赤黄♀


 昔見たお話の世界は白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる。けれども私は違った。
 私の場合は――。
「赤司っち」
 日本では乗りづらい左ハンドルで国道を走る。物静かなそれは馬よりもうんと振動が少ない。と言うよりも普通車と比べても振動が無い。
 一瞬で擦れ違う人達の視線を奪うこの乗り物は少なからず居心地が悪い。乗り心地は最高なのだけれど。
「赤司っち」
 ボンネットのエンブレムが夕陽をキラリと反射する。
 運転する男をじっと見つめながらもう一度名前を呼んだ。
「何?」
「あの、わざわざ迎えに来てくれるのは有り難いんスけど……」
「有り難迷惑かな?」
「いやそうじゃなくて、そうじゃないけどでも、もうちょっと普通の車は無いんスか?」
「これも普通車だけど。涼香はデコトラやショベルカーをご所望かな?」
「そうじゃなくって……!! うぅー、もういいっス」
 きっと私が言いたいことは分かっているはずだ。でなければこんなに楽しそうに笑わない。
 赤司っちがハンドルを左に切る。
 彼と知り合ったのは私がまだ中学生の時だ。学生の傍らモデルもしている私はその日、学校から直接現場に向かっていた。けれども駅に着いて電子マネーのカードが入ったホルダーを探していると運悪く柄の悪い高校生に囲まれてしまう。
 腕を掴まれ腰を掴まれ将に四面楚歌の状態だ。ニヤつく笑いが気持ち悪い。体を触られた時は本当に恐怖しか無かった。
 本来ならばマネージャーの車で移動するのだが、生憎私の所属する事務所はそこまで人手が足りていない。一人のマネージャーに複数のタレントが基本スタイルだ。だからそれなりに業界慣れしている私は付き添いを断り、新人の子の方に付いて欲しいと話していた。まさかそれが裏目に出るとは思わないだろう。
 此方をチラチラ窺う人はいるものの、助けてくれる人は誰一人居ない。時間も惜しい上に人通りの有る場所で騒ぎを起こす訳にもいかず、二進も三進も行かなかった。そんな時、彼――赤司っちが現れたのだ。
 明らかに値の張りそうなスーツを着こなした彼は宛ら童話の王子様だった。細身に見えてなかなか握力があるようだ。私を掴んでいた男の手を簡単に捻り上げてしまう。
 けれど驚いたのはそれだけじゃなかった。目的地まで送ると申し出てくれた彼の傍らには想像以上の高級外車が駐車してあったのだ。
 それが、今私が乗っている車である。
「せめてベ○ツや○ジョーにして欲しかったっス」
 まさか人生で乗れる日が来るとは思わなかった。
「すまないが、前者は家。後者は現在車検に出していてね」
「だからって、だからって……!」
(○ールス○イスって普通有り得ないじゃないスか!)
 厳密に言えば黒のボディが美しいフ○ントムだ。
 齢一六にしてこんな超高級車に乗れる何て誰が思うだろうか。しかも初乗りは一四なのだから世の中何があるか分からない。そして分からないと言えば涼しい顔で運転しているこの男だ。
「っていうか赤司っちはこんな時間に私の相手してていいんスか?」
 赤司っちは外車を乗り回すだけあって、かなりの資産家だ。その手関係では知らない人は居ない程の青年実業家だった。たかだか女子高生でモデルの私とは住む世界が違い過ぎる。それなのに出会った日から赤司っちは何かと私を気に掛けてくれた。
 私が赤司っちをお偉いさんだと知ったのは、「ウチの会社においで」と言われて行った日だ。
 スーツ姿のオジサン達に囲まれ書類らしきものに視線を落としながら何かを話していた赤司っちが廊下の向こうから来た。丁度私はその時受付でアポの確認をしてもらっていた所だったので、お姉さんに断りを入れて直ぐに彼の元へと走る。いつも通り「赤司っち!」と呼んだらオジサン達のみならずエントランスに居た人皆がギョッとした顔になり変な空気になる。そこで何かとんでもないことを仕出かしたのではないかと気付いた。
 でも赤司っちだけは違って、ふわっと笑ったかと思うと「良く来たね」って抱き締めてくれたのだから驚きだ。その後、オジサンの一人に「社長に何という口の聞き方を!」って説教されて赤司っちの役職を知る。
 そもそも誘われた時に気付くべきだったと今更ながら思う。
「涼香の勉強を見てあげるって言っただろ?」
「でも赤司っち忙しいじゃないスか」
「昼間しっかり働いているから心配は要らないよ」
「でも」
 車がスッと停車する。シートベルトに引っ張られない停まり方は偏に赤司っちの運転が上手いからだ。
「涼香」
 落ち着いた低い声。この車以上に心地良いと感じる彼の声だ。
 発光ダイオードの信号が黄色から赤に変わる。
「そんなに僕の事を気にするのなら、早くお嫁においで」
 言葉の意味を理解する前に、赤司っちの匂いが近くなった。緋色の瞳が眼前に迫り「赤司っちだぁ」なんて暢気に考えていたら唇に何かが触れる。温かくて柔らかい感触に益々思考が追い付かない。
 熱も匂いも離れた時には既に車が動いていた。赤司っちは真っ直ぐ前を向いていて相変わらず運転している姿も格好良い。
 オフィス街に入った所で漸く顔中どころか体中が熱くなる。心臓もリズムがおかしい。
「あ、ああ、あかっ、あ、か」
 うまく言葉が発せられない。ぱくぱくと口だけが動いてきっと滑稽だろう。それでも赤司っちは上機嫌な笑みを浮かべるだけだ。
 今思えば、この時はまだマシだった。
 車が赤司っちの会社に着いた時、未だ固まる私を恭しくエスコートしてくれた際に自らの変化に気付いた私は暫く車から降りられずにいたのだ。
 キラリと輝く左手薬指にいつの間にか嵌っていたルビーの指輪に気付いてしまったのだから。



【年の差で甘々】
赤司が幾つなのかは不明ですが、社会人となると恐らく六歳差以上ですね。仮に青峰らが赤司と同い年であれば確実にロリコンと言われるでしょう。でも年の差って良いですよね。ジェネレーションギャップは凄そうですが。
赤司は色んな外車持ってそうです。税金ェ。
これ、甘々…なのかな?もっとこう、ベタベタイチャイチャさせたかったのにどこでこうなった。いや多分車内にしたのがそもそもの間違いだったの、か…。

>こんにちは。
いつも小説読んでくださっていらっしゃるとか。ありがとうございます!これからも愛して頂けるようなお話を書けるよう頑張ります。
リクエストありがとうございました。


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