キセ黄

　帝光中の朝が甲高い女声で騒がしくなるのは決まって雑誌の発売日だ。当然ながらその発起人とも言える人物――黄瀬が登校すればそれは一層盛り上がる。
「朝っぱらから五月蝿いのだよ黄瀬」
「ちょ、緑間っち！　オレまだ何も言ってないっス！」
「黄瀬君、黙ってください」
「うわああんっ！　黒子っちぃ〜」
「黄瀬ちんウゼー」
「ひ、ヒドッ！　紫っちヒドいっス！」
「お前もう表紙飾んのヤメロ」
「でもでも表紙の仕事とか簡単に出来る仕事じゃないんスよってねぇ聞いてよ青峰っち！」
「黄瀬、ハウス」
「あかっ、赤司っち……」
　集う女生徒に目もくれず一行は廊下を歩く。周りがキャーキャーと喚き立ててはいるものの、黄瀬本人に近付けないのは鉄壁とも呼べるバリケードがあるからだ。
　黄瀬の四方を囲むように前方を赤司、後方を紫原が。左右を青峰と緑間で挟みインサイドを黒子が担当する。
　そうして守られながら無事、教室に辿り着けるのだ。しかし如何せん守る彼らの発言は守る対象への雑言に値するものだから黄瀬は一切守られていると言う認識が無かった。寧ろ朝から心が折れそうだ。
「しかし今日は異常なのだよ。理由は分からんでも無いがな。オレは今日引き取りに行くが」
　眉間の皺を深く刻む緑間が眼鏡のブリッジを上げながら忌々しげに吐く。それについて黒子が淡々とした口調で口を開いた。
「仕方ありませんよ。表紙にグラビアに一ヶ月着回し術にアイテム着こなし術にロングインタビューに有名俳優と対談の五誌同時発売ですから。どうしても表紙とグラビアが載っているものは直ぐに見たかったので赤司君に頼みましたが残りは書店で予約済みです」
「朝からコンビニに立ち寄る女子学生が多かったな。まあフラゲした俺には関係無いが」
「お陰でお菓子買うのにレジ列んだしー。先に雑誌籠に入れといて良かったー」
　赤司の情報に紫原も感じたところがあったのか今朝の通学路にあるコンビニを思い出した。
　いつもならばスーツ姿のサラリーマンや作業服姿のオジサンが一人二人居るくらいだ。けれども今回ばかりは制服姿の若い女性で混雑していた。
「お前マジ五誌同時とかふざけんなヤメロウゼェ。金が追い付かねーんだよ。まあさつきと分けてっからまだマシだけどな。けどマジ五誌同時とかふざけんなヤメロウゼェ」
「スンマセン……」
　既に心が折れかけているらしい。黄瀬は目の奥に熱を感じた。
　すん、と情けなく鼻を鳴らす。
　周りのツン要素が多いからかそれともツン要素の濃度が高いからか。恐らく両方だろうが。黄瀬が言葉尻のデレに気付く様子は無い。
　人間、嬉しい事よりも嫌な事や悲しい事の方が記憶に残りやすいと言う。黄瀬の場合は負の方が大き過ぎて正の言葉を脳内で処理するまでに至らなかったのだろう。
　教室の前に着くと後ろに立っていた紫原が黄瀬の両脇から腕を伸ばして抱き締める。それを見届けた他クラスの面々は黄瀬から離れた。
「じゃあまた部活で」
「はいっス」
「またねー」
　赤司が代表して別れの挨拶を口にすると、黄瀬と紫原もそれに反応する。背を向けて歩き出す一行を見送っていれば「ああそうだ」と何かを思い出したように赤司は再び黄瀬の方を向いた。
「着回し八日目と一三日目と二五日目は可愛かったよ」
「グラビアは全体的に素晴らしかったです。ただ三ページ目のはキレイでしたが不貞な輩が近付かないか心配です」
「お前が仕事を頑張っているのは重々承知なのだよ。だが、無理はするな」
「お前はオレらの前でちゃんと笑ってりゃいーんだよ」
　それだけだ、と誰が言うでもなく、再び背中を向けて歩き始めた。
　突然何を言われたのか直ぐには処理出来なかった黄瀬は未だにポカーンと呆けている。それを見かねた紫原が呼び戻す。
「みーんな黄瀬ちんが出てる雑誌買ってんだよー？」
「え……ウソ」
「ウソじゃねーし。オレも今日買って来たから昼休み一緒に見よー？　桃ちんも呼ぶー？」
「は……え？　ちょっと待っ」
　会話の終了を告げるように、言葉の途中で予鈴が鳴る。
　同時に漸く意味を理解した黄瀬の鼓動が運動後のようにバクバクと激しく鳴った。