青黄


 オレは性格が悪い。そう自負出来るくらいには自覚している。
 寄ってくる人に笑顔で対応しながらも内心は酷く冷え切っていて、悪態をついたり失礼極まりない事を思ったり見下したりと手に負えない。
 けれどもここ最近はバスケと出会ってから、青峰っちと出会ってからはそんな自分でいる時間も少なくなった。そう、思っていた。
「青峰君! またおばさんに言ってなかったでしょ!」
「あー忘れてたわ」
「もうっ!! 昨日偶々お母さんがおばさんに会ったから良かったものの」
「っせーなぁ。無事伝わったんだから良かったじゃねーか」
「青峰君っ!」
「へーへー次からは気を付けるって」
「それ何回目だと思って」
「おー黄瀬ぇ、ちょっと付き合え」
「ワン・オン・ワンっスか!?」
「あ? あーまぁいっか」
 最近、オレはまた笑顔でいながら内心無感情でいることが多くなった。それには条件があるけれど。
 桃っちが青峰っちの幼なじみと言うのはもう知ってる。だから女の子なのに青峰っち相手に物怖じする事無く言えるのだと納得したのは随分前だ。けれどその幼なじみでありながら女性として抜群のスタイルと回転の早い脳を持っている彼女にオレはいつしか黒い感情を抱くようになった。
 それはオレが青峰っちと付き合うようになってから。
「お前、何か機嫌悪くね?」
「え、そーっスか?」
「いつもと笑顔が違ぇ」
「疲れが出ちゃってるのかも知れないっスね。赤司っちのメニュー鬼っスもん」
「ふーん。まあ、無理すん」
「青峰君、ちょっといい?」
「おー。今行く」
 部活も終わりややあって青峰っちと雑談していた。オレを心配してくれるその優しい掌が額に触れる――寸前でそれは拳へと変わりオレから離れる。その引き金を引いたのは紛れもない幼なじみの声だ。
「お疲れ様っした」
 オレの声は彼には届かない。
 さっさと着替えて部室を出る。校門を出ていつも立ち寄るコンビニを素通りする。その間、ずっと脳内のスクリーンに映し出されていたのは敏腕マネージャーだ。
 オレと違ってずっと前から青峰っちの傍に居る。オレと違って頭が良い。オレと違って女の子で胸がある。オレと違って、
「性格ブスじゃない」
 いつだったか青峰っちに『片耳ピアス』と見知らぬ高校生に紹介された屋外コートが見える。何となく足を運べばそこには案の定誰も居なかった。
「女々しいし欲張りだし重いし」
 きっとこれならバスケと出会う前の方がまだマシだったかもしれない。
 こんなに辛い思いをするくらいなら。何の罪もない彼女を厭わしく思うくらいなら。初めからこんな気持ち、知らなきゃ良かった。
 第一オレは桃っちに黒い感情を持っても嫌うことなんて出来ない。彼女がどれだけ良い人か知ってるから。バスケ部にとっても青峰っちにとっても、オレにとっても大切な人だから。
 今、オレがこうして青峰っちと付き合っているのだって桃っちが沢山相談に乗ってくれて背中を押してくれたからだ。一番近くで応援してくれたからだ。
 オレは、桃っちを嫌うことも青峰っちを諦めることも出来ない。だけど仲良くしている二人を見るとどうしたって最低な自分が出て来る。
「やっぱ、無理っスわ」
 オレに本気の恋愛なんて最初から無理だった。向いてないんだ。こんなに苦しい思いをしてまで人を好きになった事が無いオレにはハードルが高すぎる。
「サヨナラ、青峰っち」
――明日からはまた“ただのチームメイトの黄瀬”として普通に接してくれたら嬉しいっス。
 ディスプレイに表示された『送信されました』の文字を見て、オレは携帯の電源を落とした。
「ワン・オン・ワンしてくれっかなー」
「やらねーよ」
 携帯をブレザーのポケットに入れる。フェンスの扉を開いて一歩中に足を踏み入れれば背後から返事が返って来た。
 背中越しに伝わった機嫌の悪さを顕著に出した低い声、走って来たのか息切れを起こす程の荒い息、振り返らずとも分かる鋭い視線にオレの肩は一瞬びくりと跳ねる。
「今のお前とはやってやんねー」
「ハハッ。ひでーっスねぇ」
「たりめぇだろ」
 一歩一歩確実に近付く靴音にオレは身を強ばらせる。けれどもそうした所で青峰っちが足を止める訳がない。
 来るな。来て。近付くな。もっと近くに来て。
 相反する気持ちが胸中で鬩ぎ合う。
 そうこうしている内に背中を押され前のめりになりながら一歩二歩と前に進む。ガシャンと扉が閉まる音がすれば、もう一度、今度は同じ音が痛みを伴って聞こえた。
 背中に当たるフェンスの微妙な弾力性を感じながら前を見れば射殺される程の睨みを利かせた瞳とぶつかる。思っていた以上の近さにたじろいだ。
「な、ん」
「本気でぶつかって来ねーお前を相手にすっかよ」
「……っ」
 それがバスケに関してじゃない事くらい分かる。そこまで空気が読めないわけじゃない。
「メール。どーいう事だ」
「そのままっス。もう、別れよ」
「納得行かねー」
「オレは……してるっス」
「だったら目ぇ見て言えよ。逃げんな」
 両肩を挟むように少し上の方へと伸ばされた腕は肘が曲がり、頭付近のフェンスに指を掛けている。逃げ場なんて何処にもない。
「逃げてなんか」
「黄瀬。言いてえ事があるんならハッキリ言えよ」
「…………桃っちが」
「あ? さつき?」
 思いがけぬ名前が出て来たからか、目を丸くした。けれど直ぐに話を聞こうと先を促す視線を寄越す。
 口に出してしまったが最後、オレは一つ息を吐いてポツリポツリと話し始めた。オレが桃っちに抱いている黒い感情、自分の性格の悪さ、全てが辛いと言うことを全て。不思議なもので一つ言葉を紡げば後は止めようにも止まらぬ程ポロポロと胸の内が出て来る。
 言葉が途切れれば、間を置いて青峰っちが息を吐く。緊張していたのか単なる溜息なのかは分からない。
「言っとくけど」
 息を吐いた時、一緒に下げられた頭を上げて再び視線を絡める。
「さつきに嫉妬してんの、お前だけじゃねーかんな」
「は?」
「オレだって何度もしちゃあさつきに言ってんだよ。黄瀬と話す時の距離が近ぇとかオレより話してるとかまあ色々」
 付き合う前なんか特にそうだった。などと言ってくるものだからオレの思考は鈍くなる。言葉の意味を咀嚼しようにも時間が足りない。
「そもそも、さつきだけじゃねぇ。赤司にも紫原にも緑間にも、テツにだってそうだ。お前に集る女子も気に入らねーしオレ以外の奴がお前と話しているだけでムカつく」
 それは、つまり――
「お前だけが好き過ぎてつれぇなんて思ってんじゃねーぞ」
「〜〜〜〜っ!」
 ぶわっと一気に身体が熱くなった。特に顔や首が半端じゃない。
「あ、あ、ああ、あおっ、み」
「お前はオレだけ見てろ。余所見すんな」
「あおっ、あああお、み、ねっ」
「返事」
「はい……、ス」
「ん」
 重なった唇はまるで『よく言えました』とでも言うようなご褒美のようだった。
 性格の悪いオレは俺様な青峰っちが、嫉妬深いオレは独占欲の強い青峰っちが幾らでもカバーしてくれる。女々しいオレは男前な青峰っちが引っ張ってくれる。そして、こんなオレを青峰っちは愛してくれる。
 やっぱり彼を好きになって良かった。彼じゃなきゃ、ダメだ。
 もう離さないから、離れないでね。そんな思いを込めて、今度はオレから唇を重ねた。



【切甘/桃に嫉妬する黄。】
後日、黄瀬が桃井に謝って何となく悟った桃井が笑って「大丈夫だよ」って言ってぎゅーっと抱き締めているところを青峰に目撃されていればいいです。そしてモモーイは見せ付ければいいです。「私はどんな黄瀬君も大好きだよ」「オレも桃っち大好きっス!」ってぎゅーってしたまま会話してればいいです。
後々青峰から「お前オレが言ったこと全然分かってねーな」「え」「言って分かんねえなら仕方ねぇ。身体にとことん教え込んでやる」\アッー/な展開が待っていればいいです。

>こんにちは。お祝いのお言葉ありがとうございます。更新頑張ります!
リクエストありがとうございました。


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