キセ黄♀


 それは彼女の一言から始まった。

「あの、本当に良いんスか?」
 若者で溢れ返る渋谷に一人の少女を囲む五人の少年――とは言い難い者が大半だ――が居た。男性陣は皆一様にカジュアルな私服を纏っている。
 紅一点の黄瀬はアイボリーでシフォンのチュニックだ。胸元はV字に大きく開きアンダーバストの辺りで黒いラインによってキュッと絞られている。肩にリボンのように結び目があり、袖は外側がぱっくり開き肘辺りで内側と繋がっていた。インナーはレモンイエローのキャミソールだ。カーキのショートパンツから覗く美脚は黒のニーハイに隠れてはいるものの脚線美が引き立っている。絶対領域には日焼けを知らない透明感のある真っ白な肌が晒されていた。靴紐の付いたブーティーで締める。足首で折り返し、内側の赤いタータンチェックがアクセントになっていた。
 そんな彼女は柳眉を下げて今一度尋ねる。
「折角のオフなのに。みんな、他にやりたいことがあったんじゃ……」
「言ったろ? 黄瀬と過ごしたいんだ」
「黄瀬を一人で歩かせる訳にはいかないのだよ」
「黄瀬ちんとならスイパラも行けるしー」
「黄瀬さんが遠慮する事はないんですよ。ボクらが勝手について来ただけですから」
「っつーかマジで黄瀬、おっぱいないな」
「アンタどこ見てんスか! っていうか私は着痩せするんスから脱いだら凄いっスよ!」
 何故こうして渋谷が似合わない男性陣が居るかと言えば、つい昨日の部活終了でのことだ。
 彼らが祝日と言うことで翌日部活が休みだと話していた時、壁際で桃井が道具を片付けながら同じく片付けていた黄瀬に謝り出した。
「本当にごめんねきーちゃん」
「いいっスよ! 買い物だけだし一人でも全然……」
「でもきーちゃん一人にすると心配だよー。それにやっぱりコーディネートしたかったしして欲しかったぁ」
「また今度一緒に行こ?」
 そんな話が聞こえ、彼らが「何の話だ」と混ざったのが切欠だ。
 約束していたが急用で桃井は行けなくなり、黄瀬が一人で買い物に行くのだと言う。それを聞いた五人は揃って「ならば共に行く」と宣言したのだ。個々ではデートを目論んで居たがその瞬間泡と化したのは記憶に新しい。
 こうして一行は黄瀬が行き着けの店へと行くことになった。
 シャーベットカラーで可愛らしい店内はそこへ辿り着く前に通った店のイメージを払拭させる程目に優しい。ビビッドや蛍光カラーは一切使用されていなかった。
「黄瀬さん、これなんか似合いますよね」
 黒子が見付けたのはマキシ丈ワンピースだ。白を基調とし、小花柄が散っている。それにライトブルーのボレロを推す。
「ですが、これはストールやカーディガンでもいいですね」
「これ可愛いっスね!」
 マキシ丈は夏のイメージが強いが胸元が黒の無地になっており、裾の部分も黒いレースが覗いている。夏場はそのまま着れば良い。秋口の肌寒い時期には上から羽織ると良いだろう。そうすればロングスカートのように見えるのだ。
「黄瀬にはあれのようなコーディネートも似合うのだよ」
 緑間が眼鏡のブリッジを押さえながら反対の腕で指差したのはマネキンが着用している秋ファッションだ。
 丁度膝上程のディープグリーンのタイトスカートとさり気ないラメでアーガイルの模様がプリントされたタイツ、ブラウンのパンプスは高さのあるピンヒールだ。
 ワインレッドのブラウスは袖が七分丈で胸元はフリルでアクセントが付いている。黒のリボンタイによって一層締まって見えた。トータルの印象としてはスマートさが窺える。
「全体的に大人っぽいっスねー。この上からジャケットとかベスト着てもいいかも」
 其処まで言って上から下へと視線を動かしていた黄瀬は口を噤む。
「どうした?」
「でも、ヒールの高い靴って可愛いのばっかなんスけど私、おっきいからあんまり持ってなくて……この服に合う物も無いんス……」
「オレの隣に立てばこれくらいのヒールでも充分では無いのか?」
「緑間っち……」
 サラリと言ってのける緑間に黄瀬の頬がほんのり色付く。
「黄瀬ちん、これはー?」
 二人の世界に入りそうな所で紫原が黄瀬の腕を引き、奥へと進む。そのリーチの違いにやや小走りになりながらついて行く。
「秋っぽい可愛さっスね!」
 白いVネックのセーターは薄手で左胸から裾にかけて紅葉を彷彿とさせる色でアーガイルのラインが施してある。インナーは淡い紫色のハイネックのシャツだ。
 タータンチェックのキュロットはミニ丈でボイゼンベリーだが、裏地は黄色地にボイゼンベリーのタータンチェックである。チョコレート色のストッキングはラインストーンが付いていた。
 チェスナットのムートンブーツとお揃いのベスト、そしてキュロットと同色のベレー帽がイチ押しアイテムらしい。因みにベレー帽には頭頂部に白いポンポンをつけてもサイドに黒や白のリボンをつけても可愛さが増すのか人気があると言う。
「絶対黄瀬ちん可愛いし。似合うし」
「そこまで言われると嬉しいけど恥ずかしいっスね。でもありがとうっス」
 照れ臭そうにはにかむ黄瀬に紫原の体がぴくりと反応する。しかし背後からひしひしと投げかけられる無言の威圧がその行動の先を押し止めていた。
 赤司のにこりと細められた目と黒子の無表情を作る目、緑間の牽制するような目に青峰の人を射殺せそうな殺気立つ鋭い目に見られては居心地が悪い。だから我慢するようにぎゅっと拳を握った。
「黄瀬ちん」
「何スかー?」
「今度デートしよー?」
「は……あ、え?」
「だから、デー」
「ちょっと黄瀬こっち来い」
「うわっ!!」
 紫原の言葉を遮るように青峰が腕を引く。その強引なやり方に呆れていたがしかし紫原の抜け駆けを阻止する事が出来たので不問とするようだ。
「どうしたんスか?」
 二階に連れてきた青峰は黄瀬の手を握ったまま奥へ行く。
「いや、お前ならイケるかと」
 そう言って青峰が指差したのは細かくレースがあしらわれたブラックのブラにお揃いの際どい紐パン。そしてスケスケながらも上品さを持つ濃紺のベビードールのセットだった。スケベさや下品さは一切無く、甘美なエロチックさと妖艶なセクシーさを併せ持っている。照明によって出来た光沢が更にそれを際立たせた。
「試着し」
「しないっスよ!」
「何でだよ」
「私は下着じゃなくて服買いに来たんスよ!」
 口をへの字に曲げて頬を膨らませる。見るからに憤慨していますと態度が示す。
 顎を掬うように触れた手によってその頬はむにゅ、と潰された。その際「プビュッ」と空気が抜ける。
 それを聞いた青峰は機嫌良く笑って黄瀬の頭を軽くポンポンと叩いた。
「ジョーダンだよ」
「青峰っちが言うと冗談に聞こえないっス」
「服ならオレはあれがいい」
 そう言うなり青峰は黄瀬の手を再び掴むと下着を展示している場所とは反対側へと歩く。
 其処は女の子又は女性らしい服ばかりの一階と違い、カジュアルやボーイッシュな物が揃っている。そして青峰が向かったのはインディゴブルーの短めなサルエルパンツを履いたマネキンの所だった。
 襟周りが緩く肩を出すジャスミンイエローのシャツには肩紐が付いており、背中で交差している。シャツの真ん中には様々な色のペンキをぶちまけたようなデザインがプリントされていた。その色はビビッド系だ。インナーにマンダリンオレンジのタンクトップが用いられている。靴はカジュアルなペタンコ靴だ。
「これならスニーカーも似合うし、バスケも出来んじゃん」
「青峰っちらしいっスね!」
 バスケ好きの青峰は矢張りバスケありきで物事を考えるらしい。
「仮にミニスカ履いて谷間見せる巨乳がデートに誘って来ても、お前がこれ着てボール持って『ワン・オン・ワンしよう』っつったら絶対黄瀬の方行くわ」
 それがマイちゃんでも。と何気なく付け加えられた言葉に黄瀬の口角は緩やかに上がって行く。素直に「嬉しい」と顔に出てしまっているのだ。どんなに照れて必死に力を入れても手遅れ感は否めない。
「じゃ、じゃあ青峰っち! 今度私と」
「黄瀬」
 黄瀬の言葉を遮るように赤司の声が重なる。それに対し青峰の表情は険しくなり、舌打ちした。呼ばれて赤司の方を振り向いたので黄瀬がその表情を見る事はない。
「なスか、赤司っち?」
「ついて来い」
 くるりと踵を返した赤司は更に階段を上って行く。
 刷り込みによって主将の指示に従わない筈もなく、黄瀬は青峰の手中からスルリと抜けてその背中を追った。
「赤司っち、私、三階はあんまり行かないんスけど……」
「だろうね」
 眼前に広がるのはプリントから全て手作業まで値段もピンからキリまでの反物である。
「和服でデートもなかなか乙なものだろ?」
「……確かに。新鮮っスね」
「ただ慣れない内に着ても疲れるだけだ。先ずは身近なものから慣れさせようと思ってね」
 自然な動きで黄瀬の手を取り目的の場所までエスコートする姿は将に紳士である。しかし後から追って来た黒子達からすれば、淑女を騙して後に食そうとする人の皮を被った魔王にも見えた。
 それを悟ったのかは定かではない。が、一瞬だけ赤司が振り向き先程紫原に向けたような笑みを浮かべたので皆一様に押し黙る。背筋が凍ると言う比喩を今し方体感したようだ。
「浴衣……スか?」
「そう。それも祭に着るようなものよりもっと身近なもの」
「んー?」
「旅館とかにあるだろ?
「あ、パジャマ代わり?」
 正解、と褒めながら頭を撫でれば黄瀬は嬉しそうに破顔した。
「楽だよ。色々と」
 その『色々』の部分に含みがあると思ったのはどうやら黄瀬以外らしい。青峰に至っては「そりゃ脱がせやすいもんな」と口にした程だ。
「俺の家に黄瀬用を置こうかと思ってね」
「えッ」
「どれが好き?」
 近年稀に見る主将の優しい目は四人の男にとって胡散臭いことこの上ない。更に意見を煽る事で《遠慮》と言う逃げ場を塞いでいた。
「その蒲公英色は黄瀬のようで良いね。白い肌に馴染む白藍も似合う。千歳緑も落ち着いているし、黄瀬は肌も髪も明るいから紺瑠璃も映える。ああ、茄子紺も大人っぽくて捨てがたいな」
「うー……赤司っちはどれが好きっスか?」
 迷いを瞳に映しながら赤司を見る。
「俺に構わず黄瀬が好きな色を選べ」
 そう言われてしまってはもう意見を述べてもらえないだろう。再び様々な反物を眺める。
「じゃあ……これ」
 黄瀬が手に触れた瞬間、赤司の口元が弧を描く。それを見た緑間は目を見開いた。
「やられたのだよ」
「どーしたのミドチン?」
「ああやって色の選択肢を挙げておきながら実際はある色を選ばせる為の誘導だったのだよ」
「……は? 意味わかんねーぞ」
「さっきの饒舌な赤司君、ですか?」
 黒子の質問に緑間が無言で頷く。
「困った黄瀬は必ず身近な場所にいる赤司に助けを求めると知っていたから、敢えて迷わせたのだよ。そして最後に赤司を見た。それが黄瀬が最終的に選んだ色の答えだ」
 その言葉に一同は黄瀬が触れている反物に目を遣る。其処には綺麗に染め上げられた猩々緋が展示されていた。
「あの赤が一体何だっつー……!」
 青峰がハッとして三人に視線を投げる。既に気付いていたのか同時に頷いた。
「赤司君の心理的作戦ですか」
「油断も隙もないのだよ」
「赤ちんスゲー」
「クッソ赤司の野郎……っ!」
 ギリギリと奥歯を鳴らす彼らを余所に、赤司は店員を呼んで話をしていた。
「オーダーメイドだから時間は要するが、出来たらまた一緒に来よう」
「はいっス! っていうか私今普通に選んじゃったんスけどあのっ」
 赤司の人差し指が黄瀬の唇に触れる。するとやや早口になって喋っていた彼女は途端に静かになった。
「言っただろ? これは俺の家に置く黄瀬用の浴衣だって」
「……っ!」
 白い肌が一気に色付く。赤司はそれに満足したのか口角が上がっていた。
「さ、黄瀬の洋服を見に行こうか」
 黄瀬の手を引きながら階段へと向かう赤司の余裕が何とも厭わしい。
 一階と二階にある洋服こそは自分のものを選んで貰おうと次の言葉を必死に考える男達と今し方用事を済ませたばかりの二人が合流するまで後少し。



【みんなできーちゃんの洋服を選びにいく甘い話】
CPには♀指定が無かったのですが、備考欄にその旨について書かれておりましたので♀化させていただきました。
ファッションに関しては矢張り♀化の方が書きやすいので…。男性用のお店って行かないですし、そもそも男性向けファッションが良く分かりませんので、♀化について記載していただけて本当に助かりました。
なんだか赤司落ちっぽいですがそのつもりはありません。それに最後は赤司の買い物になってしまったので(笑)
黄瀬の買い物はこれからです。
今回は何となく彼らとデートするならこんな格好なイメージで書きましたので私の独断と偏見と妄想の下に成り立った話です。
黒子にはシンプル且つ清楚な感じ。緑間は大人っぽい感じ。だからピンヒールとタイツは外せなくて(笑)紫原には可愛い格好で一緒に公園内のワゴン販売してるクレープを食べて欲しくて、青峰には格好良い服を着こなして可愛く見せる…みたいな一人だけ具体的で一人だけアバウトです。そして赤司と和服デートをしてほしいと言う私の願望です。絶対誰もが振り返りますね。

>こんにちは。お祝いコメントありがとうございます。
リクエストありがとうございました。


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