桃+キセ黄


 賑わいを見せる都内某所の居酒屋にて、それなりに広い奥の個室を陣取るのは嘗てキセキの世代として謳われ時に共戦し、時に敵対した六人とそんな彼らを支えてきたマネージャーである。
 先ずは飲み物から注文するのは初歩的な事だ。宴会何かの大所帯でビールを頼む人数が多ければジョッキではなくピッチャーで持って来られるのだが、今回はそんな大人数でもないしビールを頼んだのは青峰のみだ。
「バニラシェ」
「イクはどこの居酒屋にも無いだろ、テツ」
「もしかしたら裏メニューであるかも」
「あ、この店はあるっスよ」
 黒子の頼む物と言えば決まっているのだがそれはジャンクフードのチェーン店にある筈の物だ。しかし青峰が正論を述べたにも拘わらずそれをあっさりと黄瀬が覆す。当然発言した黒子を含む六人が彼を驚いた顔で見た。
「マジバとは味が違うかもしんないっスけど、この間の飲み会で寄ったスタッフが面白半分に頼んだら『かしこまりました』って言ってマジで持って来たんスわ。しかもまさかのジョッキにストローっスよ」
 その時の様子を思い出したのかぷはっと笑い出す。制服を脱いでそれなりになるが彼は日に日にキレイになっていくと皆は感じていた。
「じゃあボクはバニラシェイクで」
 もし美味しかったら贔屓にします。なんて相変わらずの無表情で言う。しかしどことなく期待に満ちた表情だ。
「私はカシスオレンジにする」
「女ってどーしてこうカシオレ頼みたがんだよ」
「いいじゃないっ美味しいんだから!」
「どーせ『カシオレ頼む私カワイー』とか勘違いしてんだろ」
「ヒッドーイ!! 大ちゃんのばかっ!」
「まぁまぁ。オレはラブレ・ロワ・モルゴンにしよっかなー」
「はぁあっ!?」
 桃井の注文にケチつければ横から黄瀬がカクテルを選ぶ。まさかのチョイスに青峰は眉根を寄せた。
「何スか?」
「おまっ、ワインかよ! どこのルネッサーンスだよ」
「芸人扱いしないで欲しいんスけど! 超人気モデルっスよ? これ肉料理には合うんスよ。後で飲むスか?」
「貰う。つかいつだったか生で乾杯してた写真載っけて無かったか?」
「オレ基本何でもイケるんスよ。あんま数は飲めないんスけど」
「好みは人それぞれなのだよ。オレは梅酒ロックだ」
 お酒に強い者にとってはカクテルも酎ハイもジュース同然で、あまり好んで最初に頼む者は少ない。そして青峰もその一人である。
 緑間は何となく予想していたようで大して驚きはしない。
「お前いっつも最初は梅酒だよな」
「飲みやすいからな」
「オレ富乃宝山のお湯割ー」
「初っ端から焼酎ですか」
 お菓子を好む紫原こそカクテルを好みそうだが意外と始終強めの物を口にするらしい。
「赤司っちはどれにするっスか?」
「新正佐藤卯兵衛大吟醸生酒」
「え?」
「新正佐藤卯兵衛大吟醸生酒」
 乾杯の酒がまさか日本酒だとは思うまい。しかし赤司らしいと言えばらしい。今日の服も和服で、カクテルや生中よりは余程様になる。
「見事にバラバラですね」
「でもなんか、みんなの個性がそのまんま出たって感じかも」
 昔からそうだった。我が強い者同士が集まり、纏まりなど無くバラバラだ。しかしバスケと言う大枠の中で繋がっていた。
 今し方彼らが選んだ物も種類は違えど大枠で囲めば同じである。
「青峰っちだけっスねー、バスケ続けてんの」
「まあ、青峰君からバスケを取ると何も残りませんから」
「オイコラテツテメェ」
 当時エースだった彼も今ではプロのプレイヤーとしてチームに貢献している。既に来年度からはアメリカへと移籍を決め、拠点を移す。もう半年もないが、調整等もあるので実際日本に居る期間はもうそんなに無い。
 スポーツ雑誌やテレビ番組にも度々出ていた彼の知名度は鰻登りである。
「そう言う黒子は今や人気小説家なのだよ」
「いえ、あれは編集の方々のお陰なので」
 黒子はデビュー作からここ数年、連続で毎年何かしら賞を取っている。直森賞や芥山賞を取っては相変わらずの影の薄さで会見ではいつもメディアやお茶の間を驚かせていた。
 そんな彼のやや毒舌混じりの男前発言満載と若い人に人気のエッセイは重版が掛かる程だ。
「ミドチンって医者になってまだ長くないんだよねー?」
「医学部は四年制では無いからな」
 若き医者として都内の大学病院で働く彼は今現在論文の作成に追われている。なかなか忙しいようだ。
 噂ではその腕の良さと卒業論文で医学界に名を馳せ、海外の有名大学附属の病院からヘッドハンティングされているとかいないとか。しかし現在手を着けている論文のこともあるので仮に事実でも十中八九蹴るだろう。
「敦だって本場で学んだだけあって、随分評価されているじゃないか」
「評価とかは別にいいけど、店に居るとみんなに会えるからいーよねー」
 紫原は製菓の専門学校を卒業した後、その足でフランスへと足を運んだ。そこで数年間西洋菓子について学び、若くして日本で自分の店を持ったのが凡そ二年前のことである。和洋折衷の斬新なスイーツと紫原のキャラクターがウケ、客層は主に女性だが十代からお年寄りまで幅は広い。
 近々二号店が開くらしい。
「赤司っちは今や日本の将棋ブームに火を点けた男っスからね!」
「そんな大したことはしていないよ」
 タイトルも名人も防衛し続けている赤司は将棋に興味の無い若い女性からの認知度も高い。それもその強さと容姿が大きな理由だろう。棋士としては初の女性ファッション誌で取り上げられた人物でもある。
 育てる事に長けている赤司としては珍しく弟子はまだ取っていないようだ。しかし棋院や将棋部の大会等には足を運んでいる。
「黄瀬はずっとモデル続けてんのな」
「まあオレの場合バスケは諦めるしか無かったし。でもモデルしてんのも好きなんで、一本に絞れて返って良かったかもしんないっスね」
 眉尻を下げて笑う黄瀬は高校でバスケを辞め、モデル業に専念していた。今までセーブしていた分を取り戻すかのように雑誌で見ない日は無い。昔と変わらないのは雑誌と専属契約を結ばない所だ。そして、スキャンダルが一切無いとしても巷では有名である。
 そんな彼は先月フランスであった大きなファッションショーでランウェイを歩いてきたばかりであった。勿論それは大々的に報道され、瞬く間に知名度が上昇しては話題を攫う。
「きーちゃん……」
「桃っちも敏腕美人ジャーナリストとしてテレビに引っ張りだこっスね!」
 桃井の正確な情報収集と的確な指摘や意見が今現在注目を浴びている。『美人過ぎるジャーナリスト』としても度々特集を組まれていた。
 近況報告は彼らにとって良い肴になる。と同時に時間の経過を物語っていた。
「黄瀬」
「何スか、青峰っち?」
「暇な時は相手しろよ」
「え?」
「ボクも締切が過ぎたのでそろそろ体を動かしたいです」
「論文の息抜きには最適なのだよ」
「オレも今度休み取ろー」
「来週の水曜日は偶々空いているんだが?」
 にこりと全てを見透かしたような笑みを赤司が浮かべる。それに倣うように青峰も黒子も緑間も紫原も、そして桃井も笑った。
「涼太、バスケしないか?」
 何年経ってもこの気持ちは変わらないのだと、黄瀬の瞳から零れ落ちた透明の雫が雄弁に物語っていた。



【数年後設定でキセキ達が久しぶりに会う。】
数年後、久しぶりときたら居酒屋へと思考が直結しました。庶民脳ですね。
裏設定としては、お酒の種類がかなり豊富な居酒屋です。料理の種類<飲物の種類。バニラシェイクはオリジナルのようですよ。デザートにバニラアイスがあるので売らないメニューとして作ってみました的な軽いノリだといいです。
個人的に赤司に「タンタカタンッ!」とリズミカルな名前を言わせたかったのですがどうしても日本酒にしたくて諦めました。
余談ですが私はカシオレが苦手です。と言うかお酒は専らファジーネーブルしか飲めません。カルーアミルクとかのミルク割系統は全体的に無理ですね。
リクエストありがとうございました。


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