紫黄


 それはある日のこと。
「ねぇ、さっさと消えないと捻り潰すよ?」
 緩慢な口調に怒りを孕んだ低い声。高い位置から見下す冷たい目と一回りは大きい体、二周り以上大きい掌が顔面間近に迫れば黄瀬を囲んでいた柄の悪い男達は一目散に逃げて行った。
 その様子を呆然と見送りながら、黄瀬は首だけ後ろに捻る。
「紫っち? 何で?」
「黄瀬ちん帰ろ」
「あ、うん……」
 自然な動作でその手を取ると紫原は歩き出す。黙ってついて行く黄瀬は拘束された右手をただじっと見ていた。
 それから数日経った平日の昼休み。
「あ、黄瀬ちんの玉子焼きおっきい」
「え? そうっスか?」
「おっきい」
 食堂で昼を共にしていると紫原は自分のおかずに手をつけながらも黄瀬のお皿に盛り付けられた玉子焼きを見ていた。
 大きさの違いを主張しているがイマイチ黄瀬には判断がつかない。しかし食べ物に関しては敏感な彼が言うのならばと納得してしまう節もある。
「じゃあ、取っていいっスよ」
 スイ、と玉子焼きを紫原に向けてお皿を差し出すが一向に手をつけようとしない。不思議に思った黄瀬は「紫っち?」の言葉と共にこてんと小首を傾げた。
「オレ今両手塞がってるしー」
 お茶碗を置けば問題はないのだがどうやら本人にそのつもりは無いようだ。
「しょうがないっスねぇ」
 黄瀬は苦笑しながらもどこか楽しげに玉子焼きを自らの箸で摘む。そして左手を下に添えて紫原の口元へと持っていった。
「はい、あーん」
「あーん」
 公衆の面前で、とも思うが最早日常と化しつつある光景である。それ故に赤司を初めとするバスケ部の面々は何も言わないのだ。
 緑間だけは眉間に皺を寄せて溜息を吐いていたが。
 皆が共通して思うことは、甘え上手と甘やかし上手の二人と言うことである。
 その日の午後のことだ。
 体育の授業ではサッカーをしていた。しかし熱くなった面々が次々と人を抜いていく黄瀬を止めようとして、立て続けにファールをしてしまったのだ。結果として、体勢を崩しながらのシュートで黄瀬は決めた。けれどもその際に地面についた右手を捻挫してしまう。それを紫原はゴールに居ながら見逃さなかった。
 そのままプレーを続行しようとする黄瀬の元へと近づく。キーパーがセンターラインまで上がって来るのだから自陣は慌てたが見向きもしない。
「紫っち? ゴール守んないと……」
「黄瀬ちん、さっき捻挫したでしょ」
「でも軽くだし、サッカーに影響は」
「無くてもバスケにはあるよ」
「……でも、っうわ! ちょっ、紫っち!?」
 まだ何かを述べようとしていた黄瀬の口からはその先が出ることは無く、代わりに驚愕と焦りの声が漏れる。
 それもそのはずだ。一向に口答えをする黄瀬に痺れを切らした紫原が軽々と抱き抱えたのだから。所謂お姫様抱っこと言うやつに周りは唖然としている。
 黄瀬も黄瀬でまさか自分が経験するとは思っていなかったのか大きい瞳をぱちぱちと何度も瞬きをするだけだ。飄々としているのは紫原唯一人である
「む、むらっむ、むらさっき……ち」
「黄瀬ちんがいつまでもウザイからじゃん」
「う、うざ……っ」
「言っとくけど、捻挫したこと赤ちんに言うからね」
「え」
「当然」
 間延びした声で「失礼しまーす」と言いながら足でドアをスライドさせて入った場所は保健室だ。他の校内とは違う匂いや空気にまるで別の空間に居るような気さえしてくる。
「先生居ないんスか?」
「じゃー勝手にやっちゃっていーよねー」
 黄瀬をソファーに座らせ冷蔵庫に近付く。そこから湿布を取り出して戻ると、黄瀬も近くの棚からテープを取り出していた所だった。
「包帯も要るよー」
「え、でも只の捻挫っスよ?」
「捻挫バカにすんなし」
 座れと言葉の代わりに紫原に肩を押されストンと腰を下ろす。いつものんびりとしている紫原がこんなに進んで動く所を初めて目の当たりにする。
 そんな黄瀬は胸の内側が脈打つのが分かった。
「黄瀬ちん、手、出して」
 包帯を見付けたらしい紫原は黄瀬の隣に座る。互いに横向きになって、黄瀬は大人しく右手を差し出した。その手をまるで壊れ物を扱うかのようにそっと優しく紫原の手が触れる。
「ひっ……」
「あ、冷たいよ」
「やってからは普通言わないっスよ」
 湿布薬の冷たさに小さな悲鳴を上げる。事後報告と言わんばかりの紫原の忠告は最早手遅れだ。
 丁寧に包帯を巻き、しかししっかりと固定する。あまりにも手際の良いので黄瀬はつい見入ってしまった。
「出来たよ」
「……」
「黄瀬ちん?」
「……」
「黄ー瀬ーちーん?」
「……あ、え? ああっ、ありがとうっス!!」
「どーいたしましてー」
 来室カードに紫原の字がサラサラ踊る。
「黄瀬ちん、出席番号何番ー?」
「え、あ、えーっと――」
 患部に熱を感じるのは捻挫のせいかはたまた湿布薬の効果か。もしかしたら今、背中を丸めて黄瀬の代わりに記入してくれている彼が触れたからかもしれない、なんて。
 そう考えただけでも黄瀬の胸の内側がまた大きく脈を打った。



【甘々で。帝光時代か原作の軸でお願いします。
いつも甘えたな紫原君だけど黄瀬君に対してはちゃんと男でカッコイイ所もあるんですよ?みたいな話が読んで見たいです///】
紫黄にはつい「あーん」シーンを入れてしまいがちです。何故でしょう。本当、このCPは「あーん」が良く似合います。書いていて楽しいです。同クラ万歳。
個人的な趣味趣向が否めませんが、紫原が捻挫の処置を手際良くしてくれたら格好良いなぁ…と。すみません私の偏見を詰め込んでしまって。
絡んでる所を助けるのは勿論何ですが、その後サラッと何事も無かったかのように、けれども安心させたいがために無言で手を握る紫原が愛おしいです。すみませんこれも私の一方的な考えです。
お姫様抱っこに関しては、一応裏設定的な事を申し上げますと黄瀬が入部してそんなに経ってないくらいを想定して書いております。ですのでまだモデル体重から脱していない若しくは増えても美容体重くらいかなぁと思ったのでまだこの時点ではお姫様抱っこ出来ます。と言うことにしておいて頂けると幸いです

>こんにちは、初めまして。この度は当企画に参加していただきまして誠にありがとうございます。
萌えを感じていただけているようで良かったです。此方こそご愛読いただきありがとうございます。
黄瀬受けなら何でも!な無節操なのでキャラの数だけCPがある、と思っております。そうなれば必然的に王道からマイナーまで(黄瀬総受け自体がマイナーなんですけどね)幅が広くなるんですよね。
お気遣い並びにお心遣いに感謝申し上げます。また、お祝いのお言葉もわざわざ添えてくださりありがとうございました。
鳥様も呉々もご自愛ください。
リクエストありがとうございました。


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