紫黄


 朝練の時、少し顔色が悪かった。だから
「どーしたの?」
 って声を掛けたけど黄瀬ちんは笑って
「ちょっと寝不足気味なだけっスよ」
 って言ってさっさと集合の輪の中に走って行く。
 昼休みになったけど、黄瀬ちんは
「食欲より今は睡眠欲を満たしたいっス」
 って言ってご飯も等閑にしてオレの肩をこてん、と枕代わりに目を閉じた。眉間に皺が寄ってるのは寝心地が悪いからかなとか思ってた自分を捻り潰したい。
 放課後の部活でも黄瀬ちんはいつもみたいに全力投球だった。打倒峰ちんって顔にも背中にも纏う空気にも書いてある。だけど峰ちんがDFを抜いたりシュートしたりすれば
「青峰っちかっこいい!」
 って目をキラキラ輝かせるんだ。一軍に上がって来てから毎日の事だけどやっぱちょっといやかなりムカつく。峰ちん今度捻り潰す。
「あんま無理しないでね」
 ってオレが言っても笑って大丈夫と言いながら飽きずに今日も勝負を挑んでた。何となく、今日は一人で帰らせちゃいけない気がして隅っこで桃ちんと二人を見てた。
 一緒に帰ってる時、とうとう危惧していたことが起こった。
「黄瀬ちんっ!」
 ほんと腕が長くて、黄瀬ちんよりもおっきくて良かったと思う。支えられる事がこんなに嬉しいだなんて不謹慎だけど思った。思ってしまったものはしょうがない。
 黄瀬ちんの言葉数が少なくなって、段々苦しそうで、どうしたのって声を掛ける前に体が前にぐらりと傾いた。そのまま糸の支えを失ったかのようにアスファルトに向かって崩れ落ちるからオレは咄嗟に腕を伸ばしていた。

――そして今に至る。
 黄瀬ちんの家に着いても真っ暗で、誰も居ないと静寂が伝えてる。鞄の中から鍵を探り出して中に入った。
 今は黄瀬ちんの部屋で寝かせているけれど、相変わらず顔色は良くない。寧ろ朝見た時よりも悪い。
「ん……っ」
「黄瀬ちん?」
「あ、れ? むらさきっち?」
 まだ意識がはっきりしていないのかもしれない。虚ろな目で此方を見ては二、三回ゆっくりと瞬きをする。
 そうして段々状況の把握と整理が出来たみたい。はぁ、と熱い息が小さく漏れた。
「途中から記憶無いんスけど、もしかしなくともオレ、紫っちに迷惑掛けちゃったっスよね?」
「もしかしなくとも迷惑は掛けてないけど心配は掛けたよね」
 そこはきちんと訂正する。黄瀬ちんの事で迷惑な事なんか一つも無いっていつになったら気付いてくれるんだろう。
 黄瀬ちんが力無く笑う。だけどそれが無理矢理作ったものじゃなくて照れた物だったからオレも笑った。嬉しかったから。
「ありがとっス。紫っち」
「いいよー、別に」
 頭を撫でれば気持ちよさそうに目を細める。まるで猫みたい。
「熱とかは無かったから、疲れが溜まってたんじゃない?」
「かも知れないっスねー」
「そんな時まで無理して峰ちんに勝負しなくていいじゃん」
「んー……でもバスケ楽しいし」
「バッカじゃないの」
「へへっ。かも知れないっスねー」
 ヘラッと笑うからその柔らかいマシュマロみたいな頬を抓ってやる。いひゃいっひゅ、なんて間抜けた言葉は殆どが空気だった。
「取り敢えず、ちゃんと食べなきゃダメだから。はい」
 上体だけ起こして枕をベッドベッドと腰の間に入れる。
 そうして体勢を整えて手渡したのは、カットフルーツにヨーグルトをかけたもの。特にバナナを多目に入れてある。
「うー……。オレ、今は」
「言っとくけど、カロリーメートルとか一〇秒チャージとか大豆歓喜とか一本満足ババァとかは却下だからね」
「うぅっ」
 どうやら先手を打てたらしい。悔しげに呻く黄瀬ちんが可愛かった。
 こうしたものを準備している時に見つけたのがそれらの容器包装が捨ててあったゴミ箱だ。一体いつからそれを主食にしていたのかそれだけでは判断出来なかった。しかし部屋に戻って卓上カレンダーの印で凡そ一週間は続いていたのだと知った。明日絶対に赤ちんに言ってやる。
「黄瀬ちん、自炊出来ないわけでも無いじゃん。それに近くにコンビニもあるし。何で?」
「んーと、ここんとこ夜に撮影やってたんスよ」
 それを示すのが先程のカレンダーの印だと思い出す。内、朝練が無かったのは一回で峰ちんと一対一をしなかったのは二回だ。それでもハードスケジュールな事は窺い知れる。
「バスケやってるから太りはしないと思うんスけど、でもちゃんとした夕飯食べるとマズい時間に帰宅するし食欲よりも睡眠欲の方が大きいし」
 だから手軽に食べられる物ばかり口にするようになったらしい。バッカじゃねー。
「何でそんな時間までやんの? マジ意味分かんないしー」
「ほら、全中って夏の終わりにあるじゃないスか。だから必然的に夏休みは毎日部活あるし休めるような空気でもないでしょ? だからこうして平日にしてもらったんス」
 時々昼間に居ないこともある。それは仕事だって知ってた。けどまさか夜もやってるとは思わなかった。
 朝と夕方は部活に出るために絶対入れないようにしているとか、朝練の無い日は朝から入れたとかほんとバッカじゃねーのって思う。
 そう思うから、オレは黄瀬ちんを放っておけない。
「黄瀬ちん」
「なに?」
「明日からオレも残る」
「え、マジスか?」
 スプーンをくわえたまま目を丸くする。
 驚かれるのは心外だけど分からなくもない。だってオレは居残り練習なんてあまりやらないから。
「峰ちんとやってるのを見てるだけー」
「えー。相手してくんないんすかぁ?」
「また無理して倒れたら困るもん」
「もう大丈夫っスよ」
「嫌だ」
 何だかんだ言いながらきちんと完食している辺りお腹は空いていたのだろう。器を貰う際に黄瀬ちんの手首を掴んで引き寄せた。
 ほっそー。
「嫌だ。黄瀬ちんがオレの知らない所で倒れてたりするのとか絶対嫌だし」
「紫っち……」
 ぎゅって抱き締めて黄瀬ちんの首の所に顔を埋める。石鹸かシャンプーかそれとも黄瀬ちんの匂いか。兎に角美味しそうな匂いだった。だけど今は我慢。
 擽ったかったのか少しだけビクリと反応して身を捩る。けど直ぐに背中に腕を回して同じようにぎゅって抱き付いてきた。
「ごめんなさい」
「ん」
「ありがとう」
「ん」
 これからも黄瀬ちんはオレが支えてあげる。カレンダーの印は昨日で終わっていたけれど、きっと黄瀬ちんが無理をするのはそれだけじゃないから。

 次の日。赤ちんに黄瀬ちんの事を話したら
「此方でも注意しておくよ」
 って言ったからきっと大丈夫。
 ついでに昨日美味しそうな黄瀬ちんを食べなかったんだよ我慢したんだよって言ったら軽くお説教を食らってしまった。何でだし。



【無理しすぎて倒れた黄瀬を看病する紫原で甘】
紫原視点で書いたこと無かったような気がします。何か、紫原視点って難しいですね。
甘…い、つもり…です。
いやでも未成年者を夜働かせるのは違法…ですよね?22時までと決まってますよね?とか思いましたけど話の流れ上仕方ないです。そう言う細部はまるっと完全無視なご都合主義ですから。

>お祝いコメントありがとうございます。これからも頑張ります!
リクエストありがとうございました。


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