笠黄


 たったの六文字の言葉が言えない。小さい子だって言えるのに。否、小さい子だからこそ言えるのだろう。
 自分もそれくらい素直になれたらと思う二人が居た。
 その一人である笠松は部員が帰った後の体育館でシュート練習をしているものの明らかに沈んでいる。そのポーカーフェイスに見かねた森山が笠松の肩を叩く。
「……分かってんだよ。心配掛けたくないってあいつなりの優しさなんだって。不器用で繊細だから」
「ちゃんと気持ちを整理しとけよ。お前は主将である前に黄瀬のパートナー何だからな」
 現在笠松と黄瀬は仲違いしていた。それも凡そ一時間前からだ。
 事の発端は練習中、黄瀬が悉くミスを犯した所から始まる。
 パス練習ではボールが相手に届かなかったり相手からのボールを取り零したりと散々だった。ミニゲームでも度々パスミスが目立った上にレイアップも二回程外している。
 流石におかしいと感じた笠松は中断して黄瀬にリストバンドを外させたのだ。案の定そこは赤く腫れ上がっており、寧ろ良くその状態で続けられたものだとさえ思う。
 笠松は当然それについて言及した。けれども黄瀬は「大丈夫」「平気」「何でもない」と、実際は何かあった時の常套句をひたすら紡ぐだけで埒が明かない。
 挙げ句あまりの執拗さに黄瀬が放った言葉で二人は完全に目の前が赤く染まってしまった。
――笠松センパイには関係無いっスよ!

「――って言っちゃったっス……。センパイすっごく傷付いた顔してた。オレ……も、嫌われたっス……」
 ぐすっ、ひっく、と嗚咽や啜り泣く声が部室に寂しく響く。ロッカーの前でしゃがみ込み涙を流す黄瀬の背中を隣に座る早川が宥めるように撫でた。
「センパっ、オレ、ことっ……しんぱ、して……」
「そこまでちゃんと分かってるなら大丈夫だよ、黄瀬」
 早川の反対側に座る小堀はあやすように頭を撫でる。
 こんな時、笠松には森山、黄瀬には早川と小堀が傍に付く事はいつの間にかお決まりになっていた。それ程何度となく口喧嘩――内、殆どが痴話喧嘩ではあったが本人達は否定している――をしてきたのだ。最早対処は慣れである。
 それでも此処まで激しいものは無かった。
「主将だってちゃんとお前の事分かって(る)って!」
「気まずいかもしれない。けど、今アクション起こさないともっと気まずくなるぞ?」
「や……だ」
「な(ら)さっさと主将のトコ行って来い! いつもみたいにわんわん吠えて(ろ)!」
「ちょ、なんスかそれぇ」
 ぐす、と鼻を一啜りするとジャージの袖で乱暴に目元を拭う。
「オ……レ、会いに……っく、ス!」
「行ってらっしゃい」
「行ってこい!」
 むくっと立ち上がるや否や黄瀬は急いで部室を飛び出した――のだが、瞬間「ぷぎゃっ!」「うおっ!!」と二人分の声が聞こえた。不思議に思った小堀と早川が扉の方を見ると、尻餅をついている笠松と倒れ込むようにしてシャツを掴み彼の足の間に居る黄瀬の後ろ姿がある。更に奥の柱の影からは笠松に付き添っていた森山が片手を挙げて無言の挨拶をしてきている。
 何となく、小堀と早川もその手に答えるように手を挙げた。
「っぶねーだろっ! 怪我したらどうすんだこのバカッ!!」
「うわああああスマセーンッ! でもでもっオレ、早く笠松センパイに会いたかったんスよっ!」
「オレだって黄瀬に言いたい事があって……」
「えと、えと……あのね」
「あー……その、だなぁ」
 互いにあの言葉を紡ぎ出すのに必死なようだ。
 人前でイチャつくのを誰よりも嫌う笠松は端から見ればキスする三秒前くらいの距離に顔がある。どれだけ周りを見られないのかが良く分かる図だ。
 バスケでは好PGとして活躍する主将もプライベートの、しかも好きな相手の事となるとこうもヘタレるのかと思えば森山の口角は上がるばかりである。彼に背を向けている状態の笠松はそれに気付く事はない。例え森山の方を向いていたとしても、今の彼にそんな余裕は無いのだが。
 向かい合う黄瀬と笠松が同時に息を吸う。そしてタイミングを計ったように吐くのも同時だった。
「ごめんなさい!」
「すまなかった!」
 きれいにユニゾンするとそれを離れた所から見守って居た三人はやれやれと言った様子である。
「オレ、センパイが心配してくれてるって知ってるっス! でも」
「いいよ。オレもお前への理解が甘かったっつーか……黄瀬がオレ達に心配掛けまいとしてんのも知ってる。けど、違うってわかっちゃいるけど信頼されてない気がしたんだよ。主将として、先輩として、恋人として……オレじゃ支えにもなんねぇのかって。そう思ったらカッとなってた」
「ごめんなさいごめんなさいっ! オレっ、オレ……っ」
 ボロボロと大きな瞳から零れ落ちる涙を苦笑しながら笠松がそっと指で拭う。それでも溢れ続けるそれを拭うのも無駄だと結論付けたのだろう。
 笠松は黄瀬の後頭部に手を回すと自分の肩口へと導いた。それに甘えるように黄瀬の手はシャツが皺になるのもお構い無しに笠松のそれをぎゅっと握っている。まるで離れないとでも言っているようだ。
「さて、と」
 もう二人は大丈夫だと判断した森山は笑顔を貼り付けたまま無言で部室の中から二人の様子を窺う小堀と早川を手招きする。
「聞けた?」
「バッチ(リ)っす!」
「行くか?」
「当然」
 今一度わんわんなく黄瀬としっかりと支える笠松に目を遣ってから三人はその場を後にした。
 後日、三人の三年が体育館で黄瀬に土下座している姿が目撃されたとかされていないとか。



【喧嘩→甘】
ボカロの某歌が浮かびました。でもあまりにもあの歌はこの二人には可愛すぎるので当然却下ですよねー。
当てはめるなら高黄かなって思ったんですが高尾がHS過ぎて違うなーと。しっくりくるのは紫黄かもしれません。
笠松と黄瀬って普段が普段なだけにあまり喧嘩に発展しそうに無いんですよ。でも喧嘩するならお互いのことを想うが故って感じがします。
後、普段黄瀬は「スイマセン」なので本気で謝る時は「ごめんなさい」だったら可愛いとか私の勝手な趣味が入ってます。すみません。

>こんにちは。この度は当企画に参加して頂きありがとうございます。お祝いのお言葉もありがとうございます。
当サイトの作品を楽しんで頂けているとのことで大変嬉しいです。これからも応援してあげてください。
リクエストありがとうございました。


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