えば最低な人間だけど、その現場を見れば誰だって納得する。それくらい愛されてるって伝わるんだ。
 でも、だからこそ俺は不安にもなる。
 あれは一週間前のことだ。友人と昼食を食べていた時、他校生と付き合っていると言う彼が愚痴を零していた。内容は勿論彼女のこと。初めは他人事だと思っていたが聞いている内に俺の中に不安ばかりが凝縮された蟠りが生まれる。
――俺だって部活とかで忙しいし疲れてんのに放課後デートしたいとかで校門に居るんだぜ? マジ勘弁しろって感じ。
 あれ?
――嫌だっつーのにしつこいし煩いし更に疲労感増すわ。
 あれれ?
――しかもバレー部だからデカいデカい。可愛げも何もねーし。その癖乙女思考とかマジ気持ち悪い。ねーわ。
 どうしよう。
――良く泣くのもウザい。泣き顔不細工。それからバカなのもウザい。あの何も考えてない感がムカつく。いっつもヘラヘラニコニコ笑ってんの。こないだ流石にムカついたから一発殴ってやったら酷いとかテメェが原因だっつーのに全然気付いてないしマジバカ過ぎて有り得ね……ってうわっ、黄瀬!?
 話を聞いていたら涙が零れ落ちた。焦る友人達に心配されるも止め処なく流れる。一言一言がグサグサと突き刺さり胸を抉る。他人事なんかじゃなかった。
 バカだ。どうしよう。
 自分の事でいっぱいだった俺は気付けなかった。
「おい」
 そんな事があってから一週間。ひたすら俺は出来るだけセンパイから距離を置いた。本当は抱き付きたかったし一対一もやりたかったしいっぱい話したかったけど、それも全部我慢した。
 だけどそれもたったの七日間で終了のブザーが鳴った。
 部活が終わって自主練に入ろうとボールの入った籠を引っ張り出していたら、反対側から笠松センパイがグッと引っ張って籠が動かない。そして不機嫌そうな――否、事実眉間にも皺を寄せて心なしか目つきも鋭かったから不機嫌なのだろう――声で呼ばれた。
「は」
「どういうつもりだ」
 せめて《はい》の二文字くらいは言わせて欲しかった。
 言葉を直ぐに被せたセンパイは俺を見る。籠一つ分距離を空けているにしろ俺の方が身長はあるから些か目線は下になる。それでも見上げてくるセンパイは決してお世辞にも《上目遣い》とは呼べない目をしていた。
「あの、何が」
「一週間」
 その単語にビクッと反応する。心当たりが自分でもあるからだ。それを見たセンパイは籠に掛けた手に体重を乗せる。これで益々動かすことは困難になった。
「俺、お前に何かしたか?」
 無言で首を左右に振る。
「口で言え」
「して、ません」
 何だか苦しくなって目を逸らす。だけどそれすら許してくれない。
「俺の目を見ろ」
「……っ」
 真っ直ぐに俺を見てくるセンパイはいつだって俺を真正面から見てくれる。真正面からぶつかって真正面から受け入れる。例え俺が背中を向けても絶対に振り向かせられてしまう。
 ふ、と力が抜けて行くのが分かった。見ればセンパイの籠に触れている手が右手だけになっている。
「言えよ。聞いてやるから」
「でも……」
「さっさと言え。練習時間無くなんぞ」
「うぅっ」
 それを言われると困る。その気持ちが言い澱むと言う形で素直に出てしまった。
「じゃあ、俺から言う」
「え?」
 センパイがボールを一つ手に取ると器用にハンドリングをする。バスケ歴漸く三年目の俺とは違う。二年早く生まれて、俺よりも長くバスケに触れたからこその滑らかな動きだった。
「俺は別れる気何かねーぞ」
 手首にあったボールを真上に上げてキャッチしたタイミングでそれを言う。
 ボール捌きに見とれていたのかセンパイの言葉に耳を疑っていたのか自分でも分からないくらい反応が遅れた。
「へ?」
「だから」
 別れる気は無い。
 俺とは違い直ぐに言葉を紡いだセンパイはハッキリとした声で、俺の目を見据えて言った。
 頭の中で言葉を咀嚼すると段々顔に熱が集まる。
「お、俺、だって……」
「あ? そうなのか?」
「な、何でっ、そんなっ」
「一週間俺の事避けてたろ」
「そ……れは」
「別れるつもりはないってことは他に理由があるって事だな。観念して吐け」
「や、でも」
「どうせくだらない事で悩んでんだろうが」
「なっ!」
 挑発なのか特に意図しない言葉なのかは分からないがしかし俺は今のでムキになり半ば自棄になっていたのは事実だ。
「クラスの人が彼女がウザいって愚痴ってたんスよ。疲れてるのにしつこく誘ってくるとかデカくて可愛げ無いとか泣き虫で泣き顔不細工とかバカなのがムカつくとか。何か全部他人事に思えなくてっ、かさっ、笠松センパイもっ、そ……思ってたらど……しよ、ってぇ」
 顔に集まっていた熱はいつの間にか目に移動していたらしい。話を聞いていた時のように涙が生産される。
「くっだらねー」
「っ!」
 憮然とした声が俺の嗚咽に混じって体育館に反響する。
「そりゃ俺の疲れ一切合切無視して一対一誘ってしつこいし俺よかデカいし泣くし泣き顔何か不細工所じゃねぇしどうしようもないバカだもんな、お前」
「うっ、ぇ」
「バカだから気付かなかったんだろ」
「も、い……ス。今っ、気付い、た」
「まだ何も気付いてねぇよバカ」
 泣き止まないと。センパイに迷惑ばかり掛けている自分が心底嫌になる。何で結局泣いているんだろう。こんな筈じゃ無かったのに。
「そう言うの、全部ひっくるめて好きだっつってんの」
 途端に胸座を掴まれて引っ張られる。うわっ、と驚く前に俺の唇はセンパイのそれと重なっていた。
――どうしよう。
 一瞬止まった涙が唇から伝わる熱を感じ始めると再び溢れ出した。
――幸せ過ぎて止まらない。
 今日はもう、自主練は諦めようと思う。
「あのさ」
「何スか?」
 今、俺達は学校の校門を潜り抜けた所だ。あれから結局時間が来てしまい何も出来ず終いで部室に戻った。
 街灯に照らされながら笠松センパイが口を開く。
「その友達がどういう奴かは知らねーけど、彼女の話してる時の顔、ちゃんと見たか?」
「え? 顔?」
「思い出してみろよ」
 うーんと頭を捻りながら目を閉じる。だけど歩く足は止めない。センパイが、
「危ねーぞ」
 と言いながらも手を繋いでくれて優しくリードするから全く怖くない。だから俺は安心して黙考に耽る。
 無関心から始まった俺、だけど次第に自分に余裕が無くなっていた。だから無関心の時しかきっとまともに相手の顔を見ていない。
 そう言えばあの時は無関心ながらも一つだけ疑問を抱いていた気がする。だけど愚痴るのを中断させるのは良くないと思って最後に訊こうとしてたんだ。けれども結局自分のせいで訊けず、挙げ句今の今までその疑問を忘れていた。
「あ」
 そうか。そうなんだ。
「思い出したか?」
「笠松センパイ……」
「ん?」
 同じ顔をしてた。今の笠松センパイと、彼女の事を話す彼。あの時、疑問をぶつけていればこんなに迷惑を掛けることも無かったのかも知れない。
 だってあの時の、彼女の事を話している時の彼は――
「俺と居て幸せっスか?」
「当然だろ」
――凄く、幸せそうに笑ってたんだ。

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